第47話 運命の一歩

******


「…………」


 ニーアスは話を聞き終えると双眸をこぼれんばかりに瞠って――唇を何度も湿らせてから頭を振った。


「――体勢の見直し……繭狩りが? 繭狩りのシャルロがそれを? いや、お前の言葉を信じないわけじゃねぇけど――」


「はは。でもそれはシャルロが俺の視た運命を選んでくれたらの話なんだ。君にも言ったけど運命はひとつじゃない。数多ある可能性のひとつにすぎないから」


「そこは『俺は視た、絶対そうなっている』って言えよ……」


 深々とため息をこぼして焚火に薪を投げ入れたニーアスは、舞い上がる火の粉を目で追いながら続けた。


「――じゃあお前のケリはついたんだな――そうか…………」


 彼はそこで言葉を詰まらせると……ロルカから視線を逸らして目頭をきゅ、と押さえる。


 ロルカはその様子に柔らかく微笑んだ。


「うん。皆の代わりに礼を言わせてニーアス。君がこの村にしてくれたことはきっと……なにひとつ後悔するようなことじゃなかった。ありがとう」


「……ったく。お前そういう台詞をよくも吐けるもんだな。――それなら質問を戻すぜ。お前、この先どうするんだ?」


「それなんだけど。君の言うとおり後払いはなんとかしないとだし、俺も行商に連れていってくれないか? 道中、渡り鳥として町の依頼を請ければいいかなと思って――。どこかで堕神おちがみ虚無ヴァニタスを生み出し続けているかもしれないけど、戦うときに俺だけじゃ攻撃は避けられても倒せないかもしれないし……」


 ロルカが顎に手を添えて唸るように言うと、ニーアスは膝をぽんと打ち歯を見せて機嫌よく笑った。


「――よし乗った! そうと決まればロルカ、お前の新しい服と装備は用意してあるから着替えちまえよ。斬られた足と腕のところもひでぇもんだし、血だらけの服じゃ行商なんてできないからな! そうだ、ほかの国にも行ってみようぜ。堕神や虚無と戦うのに俺とお前の力があれば最強だと思ってたんだ」


 そのあまりの準備のよさに、ロルカは思わず眉間に皺を寄せる。


「……えぇと。それ、最初からこうなるってわかっていたってことだよな、ニーアス……。君、実は運命神なの? そういえば自分の服もちゃんと替えているし――用意周到、抜け目がないというかなんというか……あ、でも。あと十日くらいはここで過ごしていいかな?」


「ん――あぁ、故郷を離れることになるしな、寂しくもなるか。わかった! ゆっくり休んで出発しようぜ」


「あー……うん」


 ――寂しいわけじゃないんだけど……まぁいいか。


 ロルカはそう考えて……留まる理由を黙っておくことにした。



******



 ……その八日後。


 小さな森のなかにある小さな村だった場所に――紫水晶の色彩をもつ美しい少女が静かな楚々そそとした足取りでやってきた。


 謝って許されることではないが、それは承知の上だ。


 自分が選んだ結果を伝えることで僅かでも弔いになれば――そう願う。


 なにもできずに粛清される人々を見詰めていたあの日を思うと、いまもどうしようもなく苦しい気持ちになる。


 けれど……だからこそ、彼女は助けられた命を精一杯ほかの誰かのために使おうと決めていた。



 ……こちらにやってくる彼女の存在に気付いたニーアスは紅色の双眸を瞠り、すべてを理解したらしくロルカに向けて肩を竦めてみせる。


 ロルカは悪戯っぽく笑うと、木々の向こうで驚いたように足を止めた少女に手を振った。


「来てくれたんだな、シャルロ」


 運命神の神繭カムンマユラたるロルカの視た数多の可能性――運命たるそのひとつを選び取ったシャルロは――その言葉に持っていた羊皮紙の巻物を取り落とした。


「ろ、ロルカ……? 戦神せんしんの神繭も……ここに、いたんだ――そっか……」


 考えてみればここはロルカの故郷であり、粛清の惨状を目にしていたなら当然弔いに戻っていると予想できたはずだ。


 けれどシャルロは必死で――その考えに思い至らなかった。


「うん――君なら、この運命を選んでくれるって信じてた」


「よく来たな、ロルカはお前を待っていたんだぜ」


 頷くロルカとニーアスに……シャルロの瞳にみるみる涙が盛り上がる。


 彼女は懸命に堪えようとしたけれど――駄目だった。


「わ、私……繭狩りを――その在り方を、改めさせたの――。自分の気持ちに、従って……それで……おさも捕まって――」


 ぽろぽろと止めどなくこぼれる雫がとても綺麗だ。


 シャルロは身を屈めて足下に落ちた巻物を拾い――ロルカに歩み寄ると震える手で差し出す。


 ロルカがそれを広げると、後ろから覗き込んだニーアスが満足そうに笑った。



『繭狩りの長を始めとする第一部隊は解散とする。一部の罪深き者は監獄へと送り、残りの者は繭狩りの体勢見直しに尽力しこれを遂行すること。また、繭狩りのシャルロはこの証明を以て繭狩りの任を解くものとする』



 それは王の印が押された書状。


 ロルカの願った運命がそこにあることを証明する――正式な。


 ……繭狩りを解散させることは領土の虚無ヴァニタス対策に支障が出てしまうため、体勢を整えるまでは難しいだろう。


 堕神にも焦点を当てなければならないはずだ。


 だからこれが最善策なのだと……ロルカは信じていた。


「やるじゃねぇか繭狩りの――じゃなかった、シャルロ!」


 すると突然、ニーアスは涙で頬を濡らすシャルロとその目の前にいたロルカの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「なっ、さ、触らないでください! なんなんですか、あなた、本当に毎回――!」


「うわ⁉ ちょっとニーアス、なんだよいきなり……!」


 泣きながら顔を顰めるシャルロと驚いた顔をするロルカに、ニーアスは飄々と続けた。


「なに言ってんだよ、子供ってのは褒めてやるもんだろ」


「こ、子供……⁉ し、失礼ですから!」


「えぇと。俺は成人しているんだけど……」


「ばぁか。俺から見りゃどっちもガキだ。……なあ。ずっと気ぃ張ってたんだろ? ……もういいんだ、シャルロもロルカも。いったん肩の荷を下ろしちまえよ。今日から仕切り直そうぜ」


「……え……」


「ニーアス……」


 目を瞠るふたりにニーアスはからからと笑うと言った。


「――よしシャルロ、腹減ってんじゃねぇか? ここは俺が奢ってやる。準備してやるから少し休んでおけよ、落ち着いたら出発するからな」


 言うが早いがひらりと手を振ってさっさと離れていくニーアスに、ロルカはふふ、と笑った。


 なにも伝えていなかったのに、一緒に行くのが当然のように話す彼がおかしかったからだ。


 ニーアスを見送るシャルロは少しだけ不満そうに髪を手櫛で梳きながら、それでもいくらか柔らいだ声で言った。


「――安心したから確かにお腹は空いた……けど。そういえばあまり食べられていなかったし。ところで出発ってなんのこと、ロルカ……?」


 その言葉にロルカはますます笑って大きく頷くと、右足を引いて後方へと彼女を誘う。


「腹が減っていたら堕神や虚無とも戦えないしね。ゼリィはないかもしれないけど、それはこの先に回る町で食べようか。――つまり、俺たちと一緒に来ないか? ってこと!」


「……え……」


「俺は君が生きていて繭狩りを糾弾してくれる運命を選んだ。君を待っていたんだシャルロ。これから俺とニーアスは堕神や虚無と戦いながらいろんな場所に行く。だから――君も行くだろ? 俺たち神繭と一緒に」


 差し出された右手。


 シャルロはその言葉に息を呑み、薄紫色の瞳を大きく瞬くと――再び滲んだ涙を堪えもせず、いままで見せたことのない花が綻ぶような笑顔を浮かべた。


 嬉しかったのだ。一緒に行こうと言ってもらえたことが。



 運命を視るまでもない。答えなんて――ひとつしかないに決まっている。



「――はい、ロルカ!」


 ロルカの右手を握った彼女の背中を押すように――優しい風がそっと吹き抜けていった。


Fin

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神繭‐カムンマユラ‐ 神たる力を宿す繭は己の生きる意味を問う @kanade1122

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