第46話 終焉③

 ……それからシャルロは大きな噴水のそばに立ち――必死に声を上げていまに至る。


 哀れで凄惨な過去を持ちながらも挫けず戦ってきた彼女の言葉を、王都に住まう人々は軽視したりはしなかった。


 それはきっと――シャルロの思いが彼らに届いたからだろう。


 まだ成人すらしていない少女の悲痛な訴えに人が人を呼び、やがて大きな奔流の一部となっていく。


 その勢いは凄まじく、繭狩りの第一部隊が行った非道が次々と白日の下に晒されるのに時間は掛からなかった。


 神繭カムンマユラだけでなく一般人を理由なく狩っていたことや――その金品を奪っていたこと。シャルロに技を教えてくれた地位ある繭狩り――つまり前のおさが眼帯の男に命を奪われていたこと。


 すべてが連鎖するように明らかになっていったのである。


 当然、神繭を理由に一般人を狩ることに賛同していた者たちはなりを潜め――繭狩りのなかからも現在の長への批判が噴出した。


 そうして民衆がシャルロに寄り添うと、いよいよ王も動かざるを得なくなった。


 繭狩りの長に認めていた権利を廃止するだけでなく、繭狩り自体の体勢の見直しが図られることになった……つまり古くからの惰性を改めると宣言したのだ。


 繭狩りを率いていた眼帯の男は様々な罪を暴かれて批判の的となり、外を歩けば石を投げられ、罵声を浴びせられる扱いを受けることになった。


 さらには男を罰するための準備も着々と進められ、民衆は連日のように繭狩りの拠点を取り囲んで糾弾するようになる。


◇◇◇


 そんな日が続く……ある真夜中。


 はるか高くまでそそり立つ対虚無防壁ヴァニタスリメスに沿うように……目深に被ったフードを押さえ、肩をすぼめて歩くローブ姿の人影があった。


 それは真夜中の冷たい空気から身を守るような姿勢にも見えたが――シャルロは薄紫色の瞳をゆっくりと瞬いて――静かに声をかけた。



「――どこへ行くのですか。長」



 ローブ姿の人影がピクリと反応すると――彼女はゆるりと腰の双剣を抜き放つ。


「王都から逃げることを――私が許すと思いましたか」


 民衆の目をいかにして掻い潜ったかなどシャルロにはどうでもいい話だ。


 ローブ姿の人影――繭狩りの長だった眼帯の男は、フードを下ろすと口角を下げて憤怒の表情に憎悪を滲ませた。


「――シャルロ――忌々しい小娘がッ――育ててやった恩を仇で返すとはなッ!」


「もうそんな戯れ言には動じません。あなたに感じる恩もない」


 全力で返すシャルロの瞳は煌々と輝いたまま意志を失うことはない。


「舐めた口を……ッ!」


 瞬間、眼帯の男が鋭い踏み込みとともに剣を抜いて突き出した。


 シャルロは短く息を吐きながら上体を低くして切っ先を躱し、前へと伸び上がるようにして一気に眼帯の男との距離を詰める。


「――ッ!」


「あなたは強かった。でも――私はあなたなんかに負けないッ!」


 ずっとずっと自分の居場所だと信じていた繭狩りという名の虚構。


 彼らとともに誇りある狩りを行っているつもりでいた間抜けな自分とはここでお別れだ。


 シャルロは怯えていただけ――従順であらねばと身を竦めていただけ。


 本来の彼女は強かった――眼帯の男など遥かに凌ぐほどに。



「――さようなら、繭狩り」



 左の剣で眼帯の男の剣を弾き上げ、その腹へと右肘を叩き込む。


「ごふッ!」


 息を詰まらせて膝を折ったその頭にシャルロの右の剣、その柄が炸裂し――男は沈黙した。


◇◇◇


「放せッ! 俺は繭狩りだ、俺に盾突く者は滅びろッ……国のために戦ってやった恩を忘れたのか馬鹿どもめがッ!」


「なにが国のためだ! いい加減に罪を認めろッ!」


「滅びるのはお前だ!」


 王都の自警団に引き摺られるようにして連れていかれる繭狩りの長だった者に野次が飛ぶ。 


 真夜中だというのに集まってくる民衆は増える一方だった。


 眼帯の男が送られる監獄は無慈悲な棺と呼ばれており、この先、文字通り棺に入るまで死ぬよりつらい時間を過ごすことになるのだろう。



 ……それを見送ったシャルロはゆっくりと瞼を下ろし……小さく息を吐き出した。



 ――終わったよ……ロルカ。

 

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