第45話 終焉②

******


 ……斯くして。


 ロルカが先に村に戻り、ニーアスは王都で新しい馬車と商品を仕入れてあとを追い掛けた。


 彼らは盛られた土ひとつひとつに花と水を添え、香を焚いて真摯に祈る。


 やがてニーアスはあたりを見回し……口を開いた。


「……『運命神』ってのは上位の神のなかでもさらに上位で、それだけ信仰も厚かったって話だ。……あの力を見りゃ頷けるってもんさ。この村はずっと『運命神』の神繭カムンマユラとその一族を護ってきたんだろうな。ただ俺は――お前が神繭じゃなかったとしてもこの村の住人はお前を護った――そう思うぜ」


「…………」


 その言葉にロルカの胸の奥、思い出たちが熱を持つ。


 ――きっとそうだ。皆は俺を……護ってくれた……絶対に。


 そう思えるだけの愛情を――ロルカはずっと受け取ってきたのだから。


 じわりと滲む涙を右腕で拭い、ロルカは頷いてみせる。


 ニーアスはそれを見ると懐から酒の瓶を出してあたりに振り撒いた。


「――この村で一番売れた酒だ。俺からの弔いだから金は取らない」


「うん……ありがとうニーアス。皆、喜んでくれると思う……」


 それからしばらくしてロルカが落ち着くと、薪を集めて焚火を始めたニーアスが言った。


「それでお前、この先はどうするんだ? とりあえず龍形の堕神おちがみはなんとかなったにしても、繭狩りとのケリは半分しかついていないんだろ? まさかまだ命を散らすだなんて馬鹿げたこと言わねぇよな?」


「……えぇと。ちょっと辛辣すぎないかなニーアス……。まぁ――シャルロにも生きるよう言われたし、皆の思いも背負っているし――無様に命を散らすようなことはしないって思い直したけど」


 顔を顰めて答えるロルカに、からからと笑いながらニーアスは頷いた。


「そうじゃねぇと困るってもんさ。なんたって後払いがたんまり溜まってんだぜ?」


「――それもそうだけどさ。あぁ……でもニーアス、繭狩りとの決着のもう半分は――きっとついていると思うよ」


「は? どういう意味だ?」


 聞き返したニーアスに今度はにやりと笑ってみせてから……ロルカは自分の視た運命を話し始めた。



******



 王都の中心、大きな噴水のそばで薄紫色の美しい色彩をもつ少女は道行く人々を見回し――思い切り息を吸い込んだ。


 その胸元で翠色の石がちかりと瞬いている。


「聞いてください! お願いします! 私は……繭狩りのシャルロ。王都に向かっていた虚無ヴァニタスの大群の話を皆さん知っているかと思います。私は狩りに出て――そこで先に戦っていた神繭カムンマユラに助けられました。ずっと……ずっと狩ることだけを考えてきた神繭に……助けられたのです。虚無の群れは凄まじい数で……堕神おちがみまで飛来した……私たち繭狩りだけでは絶望的でした……」


 彼女の色彩は王都でも珍しく、さらに繭狩りのシャルロといえば名の知れた存在でもある。


 言葉を詰まらせるようにして懸命に語る彼女に数人が足を止めてくれた。


 興味を持ってくれることに感謝して頭を下げてから……シャルロは続きを口にする。


「しかも。繭狩りのおさはその神繭を餌にして逃げると言ったんです。堕神とて脅威だとわかっていながら狩ることを拒否して……多少であれば王都が壊れてもいいとも言い切った――そんなこと絶対に許せません……だってそれは犠牲が出ることと同じだもの! 堕神を生み出す行為だもの! 私、私は……そんな思いを誰にもさせないためにここにいたのに……ずっと間違っていたんだと気が付いて、だから……!」


 その訴えにさらに多くの人が足を止めた。


 繭狩りが繭狩りを糾弾する光景に驚いた者もいれば、馬鹿にしたような視線を送る者もいる。


 それでもシャルロは構わない。聞いてもらえばきっと伝わると信じていた。


「もう、終わりにしたいんです……あんな非道を。神繭を護ることを理由に一般人まではりつけにしていいはずがない――人間を護ろうとして堕神や虚無を相手に戦ってくれている神繭まで狩ることなんてない! 私は私の気持ちを信じたい!」


 さわさわと囁きを交わすような喧騒があたりを包んでいる。


 声が枯れるまで叫ぼうとシャルロは決めていた――いや、枯れてもやめないと決めていた。



 涙を堪え、拳をきつく握り締め、彼女はもう一度息を吸い込んだ。



◇◇◇


 シャルロが目覚めたのは堕神おちがみ虚無ヴァニタスが倒されてから二日後だった。


「王都に向かっていた虚無の群れは光の柱とともに消えたそうだね。君たちが戦ってくれたからなのだろう? ――ありがとう」


 目を醒ましたシャルロは自分を診てくれていた医者から柔らかな声でそう聞かされた。


 彼女を医者のもとに連れてきたのは繭狩りだったが、長はそこにいなかったらしい。


 しかも、彼らはシャルロを預けると急いでいると言って拠点へ帰っていき、それから姿を見せていないそうだ。



 ――私は……龍形の堕神に呑まれて死んだはず……。繭狩りが私を助けてくれた……? ううん、そんなことは……。



 訳がわからず体を起こしたシャルロは、そこで自分が美しい翠色の石のペンダントを握っていることに気付く。



 ――これ――あの黒髪の女性がつけていたペンダント……!



 その瞬間、彼女は自分を助けてくれたのがロルカだと確信した。


 ……結局、医者に問いかけてもそこにいたはずの神繭の行方はようとして知れなかったけれど……光の柱と堕神の消滅が彼らの生きている証だと信じたシャルロは、自分もやるべきことをしようと決意する。


 だから彼女はまず、医者に頼んでしばらく置いてもらうことにした。


 ――もう、あの場所には帰れないもの。酷いことをしてきた責任は自分で取らないといけない……そうだよねロルカ。私は神繭と虚無を狩ることに執着してきた――繭狩りとしての誇りを抱いてきた。でもそれは……間違いだったんだ。磔にした神繭が堕ちたこともあったかもしれない。だからこそ……私が。

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