第44話 終焉①

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 小さな森の中、申し訳程度の対虚無防壁ヴァニタスリメスに囲まれた小さな村があった。


 かつては明るく柔らかな雰囲気に満ちあふれ、幸せでかけがえのない時間がゆったりと流れる場所だったが――いまはもう、静寂に満ちた静謐せいひつな場所に変わり果てている。


 光の加減で蒼く艶めく黒髪の青年ロルカは――大好きだった故郷で大切な者たちをひとりひとり手厚く葬り、ようやく全員に別れを告げたところだった。


 龍形の堕神おちがみと戦ってからは約二週間が過ぎていて、繭狩りの粛清からは一カ月以上の時間が流れたことになる。


 ……当然、目を背けたくなるような惨状にロルカの胸は軋んで悲鳴を上げたけれど――だからこそ、彼は皆のために手を止めようとはしなかった。



「……遅くなってごめん……これで全員だ……」



 ロルカはいくつもの盛られた土の前に膝を突き、そう語りかけてから大きく息を吸う。


 微かに残る焼けた木々の臭いと腐臭――やがてはこれも消えるのだろう。


 それを証明するかのように……晴れ渡る空の下、土と草と木の香りが風に乗り、ロルカの頬を優しく撫でていく。



 そこに……がらがらと車輪の立てる音が聞こえてきた。


 ロルカが大きな翠色の瞳を向けると、木々のあいだから葦毛の馬に引かれた小型の馬車が姿を現わし、馬を御していた人影がひらりと右手を振るう。


「――よお、待たせたなロルカ」


 そうして飄々と言ってのけるのは蜂蜜色の髪を風に揺らした紅色の瞳をもつ青年だ。


「ニーアス。えぇと、いらっしゃい。無理言ってごめん、助かるよ」


「ばぁか。いまさらだろ。後払い分に追加だけどな」


「はは、そうだった」


 ニーアスは対虚無防壁ヴァニタスリメスのそばに馬車を止め、荷台に積んでいた商品から手際よく必要なものを取り出して並べていく。


「見送りの花、清めの水、幸呼さちよびの香だ」


「うん――ありがとう」


 彼が持ってきたのはロルカの大切な者たちを送るための道具だ。


 ロルカが頷いてそれを設置するのを……ニーアスはなにも言わずに手伝い始めた。



******



 ロルカは溶け消えていく龍形の堕神からシャルロを救い出し――意識のない彼女を抱いて残っていた繭狩りのもとに連れていった。


 眼帯の男はいまだぴくりともせず無様な姿を晒して転がっており、ロルカは踏みつけたいのを堪えて静かに口にする。


「――彼女になにかあれば俺はお前たちを絶対に許さない。全部――視ているからな」


 その言葉に身震いした繭狩りたちが何度も頷くのを確認すると、ロルカは己の首に提げていたペンダントをそっとシャルロに握らせて柔らかな土の上に横たえた。


 ――これは俺の願いだ、シャルロ。君ならきっと大丈夫……。


 そうして立ち上がったロルカが黙って踵を返すと、繭狩りたちは慌てたようにシャルロと眼帯の男を抱え、逃げるように去っていった。



 ……その一連の出来事を遠巻きに眺めていたニーアスは戻ってきたロルカに黙ったまま右の拳を突き出し――ロルカは自分の拳を軽くぶつけて応える。


 ……すべては終わったのだ。


 ふたりの背中の羽根はゆっくりと溶けるように薄れ、ロルカが感じていた奇妙な揺らぎも、己と世界の境界が曖昧になっていく心細さも……当然、消えていった。


 夕日はいまや地平の彼方へとその身を沈め……これから訪れる夜のひやりとした空気がどこからともなく立ち上り始めている。


 そこでニーアスが少しだけ躊躇いがちに口を開く。


「……いいのか? 置いてきちまって――」


「シャルロのこと? ――うん。この先はシャルロが選ぶことだから。……俺が視た運命はひとつじゃないんだニーアス。君が『神業かみわざ』を使えたのも数多の可能性、その運命たるひとつだったし。さすが『戦神せんしん』の神繭カムンマユラ……成功してくれると思ってたけどさ」


 それを聞いたニーアスは思い切り顔を顰めるとその場にばたりと倒れ込んだ。


「おい――そういうのは早く言え……」


「はは」


「はは、じゃねぇよ……まぁいいや」


 呆れた声でそうこぼし――けれど満更でもなさそうにニーアスが笑う。


 ロルカはそれを見て口角を吊り上げるとニーアスの近くに大の字に転がった。


 正直なところ彼らは満身創痍で……立っているのもつらい状態だったのだ。


 ロルカは安堵の吐息をこぼし、星の瞬き始めた空を見上げたまま口を開く。


「……あのさニーアス。俺、一度村に帰ろうと思うんだ。それで……頼みがあるんだけど」


 ニーアスはそれを聞くと、はーっ、とため息をついた。


「いいぜー、この際だからなんでも聞いてやるよ。ま、後払いだけどな!」


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