第43話 羽化⑧
……そして。
「ニーアス、右に三歩」
「!」
それはおそらく、
ロルカの短い指示にも咄嗟に反応した彼の左側、彼がいた場所に龍形の
「後ろに二歩、そこから距離を詰めて一撃」
獲物を捕らえ損なった堕神は地面に爪を突き立てたまま首を伸ばし、顎を突き出してガチンと牙を噛み合わせる。
それでも逃したことを察して頭を引こうとしたところに、踏み込んできたニーアスの一撃が直撃。その鼻先を斬り裂いた。
『グォウッ――シャアァッ!』
堪らず体ごと後退した堕神が憤怒に牙を剥く。
「一歩下がって躱したらもう二歩下がってから一撃」
「……ッ、か、簡単そうに言うけどなお前ッ!」
ニーアスは文句を吐きながらロルカの指示通りに下がって爪を躱し、さらに下がって返された爪を見送ると正面から攻撃を仕掛けようとしていた鼻先に再び刃を見舞った。
『グルルアアァッ!』
龍形の堕神は腹立たしそうに首を上下させ、今度はロルカ目掛けて右後ろ脚を踏み出すと尾を振り抜く。
ロルカは膝を曲げて前屈みで尾をくぐり抜け、瞬時に剣を下から上へと振り抜いた。
閃いた刃は尾の鱗を弾き飛ばし、朱色へと変わろうとしていた美しい空に黒い光が散る。
堕神は低い唸り声を轟かせるとロルカに向き直る。
……そこに。
「余所見してんじゃねぇよ! お前の相手はこの俺だッ!」
飛び上がっていたニーアスが逸らした背中を戻す勢いを載せ、強烈な一撃を打ち下ろした。
『ギャオゥッ――』
龍形の堕神の鼻先がばくりと割れて黒い靄が溢れ出す。
――すげぇ、これなら勝てる……!
思わず口角を吊り上げたニーアスの前、龍形の堕神はブシュウッと鼻息を噴き出して傷付いた翼を広げた。
堕神の羽ばたきが生み出す風は凄まじく、残っている草があらゆる方向から掻き乱される。
やがて龍形の堕神は地面を蹴るようにして空へと舞い上がった。
目を開けていられないほどの突風がロルカの頬を打つ。
「――ちっ。飛ばれるってのは厄介だな」
右手に剣を持ち、左腕で風から顔を守りながらニーアスが言うと、双眸を眇めて龍形の堕神を見詰めていたロルカが首を振った。
「いや、これでよかったんだニーアス。――次が勝負。君が『
瞬間、ニーアスは上空で自分たちを見下ろす堕神から思わず目を逸らし、信じられないことを言う『運命神』を凝視した。
「なんだって? 馬鹿言うな! 言ったはずだぜ、俺は『神業』を覚えきらないうちに逃げちまったんだって」
「大丈夫。君は『戦神』だから。戦いでこそ成長する――どうかな?」
「いやどうかなってお前――」
「来るよ、ニーアス」
「……ッ、あぁくそっ、失敗しても文句言うなよ⁉ 言う前に散っているかもしれねぇけどな!」
ニーアスはやけくそになって物騒なことを吐き出しながら両手剣を構えた。
……その背中で金色の羽根が力強さを増していく。
そのとき、上空で十分な距離を取った堕神が咆哮を上げた。
勝負は――一度きり。
ニーアスの隣で剣を構えたロルカは腹の底に力を入れ――ただ、信じた。
戦神の
けれど自分たちは――必ず掴み取るのだ、と。
夕日で朱色に染まる空を背に――真っ黒な影、なにもない闇――龍の姿をした巨大な堕神が急降下してくる。
「はああああぁぁぁぁ――――ッ」
「おおおおおぉぉぉぉ――――ッ」
運命神と戦神――ロルカとニーアスの咆哮。
飛来する堕神へと……ふたりの剣が思い切り振り抜かれる。
ズダアアアアァァァァン――ッ
凄まじい轟音――光が噴き上がって太い柱となる。
『グギャアアァァァ――ッ!』
斬り裂かれた堕神は断末魔を迸らせ内部から光に呑み込まれると――破裂した。
ロルカは咄嗟に剣を放し、あふれ出た光のなかに両腕を突き込む。
瞬間……微かに……けれど確かに聞こえたのは消えゆく堕神の声だった。
『憎い。恐い。堕ちたくない――』
胸が詰まるような哀しみがロルカの心を焼く。
だからこそ、ロルカは祈らずにはいられなかった。
――もう大丈夫。眠っていい。君は解放された、還っていいんだ……。
その言葉に応えるように。
ロルカの腕が温かく柔らかなものに触れ――彼は無我夢中で引き寄せた。
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