第42話 羽化⑦

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「はぁっ、は……はぁ……ぜはッ……遅ぇぞ、ロルカ――」


 ニーアスが龍形の堕神から距離を取り、頬の汗を腕で拭ったところに――何事もなかったかのようにロルカが歩み寄った。


 蜥蜴とかげ形の虚無ヴァニタスはもうどこにも見当たらず、細かな傷を無数に負った龍形の堕神おちがみを残すのみ。


 その堕神も戻ってきたロルカを見てなにかを感じたのかもしれない。


 頭を低くしてクカカ、と威嚇音を発した。


「ごめん。お待たせニーアス」


 ロルカが落ち着いた声で応えると、ニーアスは背中の金色の羽根を羽ばたきのように揺らがせて剣を構え直し、ふん、と鼻を鳴らしてみせる。


「はぁ……は……お待たせじゃねぇよ――で? ケリはついたのか?」


「半分だけ」


「半分?」


「うん。ニーアス、聞いてほしい。まだ……助けられるんだ」


「助けられる? ……そいつは――まさか」


「そのまさか。手伝ってくれるかな。俺が堕ちない、その理由なんだ」


「ばぁか。いまさら断ったら格好悪いだろうが」


「ありがとう」


 ロルカはニーアスに微笑むと……すっと息を吸って己のなかに宿るものに身を委ねた。



 シャルロを助けたいと願い、叶わずに絶叫した瞬間――ロルカにはどうすれば羽化できるのかがわかったのだ。


 けれど羽化するならば醜い男を殴るためではなく……己が助けたいと願った者のためがいい――そう考えたロルカのなかで……神の力はちゃんと待っていてくれた。


 ロルカが堕ちることもなかった。


「――――じゃあいこうか」


 神繭カムンマユラであるロルカの背中――彼の瞳とよく似た色合いの美しい光が緩やかに広がっていく。


 ――俺は戦う。護りたい人たちのために。誰も俺みたいな思いをしないですむように。


 そう思って羽化する瞬間……アルミラの言葉が聞こえた気がした。


『――神繭として、あんたが存在する意味を見つけること――かな』


 村から逃がされることを知らずに旅立つそのとき、なにをしなければならないのかを問うたロルカにアルミラが示した言葉だった。


 ――父さん、母さん……ミラ姉さん。俺――見つけたよ。


「へぇ。綺麗なもんだな。……で、お前はいったいなんの神の繭なんだ?」


 羽根のような四枚の光にニーアスが飄々と問いかける。


 ロルカは翠色のそれを震わせるときっぱりと言い切った。


「運命神」


「…………なんだって? いや、お前……それ……」


 そのときのニーアスは珍しくぽかんと口を開け、こぼれんばかりに双眸を見開く。


 ロルカは小さく笑うと、痺れを切らせたのか踏み出した龍形の堕神へと向き直る。


『グルアアァァ――ッ!』


 神繭が堕神や虚無と戦うように……堕神や虚無もまた、神繭だけでなく人間と戦うように在るのかもしれない。


 戦え、戦えと心を掻き乱されるのかもしれない。


 そして人間は――神繭を畏れ戦うのかもしれない。


 それでも。人間とならば、神繭は手を取り合える。


 ロルカはその運命を信じたかった。



 堕神の敵意はすさまじく、何度目かの咆哮がロルカの腹の底に重く響く。


 ロルカは真っ正面から堕神を見据えた。

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