第41話 羽化⑥

 ザッ……


 動いたのは前線の五人。


 打ち寄せる波のような攻撃がロルカに襲いかかる――が、しかし。


 ロルカには繭狩りたちの描く軌道が視えていた。


 すべてのものが辿る数多の可能性……そのなかから選び出された運命というべき事象――。


 ロルカはこれが『野生の勘』などではないと――初めて悟った。


 いまこの瞬間、ロルカはたしかに己の内に眠る神を感じていたのだ。


 右に一歩、上体を反らしてから前に一歩。


 最低限の動作だけで繰り出される剣を躱し、それでも進むロルカに眼帯の男が残された右眼を見開く。


「な、なにを遊んでいるッ! 狩れッ!」


 焦りを含んだ怒声で男の後ろにいた六人も駆け出したが――結果は同じ。


 ロルカの後方から剣を繰り出したとしても――まるで背後が見えているかのように躱され、その切っ先が掠ることすらない。


 その異様な光景に眼帯の男が後退る。


「な……なんだ……なんなんだ、お前は……⁉」


 歩むロルカの握り締める剣が暮れようとする日の光を散らし、眼帯の男は大きく首を振ると絶叫した。


「――く、来るな――化け物め!」


 眼帯の男が数多の神繭カムンマユラを相手に狩りを続けてきたのは確かだ。……にもかかわらず、目の前にいる羽化すらしていない神繭がいったいなんなのかわからない。


 その異様さと恐怖は眼帯の男が感じたことのないもので……耐えかねた彼は狩人たる冷静さを失い、闇雲に剣を突き出していた。


 ギィンッ……


「がっ⁉」


 しかし当然……それすらも。


 ロルカの前ではなんの意味も持たない。


 呆気なく弾かれて手首を打たれ、剣を取り落とした眼帯の男は後方へと三歩蹌踉めいて尻餅を突いた。


「…………」


 その喉元に無言でぴたりと突き付けられるロルカの剣。


 無様にも頬を引き攣らせた眼帯の男がそろそろと両手を上げて降参の意を示すと、ロルカは剣を引いて左手に持ち、右の拳でその頬を思い切りぶん殴った。


「ウグゥッ……!」


 倒れる男の右肩を左足で踏みつけ、その背中を地面に押し付けたロルカは切っ先を下に剣を掲げる。


 眼帯の男の残された黒い右眼がその切っ先を凝視し……口元が引き攣る。


「……! や、やめろ……」


「…………」


 怒りに燃える大きな翠色の瞳を瞬くこともなく――ただ無言で見下ろすロルカ。


 眼帯の男はガチガチと歯を鳴らし……醜態を晒して首を振った。


「や、やめろ……やめてくれ……」


 助けようとする繭狩りはひとりもない。


 怯えて尻尾を巻く獣のように遠巻きに見ている者もいれば、逃げ出した者もいた。


「……無様だな。何人がそうやってお前に懇願した――? 堕ちた神もいたはず。それが人を襲うこともあるだろうに――」


 静かに告げるロルカの剣がさらに高く……ゆるりと持ち上がる。


「――非道なお前に似合うのはどんな運命だと思う?」


「う…………うぅ」


 呻く眼帯の男をじっと見詰め、ロルカはやがて、ふ、と息を吐き…………瞬間。


 振り下ろされた剣が眼帯の男の左頬――その薄皮一枚を鮮やかに裂いて地面に突き刺さる。


「――ひッ、…………」


 眼帯の男は白目を剥き――意識を失ってがくりと体の制御をなくした。


 ロルカはゆっくりと瞼を下ろし、また持ち上げてから剣を引き抜く。


 本当は男の命を奪うこともできた。ロルカにはその運命も選べたのだから。


 けれど――ロルカは視たのだ。


 数多の可能性、運命たるそのひとつ。



「――お前には――死ぬよりも相応しい運命を贈るよ」



 呟いたロルカは剣を収め、力の抜けた男の肩から足を退けると踵を返す。


 残った繭狩りたちが怯えたように身動ぐが、ロルカにはもうどうでもよかった。

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