ヒーローは実在する

睡蓮

第1話 キラキラネームを持つ自分

「おい、ヒーロー君」

「その呼び方やめろよ」

「仕方ないだろ、それお前の本名じゃないか」


 そう、俺の名前は『尊』と書いて「ひーろー」と読む。キラキラネームもこれ極まりといった感じで、小さい頃から揶揄われてきた。

 両親が尊い子供になるようにとこの漢字を選んだのだ。

 生まれる前から漢字は決まっていたそうだが、読み方は生まれた時にちょうど戦隊ヒーローもののテレビが流れていたので、ヒーローと読ませるようにしたと、小学校の時に両親が言っていた。


 おかげで・・・・・・


 保育園にいる時から、ヒーロー君だから何でもできるよねと言われては、トカゲを掴まされてり、オタマジャクシを手に載せられたりと見る人が見れば明らかにいじめとわかることもされてきた。滑り台から飛び降りをさせられた時は顔から落ちて、鼻を盛大に擦ったこともある。


 小学校に入れば露骨ないじめに遭い、5年生から不登校になった。

 どれもこれも名前のせいだ。


 ずっと両親を恨んできたが、一つだけありがたかったのは、俺が不登校であっても引きこもりをしていてもあまり怒りもせず、普段と変わりなく世話をしてくれて、変わらず会話をしてくれるところだった。


 名前の意味をいつか分かる日がくるから、と。


 結局、中学にも行かず、フリースクールに入り、高卒認定を取って大学生になった。

 友達がいなかったせいでゲームにハマることもなく、一応勉強はしていたのだ。インターネットが普及した時代のおかげで、似たような仲間とオンラインで話ができるからコミュニケーションだってある程度は取れるようになっていた。


 専攻は経済を選んだ。

 そこに深い意味はない。お金を稼ぐ方法を学びたいという子供じみた理由だった。


 大学デビューをするべく、受験勉強よりも熱を入れてファッションや流行の漫画、スマホの本格的な使い方、学生好みの繁華街などとにかくいろいろと情報を集めた。


 大学生はさすがにオトナだった。

 露骨ないじめもなければ、名前で揶揄ったりしない。せいぜい下の名でたまに呼ばれるくらいだ。それとて、悪意を感じるほどではない。

 真のヒーローなんてこの世にいない。それでいいのだ。それで・・・・・・


 3年生も残り少なくなって、就活の時期になった。

 エントリーシートを書くたび、ふりがなを振るのが恥ずかしかった。

 名前で落とされたらどうしようか、と。


 自分の通う学校は決して一流大学ではない。

 エントリーシートで学歴フィルターにかかって落とされる心配だってある。そんな学校だ。

 だが、友人達が落とされても、俺だけが面接に進むということが何回かあった。


 特別成績が良いわけではないし、先生の推薦があるわけでもない。

 考えられるのは・・・・


「君がヒーロー君か」

「はい」

「ハラスメントと言われるかも知れないが、名前を見てね、どんな青年かと思ったんだよ」


 こんな会話を何回しただろうか。こんな所で名前に助けられるとは思いもしなかった。

 結果、憧れの企業に就職し、名刺にふりがなを振ったせいで、誰にも名前を覚えられ、成績も上位に顔を出すようになった。

 両親がどういう思いで名前を付けたか、少しわかった気がした。



「ヒーローさん」

「はい」

「お付き合いして頂けますか」


 得意先の女性から告白されて付き合うことになった。

 大学生の頃はそれまで迷惑を掛けた両親に負担をさせたくなくて空いた時間はずっとアルバイトをしていたから、女性との交際は初めてだった。


 そんな彼女からヒーローと呼ばれ、ほんのちょっと嬉しかった。


 ある時、ライトアップされていた街を二人で歩いていたら、彼女が咳き込んだ。額に手を当てれば少し熱がある。ここからだと彼女の住まいより俺のマンションの方がうんと近いので、むさ苦しい男の部屋では申し訳ないと思いながら彼女を家で寝かせた。


 自炊して暮らしているとは言え、作ることができる食べ物ものは限られている。

『赤いきつね』のカップを取り出し、スープを普段の半分以下にしてお湯を注ぐ。体調が悪い時は薄味の方が良いと母から教えられていたことを守りながら、麺が相当ふやけるまで放っておいた。


「ほら、あ~ん」

「私、子供じゃないんだから」

「俺達の子供がいつか出来た時のための練習だ」

「えっ」


 彼女の少し赤かった顔がとたんに真っ赤になった。

 うどんを食べてもらうために出した言葉だが、よくよく考えればまんまプロポーズだ。

 俺自身もその意味に気が付いて、顔が熱くなる。


「それ、ほ、本気なの」


 あたふたした感じで、確認をしてくる。答えは勿論一つしかない。


「本気さ。君に早く元気になって欲しいし、その・・・・」

「その?」


 上目遣い、しかも瞳が潤んでいる。


 プロポーズを近いうちにしようと思っていた。

 海の見える公園だとかお洒落なレストランだとか、飛びきりの場所でとびきりの言葉を用意して一生の思い出になる経験をさせたいと考えを巡らせていたというのに──まさかこんな場所で。


「いつまでも、いつまでも隣にいて欲しい。これが俺の気持ちの全てだ」

「ありがとう。私も同じ気持ちだから」


 人肌近くまで冷めて、もはや麺と呼べるかどうかわからなくなった代物を彼女は半分近く食べた。

 そして俺が食べた残りものは恋の味か愛情の味か、とても冷めていたうどんが熱く感じられるほどに体に浸みていった。

 一杯のインスタント麺にこんな深い味が隠れているとは思わなかった。



 やがて、彼女と結ばれた。


「貴男こそ私のヒーロー、間違いないわ」

「そう?」

「ううん、きっとそう。ウフフ、今日もがんばっちゃお」


 ハネムーンベビーが宿っている少し膨らんだお腹をさすりながら、彼女は至福の顔をする。


「女の子だって言われたの。名前を決めておきましょう」

「君に希望はあるの?」

「えへへ、実はね」



 尊い子になって欲しいから『尊子』と書いて『ヒロイン』と読ませるのだそうだ。

 俺の人生を振り返って、


「それ、いいよね」


 そう答えた。

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