Even if in the darkness,

@jimo-fu

退屈な日常

 「……まぁそんな感じで、将来の夢を持つことはいいことですよ。何か目標があれば、それに向かってひたむきに頑張れる。私はそう思いますよ」

 塾の先生がそう言い終わると、授業の終わりのチャイムが鳴る。

 「はい、今日の授業は終わりです。ありがとうございました」

 「ありがとうございました」

 荷物をまとめて塾を出る。時計を見れば、10時を過ぎている。これから帰って風呂に入り、少し単語帳を覗いて寝る。

 「明日は水曜日か……」

 水曜日は塾はないが高校の授業が7限まである。それが終われば木曜。6限を終えて塾で数学の授業、金曜は6限で国語、土曜は学校がないので一日塾で英語、日曜は図書館で勉強、月曜は、火曜は、水曜は……。大学受験が終わるまではずっとこのスケジュールだ。それで、大学に入ったら毎日講義を受けて、それが過ぎれば会社で毎日働いて……。最寄り駅に向かいながらぼんやり考えていたら、ふと足が止まってしまった。

 「なんか、人生ってつまんないのかもな」

 将来の夢も何もない俺に待っているのは、ずっと平凡で退屈な日常。この先も何も起きないで、ずっと繰り返し繰り返しで生きていく。そう思うと、なんだか悲しくなってきて、行ったことのない反対口に来てしまった。

 「いや、何してんだろ。早く帰らないとだな……」

 振り返って戻ろうとすると、人にぶつかってしまった。黒いスーツを着た男だ。

 「すみません!ボーっとしていて……、大丈夫でしたか?」

 「いえいえ、こちらこそすみません。お怪我はありませんか?」

 「はい、大丈夫です。じゃあ僕はこれで」

 「おや?貴方……」

 男がマジマジとこちらを見つめている。

 「どうかしましたか?」

 「貴方、何かを壊したい願望をお持ちだ」

 何を言っているんだこの人は。ヤバイ、こういう時は逃げるのが得策だ。

 「いやほんと!そういうの興味ないんで!じゃ!」

 「なるほど、平凡で退屈な日常を壊したい、ということですか」

 そう言われてドキッとした。確かにそう思っていない訳ではない。でもそんなこと、どうせ叶わない。

 「しかしそれを叶える力があったとすればどうでしょう」

 男が俺の気持ちを見透かしたように言葉を投げてきて、動揺してしまった。直感はヤバイと言っているのに、この男から逃げることができない。

 「さぁ、手を取って」

 ああ、分かってしまった。俺は悪魔の誘惑に勝てなかったんだ。この手を取るだけで、退屈な日常を壊すことができる。それに憧れを持ってしまったんだ。このつまんない日常を、壊す、壊す、壊す、壊す……。

 気を失う前に最後に見たのは、男が俺の胸に電池のようなものを刺すところだった。




 意識がボーッとしている。上手く物事を考えることができない。でも、体が動いているのが分かる。普通の体じゃない、いかにも怪人って感じだ。段々と落ち着いていき、自分が何をやっているかを認識していく。目に映ったものが、片っ端から壊れていく。俺の力によって。人一人殺すのも簡単なこの力を、まるでおもちゃのように振り回している。ああ、これはいけないことだなと思った。でも、どこか他人事だった。なんというか、人として持っていなきゃいけないものが欠落しているのが分かる。ただただ、ちょっと気持ちがいい。少し暖かいお風呂にずっと浸かっているような、そんな心地よさを感じる。今はただ、何も考えないで、自分の体の赴くままに動かしてみたい。そう思っている。

 泣き声が聞こえる。小さい男の子だ。怖がって、逃げようとしているが、体が動いていないようだ。この子供に思いっきり力をぶつけたらどうなるんだろう。そんな好奇心というか興味というか、軽い気持ちでその子の元へ向かう。そして、大きく腕を振りあげた。その瞬間、

 「助けてライダー!」

 彼は叫んだ。ライダー、か。懐かしいな。俺も子供の時に好きだった特撮のヒーローものだ。ふと昔を思い出した。子供の時は何も考えないで、毎日楽しく過ごしていた。なんでもできると思っていた。でも、色々なことをあきらめることで大人になっていた。そういえば、子供の時の将来の夢、「ライダーになる」だったな。

 ……何してんだろ、俺。急に全部虚しくなってしまった。振りあげた腕をストンと降ろし、トボトボとその場を去った。ライダーにもなれなければ、怪人にもなれない、中途半端な人間。日常を壊すことさえできない俺は、ずっと日常の中で生きていくんだろう。家に帰る道中で、ゆっくりと変身は解けていった。

 完全に元の普通の人間に戻ってしまった俺は、家の扉を開けて、日常に帰っていく。

 「……ただいま」

 すると、母親が返事をする。

 「あら遅かったわね」

 「ちょっと寄り道してた」

 「そう、早く風呂入っちゃいなさい?明日も早いのよ」

 「……その前に荷物置いてくる」

 「寝落ちしないでね」

 何も変わらない、いつも通りのやり取りだ。階段を上り、自分の部屋に荷物を置き、そのままベッドに倒れこむ。まだ、自分に何が起こったかは分かってない。もしかしたら、全部悪い夢だったのかもしれない。そうだ、明日も学校があるんだし、風呂入って寝ないと。でもちょっとスマホ見てからにしようかな。あ、寝る前に単語帳も見なきゃだ。まだ寝るまでにやらなきゃいけないことはいっぱいあるな。ちゃんとやらないとだな……。

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