うちの家族

我が家の家族構成。


母ひとり、子ひとり。

そして、もうひとり。



「坊ちゃん、朝です!起きてください!」


俺を朝起こすのは、母さんではない。俺の部屋にずかずか堂々入ってくるのは、ものっすごいきれいな顔をした男。


「瀬理、朝から騒がしい。もう起きてる」


とっくに起き上って着替えもしていた俺を見て、ガッカリした表情を見せた。


「…起こしてさしあげたかったのに」


「知らん」


ガッカリしてる瀬理を放置し靴下を履こうとすると、ガッカリしてたはずの瀬理が元気いっぱいになった。


「坊ちゃん!靴下は私にお任せください!」


任せる、と、返事しないのに、瀬理はふんふん鼻歌歌って俺のタンスを勝手に開けた。…いつのもことなので、特に文句は言わない。


「今日の靴下はどの靴下にしましょう?」


「学校指定の靴下ならどれでもいい」


「学校指定の靴下…。ああ、こんな庶民的な靴下では、坊ちゃんの魅力が生かされない」


「知らん」


俺にどんな魅力があるのか。あったとして、靴下が一体どれほど役に立つというのか。


着替えが終わってリビングへ行くと、母さんが優雅に朝食を食べていた。お嬢様育ちだからひとつひとつの仕草が優雅なんだけど、食べているものは庶民的。ご飯と、卵焼きと、納豆と、味噌汁。


「あら、おはよう。今日の朝食もおいしくてよ。陵も早くお食べなさいな」


この朝食を作ったのは母さんではない。瀬理だ。

母さんは料理できるのだが、庶民的な料理は作れない。本格的な和食とか、フレンチとか、中華とか…。高級レストランで出てくるような料理は作れるのだが、毎日食べるような料理は作れない。だから、瀬理が毎日毎食、我が家の料理を作っている。



瀬理は、ある意味、我が家の大黒柱だ。



両親が離婚して、手広く事業をしてた父親は母さんに多額の手切れ金と俺の養育費、このマンションを渡した。


養育費がなんぼのものか分からないけど、俺は公立の高校に転校することになった。

だってマンションの位置と、幼稚舎からずーっと通ってた私立の学校と、電車で3時間。これは父親の「転校せよ」という無言の圧力を感じた。まぁ、分からんでもないけど。父親が再婚するという相手の連れ子も同じ学校だったから。なんて泥沼。


で、母さんとふたりで、これからどうやって生きていこうか頭を抱えていた。

母さんの実家も昔は大きい会社だったけど、父親の会社に吸収合併されてもう跡形もない。母さんは生粋のお嬢様育ちで、生活力というものは無。

俺は坊ちゃん育ちだが、学校の友達の影響でそれほど世間知らずではない。多分。母さんよりも世間を知ってると思う。だけども、俺は高校生だ。


俺が母さんを守らなきゃと思いつつ、でもやっぱり高校生だし、何だかんだで家に守られてきたし、どうしたらいいか分からなかった。


そんなとき。瀬理が現れた。


「やっとあの家からお暇をいただけました。これでようやくまた坊ちゃんにお仕えすることができます!」


瀬理は俺のお世話係で、俺が5歳のときから俺の面倒を見ていた。だけど、母さんと家を出たから、瀬理ともお別れだったんだけど…。


「坊ちゃんがいなくなって、地獄でした。地獄!まさに地獄!私の人生は坊ちゃんのためにあるというのに、旦那様は私に再婚される相手のご子息の面倒を見ろと命令されて…。はぁ…」


とにもかくにも、瀬理は家に住み込むようになった。ちなみに、母さんは大歓迎だった。


「瀬理くんがいてくれたら、陵のことを相談できて安心だわ。私では分からないこと、多いんだもの」


「はっはっは。奥さま、お任せください」



………という流れで、瀬理は家に住んでいる。我が家の家族構成、ご近所にどう思われてるんだろうか。

母親、子供、若い父親?

まぁ、近所の目はともかく、瀬理がいることで俺も母さんも安心して生活できる。



「あ、そうだ。母さん、今日の帰り遅くなる。友達とカラオケ行くから」


俺は母さんに話しかけたのに、返事をするのは瀬理だ。


「カラオケ?いけません!そのようなところ…。どうしてもというなら、私と行きましょう」


「…えー?友達と行きたい」


「いけません!不良になります!それに、友達と称しておられるが、友達ではなくもしかしたら坊ちゃんを性的な目で見ているかもしれない!危険です!」


瀬理は過保護。性的な目って何だ。

瀬理のことは頼りにしてるけど、過保護なときはちょっとだけ意地悪したくなる。


「………」


返事をしないという意地悪をしてみた。ちょっとは堪えるだろうか。


「反抗期の坊ちゃん…かわいい」


堪えるどころかうっとりする瀬理の表情に、味噌汁噴き出しそうになった。


「とにかく!俺は今日、友達とカラオケに行くから!」


さっさと朝食を終えて家を出ようとすると、瀬理は慌ててついてきた。


「あ、坊ちゃん!おカバンをお持ちします!」


騒いでいる瀬理と共に登校するのも日常。

カバンを強奪され、はぐれないように手をつなごうとしてくるのを阻止し、そんなこんなしてたらあっという間に学校に着く。


校門を通り過ぎたら、ようやく瀬理から離れることができる。


「よう、陵。今日も坊ちゃんだな」


「うっさい」


新しい学校でできた友人たちは、俺が元坊ちゃんで、瀬理が俺のお世話係だということも知っている。

校門前で「坊ちゃん…!今日もご無事で!」と嘆いている瀬理を毎朝見かけるからだ。もちろん、今日も。


最初はみんなビックリしてたし、俺も居た堪れなかったけど、クラスメイトもそうでない人も、悪意をもってからかってこなかった。だから、俺はこの学校が好きだ。友達も好きだ。


…なので、迷惑はかけられない。


「今日のカラオケ、瀬理も来そうな予感が満載なんだ。だから、俺、行けない」


「気にするな。来たら来たで盛り上がるって」


ああ、何だか申し訳ない。

それは本心だけど、瀬理を絶対来させない方法を、俺は思いつくことはできないのであった。

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平凡受け短編集 のず @nozu12nao

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