葉次の復讐と暴力
今更気づく。壮人はヨージのことをほとんど何も知らなかった。
ヨージの戸籍を調べてみる。
息を呑む。一瞬、時間が止まったような気がした。
壮人は自らの戸籍を確認し、思わぬ事実が発覚した。秋沢葉次の父親は壮人の父親となっていた。
つまり母違いの弟だったのか――。初めて気づく。母親の名前は知らない人だ。愛人の子どもだろう。戸籍上は認知していた。父親は秋沢家にお金を送っていた。だから、ヨージはやたら裕福な生活を送っていたのだろう。そして、あの呪術の力も頭脳も親父譲りの血筋だ。親父は、東王大学を主席で卒業していた。頭脳明晰で呪術にも詳しい。壮人に父親は呪術を跡継ぎとして幼い時から教えてきた。でも、ヨージは父親とは接点はない。自力で習得したのだろうか。やはり優秀だ。出来が違う。
戸籍を調べた秋沢葉次は、壮人のことを最初から兄だと知って近づいてきたのだろう。今となれば合点がいく。アプリの開発も呪術師の力が必要だ。真崎家の血筋を引いているのならば、きっとヨージにしかそんな神業はできない。そして、もしかしたら、壮人から大切なものを奪うために近づいたのだとしたら――。
警戒していなかったことを後悔する。あいつは最初から敵だったんだ。勉強しかできない兄をいたぶる為に近づいたのだとしたら――次のターゲットは真崎壮人、つまり自分しかいないことに気づく。
全ては最初からヨージの策略だったのだろう。操っていたのだろうか。威海操人という偽名を結のスマホに送った時、あの言葉は掛け言葉だったとしたら――。
そう思い、壮人は、いつもヨージがいるダーツバーに行く。いつも通りの弟がいた。あいにく店内には誰もいなかった。
「おまえ、結に何をした!!」
激しく詰め寄る。
「何もしてないって。外で話そうか」
人目を気にした様子のヨージは裏路地へ連れ出した。壮人が他人に対してこんなに怒りをあらわにしたことはなかった。初めての経験だ。
壮人の拳は瞬時にヨージの頬に命中する。鈍い音をたて、ヨージは抵抗することなくなぐられる。でも、顔は笑っていた。こんなの痛くねえという顔だ。武術素人で運動が苦手な壮人の拳では、ダメージを与えることは難しい。体を鍛えることなく、ぬくぬくと温室で育ってきた壮人は体力も筋力も一見華奢なヨージに劣っていた。
続いて、ヨージが壮人を殴る。思いの外、勢いがあり、手加減はないようだ。避けようと思っても、速く重いヨージの拳から逃れることは不可能だった。体が小さく華奢なヨージだったが、格闘技を経験しているらしく、威力と速さは人並みではない。体も相当鍛えているようで、Tシャツの下の腕には筋肉が蓄えられていた。
「痛ってえ」
壮人は血がにじむ唇をさする。はじめて人に殴られた。それが、異母兄弟だなんて皮肉だと思う。
今日のヨージの目は普通ではないと瞬時に感じた。いつもの彼の目ではない。殺気に覆われ、怒りに満ち、はじめて敵を直接殺れるという高揚した表情だ。普通の人がする表情ではなかった。ヨージは失うものがない。守るべき人もいない。悲しむ人もいない――ずっと何年もかけてこの時を待っていたのだろうか。
「俺は結が全てだった。もう、大切な彼女は生き返らない。俺はどうやって生きていけばいいんだ。なんで、結を殺した?」
大げさなジェスチャーで辛い気持ちを表す壮人。腕力の差は明らかであり、言葉でしか責められない。
「おまえは何者だ?」
壮人は一番聞きたいことを聞く。
「秋沢葉次だよ」
表情は笑いながらもヨージの目は笑っていなかった。上から見下ろすヨージの顔は今からいたぶることを楽しむ鬼のようだ。柔和で誰からも好かれるヨージの別の一面が見える。
「実は、おまえのこと調べたんだ」
「今更かよ。ソート兄さんは行動がずいぶん遅いなぁ」
ヨージは不敵な笑みを浮かべながら更に殴り掛かる。
「おまえは俺の母親違いの弟なんだな」
殴られながら、確認をする。
「今更気づいたの? ソート兄さん」
今までの中で一番兄さんを強調する。ヨージの顔は既に笑っていなかった。そして、蹴りを思い切り壮人の腹に入れた。腹に直に痛みが走る。痛いというよりは衝撃のほうが大きく、壮人の体が一瞬宙を舞ったような気がする。
「だから、親父の呪術師の血を引いていたのか……」
衝撃で声がほとんどでない。腹に直接蹴りが入ると大きなダメージがあることに恐怖を感じる。
「孤独な勉強しかできない奴と仲良くなるって案外楽だったよ。友情とか特別な存在とかそういうのに飢えてる人間は、一番懐に入りやすい」
ヨージの蹴りが再度壮人の腹に打撃を与える。
壮人は立っていられない状況になり、膝をつく。腹の中のものが全て出る。嘔吐させる手加減のない蹴りの力は普通じゃない。この小さな体のどこからそんな怪力が沸いてくるのだろう。
「親父はずっとお金を振り込んでいたらしいな」
咳こみながら声を発する壮人。鮮血が流れる。これは、体に相当なダメージがかかっていると思うが、逃げられそうにもない。実際、壮人は逃げる気もなかった。もう、生きていても仕方がないと思っていたからだ。
ヨージは本音を吐く。
「父さん、お金だけはくれるんだよ。愛情は1ミリもくれないのに。ずっと兄さんが羨ましかった。俺は愛人の子どもだからね。世間的に隠したい存在なんだよ。いらない子どもなんだ。だから父親の1番になることはかなわなかった。母さんも仕事と新しい男との交際で俺のことは邪魔だったみたいだね。だから、俺を大切に想ってくれる人間はいなかったし、大切に想える人間がある意味羨ましかったよ。一途に20年も一人の女性を想い続けるなんて真崎壮人は本当に馬鹿だ。愛を知っていると人は弱くなるもんだね」
上から鋭い睨みを利かすヨージに壮人はただ、見つめるしかできなかった。
「そうだったのか。悪かったな」
謝る壮人。
「俺は人を愛せないのは、こういう生い立ちだからかもしれないし、性格が歪みすぎたせいなのかもしれないな。だから、兄さんにも1番大切な人を永遠に手に入れられない状況を作りたかったのはあるかな。立花結さんに恨みはないけどね。あ、真崎結さんだっけ?」
無表情であざ笑うヨージは皮肉たっぷりだ。
「じゃあ、やっぱりおまえが結を……。どうやって呪い殺した?」
「呪いのアプリは譲渡した後に、譲渡人に本名を教えれば、譲渡した結は死ぬ。仲介したのは、自殺志望者という名のバイトだよ。金さえ渡せば、人間は命をも差し出す」
淡々とした言葉を発するヨージに慈悲の心は皆無だった。
たしかに、入籍をしたことを知っている人間ではなければ真崎結だという本名はわからない。裏切ったのは秋沢葉次だということは明白だ。
「おまえ、いつの間に。もうこの世に未練なんてないよ……」
既に意識がはっきりしていない壮人。そのまま倒れ込む。
「死にたくなっちゃったかぁ。たった一人の兄さんなのにね」
しゃがみこみ、にやりとしながら壮人を眺めるヨージ。まるで虫けらを追い払うように蹴りを入れた。
すでに全身にアザと流血がひどく、壮人は虫の息の如く倒れていた。
蔑むようなまなざしのヨージ。ずっとこの瞬間を待っていたのだろう。ボロボロになった兄を見下す瞬間を――。
「結が結婚して本名を知っているのはヨージ、おまえだけなんだ。つまり、おまえは裏切ったんだな」
「ちなみに結が譲渡した女は呪いのアプリによって死んだ。死人に口なしっていうのは一番シンプルだからね」
壮人の腕を思い切りヨージは踏みつける。
「痛ってえええ」
声にならない叫びをあげる。
「ずっと直接兄さんのことを暴力でいたぶりたい気持ちがあった。心理的も肉体的にも痛みを与えてから死んでもらおうと思っていたんだ。先程呪いのアプリをインストールして、兄さんを呪い主としておいた。愛する人と過ごした最期で最高の日々に感謝してほしいな。呪いの子ども、聞こえてる? 呪い主は、真崎壮人」
「せいかーい」
呪いの子どもの声が聞こえる。
その瞬間、壮人が胸を抑えながら苦しみだす。
「おまえ、まさか……俺……にもアプリを入れたのか……」
かすれる弱弱しい声をかろうじて出す壮人はただ地べたに倒れていた。
一番が当たり前の順風満帆な人生を送ってきた人間とは思えない容姿だった。乱れた髪の毛に死にかけている体。苦しみもがく様子は地べたに落ちたゴミくずのように思えた。
ヨージに蹴りを入れられてから、真っ赤な血液が壮人の口から流れ出ていた。
流血は止まりそうもなかったが、壮人をゴミのように蹴りつけるヨージに人としての心はなくなっていた。苦しみもがく様子を見てヨージは今までにない笑顔を見せる。
その瞬間、真崎壮人の声が途切れた。既に心臓が止まっていた。
「配偶者を亡くして、絶望する時間を短くしてあげたんだから、感謝してよね」
死んだ壮人に向かって笑うヨージ。
「創造主は最強で最高だ。どうにでも操作できるんだよ」
楽しそうに鼻歌交じりにその場を去る。
血を吐きながら全身にケガを負った壮人はその場で死んだ。真崎壮人の死体が発見されたのは数時間後だった。発見は偶然通った通行人の通報だった。真崎壮人の死を一番に悲しんだのは父親だった。暴行を受けたのは事実だが、死亡との因果関係はないと検察医は告げた。
その後、結婚していたという事実に二人の両親は驚き、葬式の場で初めて顔を合わせた。両家で話し合った結果、極秘で入籍していたということは本人の意志だということだろうと判断したらしい。結果的に同じ墓に二人を埋葬しようということになったらしい。結局、真崎壮人は真崎結と最期を遂げた。彼の20年にもわたる想いは実ったのかもしれない。実質二人が相思相愛になったのはほんの数日だけだったが、もしかしたら、結の気持ちはもっと前から真崎壮人にあったのかもしれない。
本人たちが死んだ今、確かめる術はない。
既に、壮人と結のスマホから呪いのアプリは消えており、立証できる証拠はなかった。
結に呪いのアプリを譲渡されたと思われる女性は心臓発作で死亡が確認された。つまり、ヨージは彼女のスマホにも幻人のやり方で呪いのアプリを入れ、呪い主とした。女子大生の本名をアプリ経由で呪いの子どもに告げたのだろう。結果、女性が死に、葉次が生き延びたということだろう。彼はどこかで、きっと――生きている。カルトはそう信じていた。
その後、秋沢葉次の姿を見たものはいなかった。彼は姿をくらませたのだった。秋沢葉次は母親や友人や恋愛に執着が全くなかった。それは、親に対する恨みなのかもしれないし、彼の持ち合わせたすごい能力のせいなのかもしれない。凡人ではない彼が抱えていた苦悩をはかり知ることは不可能だ。
ただ、彼は父親の一番になれないことをずっと気にしていた。それは幼少期に母親があの人の一番になれなかったと繰り返し言っていたからかもしれないし、彼自身がそう思い込んでいたからかもしれない。
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