第10話 「笑えるほどの、くだらない大作」



「……」


 とめどなく流れる愛する者の純血を浴びながら、下唇を噛みしめる。

 私の肩にもたれかかるジークはもうすでに事切れていた。

 重さと、体温の冷たさが物語っていた。


「ジーク……ジークッ……ごめんなさい……ごめん…なさい」


 黒い魔力を失い、元の穏やかな風貌に戻った彼の亡骸を抱きしめながら咽び泣く。

 最後の言葉を交わすことも出来なかった。

 想いを伝えることも出来なかった。


 私を受け入れてくれた人、私が初めて受け入れた人。もうこの世にはいない、その事実があまりにも苦しく嗚咽した。

 仲間たちが駆け寄ってくる。


「ジークさんが高熱で倒れたあの呪い……同時に黒い魔力で体内を侵食する効果も含まれていたのかもしれません。黒い魔力に適正をもって彼はそれを受け入れてしまった。そのせいで最悪の結果に……」


 エマが私の傷を治しながら何かを説明する。

 しかし私の耳には届かない。


「私を置いていくなよ……ずっと一緒にいてくれるって約束しただろ……?」


 彼の首のまだかけられていたペンダントを見つける。その瞬間、言葉では表すことが到底できない悲しみ襲われる。


 ジークのいう事を聞いていればこのような結果を招くことがなく、何処かで彼と二人で幸せに暮らせていたかもしれない。

 しかしこうなってしまった以上は、進み続けなければ彼が報われない。


 ジークの亡骸を優しく床に寝かせ、私は聖剣を床に突き刺し悲しみで脱力した体をなんとかして立ち上がらせる。


「エリーシャ……終わらせよう……すべてを」


 マントを脱ぎアレクはそれをジークの亡骸にかぶせながら言った。

 彼の言う通りだ、すべてを終わらせてからしっかりとジークを埋葬することにしよう。

 無言で頷き、広間の先にあった扉へと強い眼差しを向ける。


(……さようならジーク。愛している)



 魔王の待つ、魔王の間は近い。

 私は勇者としての使命を全うすることでしか、この生に意味を残すことは出来ない。


 ジークの言う通り、それが万人もの魔族の滅びに繋がることになるだろう。

 残酷なことだが、何かを排除してでも平穏を享受したいのが生き物というものだ。

 それこそが、正しいことなのかもしれない。


 だけど、本当にこの世界には『正しさ』とは存在するのだろうか。

 一生経って考えても、理解できる自信がない。

 数年前までは世界の命運を担うことのなかった冒険者の娘が突然、勇者に選ばれたのだ。


 本当の正しさとは何なのかと問われても答えれるわけがない。

だって振り返れば間違いばかりの人生じゃないか。

 笑えるほどの、くだらない大作だ。



 だけど、それでも進み続けよう。


 これからは愛する者のために——

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追放をした無能に恋をする女勇者の目線 灰色の鼠 @Abaraki123

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