第9話 「赤い宝石のペンダント」



「ジークさん! この依頼をぜひ!」

「ジーク! こないだはありがとな、おかげで繁盛したよ!」

「ジークちゃん、いつも頑張っていて偉いね」

「ジーク! 困ったらまた頼るよ!」


 冒険者としてジークと私だけがパーティを組んでいた頃を思い出す。

 勇者としての選定の儀式が行われる少し前の話だ。

 その頃の私は、あまりにも人間不信で世間知らずな娘だった。

 そのため唯一頼れるジークにはいつもくっ付く始末だ。


 離れることが嫌なあまり四六時中、彼には必ず触れ、服の袖や裾、足裏で彼の背中に隠れることが当たり前だった。

 親にくっ付く子供のような性格だったのは今でも鮮明に覚えている。

 極力、人との関係を築かないよう立ち振る舞っていたのだ。

 比べてジークはそれとは真逆で、周りに好かれるために誰に対しても優しくあろうとした。

 そんな彼の人柄とお人好しなところを町の皆は好いていた。

 危険がなければ、どんな頼み事でも彼は聞き入れた。


 そんなジークは私にとっては太陽のような存在だった。

 周りから認められる彼を、彼の笑顔を私だけのものにしてみせたいほど、私は彼が大好きだ。

 愛している。


「………」


 郊外に出現した魔物を討伐し終え、宿に帰ろうとしていた昼下がりのこと。

 珍しく雪が積もりそうなほど寒い町で私は、装飾屋の窓ガラスの向こう側にある美しいペンダントに寒さを忘れるほど魅了されていた。

 赤い宝石のペンダントだ。


 今ままで人生で女の子らしいことに興味を抱かなかった私にしては珍しく興味をそそられていた。ペンダントには洗脳の魔術でも施されているのかと疑うほどだ。


「もしかして、欲しいの?」


 先を歩いていたジークは振り返り、装飾屋のある宝飾品に釘付けになっている私を見て言った。ハッ我に返り、意外そうな表情をする彼とペンダントを交互に見ながら、恥ずかしそうに首を振る。


「……要らない、欲しくない」


 あまりにも拙い、見え見えの強がりである。

 本当は欲しいけど興味のないフリをする。

 冒険には何の役にも立たない高値の石に靡くような女の子として思われたくなかったからだ。


「本当かなぁ……?」


 面白可笑しそうにジークは私の隣まで来てペンダントを見た。

 値札に書かれている値段に驚愕したのか息をのんでいた。

 当然だ、高すぎる。


「だから要らないって言っているっ……!」


 孤児として育ってきたせいで教養に乏しい私は毎回荒々しい口調で毒を吐いてしまう。

 首を必死に横に振り、欲を抑え込みながら彼に勘づかれないように振舞うが、お見通しかのように彼は微笑んでいた。


「今はちょっぴり難しいけどエリーシャはいつも頑張っていたからね。近いうち余裕ができたら必ず買ってあげるから」

「もうっ……!」

「え、エリーシャ?」


 こちらの気も知れず話すジークの前で頬を膨らませ、明らかに不機嫌な態度をとりながら私はその場から走り去るのだった。

 宝石の一つや二つの為に彼には負担をかけさせたくない。

 なのにどうして分かってくれないのか、あのお人好しの馬鹿は。


(……もっと好きになっちゃうじゃない)


熱にでもかかったように、頬が火照ってしまう。






 勇者に選ばれたことをジークに報告した日。

 彼は小包のような物を手に持っていた。

 中身が何だったのかは分からなかったけど、私に渡そうとしたのかもしれない。

 だけど私が勇者として選ばれたことを快く思わなかった彼と、きっと褒めてくれると期待していた私は喧嘩をしてしまった。


 結局、ジークは小包を私には渡さなかった。

 代わりに魔王を討つための旅を始めた私は、彼がペンダントを身に着けていることに気が付く。

 赤い宝石のペンダントだった。






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