第13話 太陽の拠り所 ⑤
「明菜!」
ぐっ、とうめき声と共に、屋上に倒れ込む二人。
あたしの小さな体を受け止めてくれる人。この人がいるから、きっと受け止めてくれると思ったから。あたしは跳べた。
「無茶しやがって。よく……!」
要は明菜の体を強く抱き締める。明菜も要にしがみつく。
この温もり。要の顔を見ると、自然と涙が溢れてきた。
会いたかった。無事でよかった。
「無茶はどっちよ!」
撃たれた足からは血がにじみ出ている。抱きとめた衝撃で、傷口が広がったようだ。明菜はハンカチで要の足をきつく縛る。要は痛みを必死に堪えながら、明菜のされるがままになっている。
「こんな傷だらけで。死んじゃったらどうすんの!」
ああ、この子は本気で心配してくれてたんだ。要は泣きじゃくって訴える明菜の顔を見ると、傷の痛みよりも心が痛む。
「心配……かけたな」
「全くよ!」
明菜の怒る声が、何故か心地良い。
明菜の背中を優しくさすりながら、隣のビルを見上げる。明菜ならきっと跳べると、とっさに「来い」と叫んだが、あの高さから跳びやがるとは。こいつ。俺が絶対に受け止めるって、一ミリも疑ってない。
つい愛おしくなり、明菜の頬をなでる。
「足、痛いんでしょ? あたしとの約束やぶった罰だからね」
「ああ、悪かったな」
そう言って、要は明菜の頭をポンポンとゆっくり撫でる。
明菜は目を瞑って撫でられる心地良さに身を委ねていたが、要に抱かれたままの姿勢であることにはっと気付き、途端に気恥ずかしくなる。と、そこでさっきまでの危機を思い出し、とっさに頭を振り上げる。
「要、歩ける? 早くあいつらから逃げないと!」
要は焦る明菜を落ち着かせると、ゆっくりと首を振る。
「大丈夫だ。終わったよ……」
明菜の後方で、橋から落ちていく一台の車。指さして明菜に示す。
「五島、あいつ……」
ゆっくりと沈んでいく車を見つめながら、敵だった男の冥福を祈る。あいつも、悩んでいたんだな。
「……終わったんだね」
「……ああ」
「あ、その手袋」
明菜が指さしした要のピンクの手袋に気付く。
「おまえが着けてろって言っただろ。死んだら殺すって」
「そんなん言ってない!」
明菜はムキになるが、違う。こんなことを言いたかったんじゃない。
ふう、と深呼吸すると、要の目をまっすぐ見つめる。
「要、あんたにちゃんと言っておかないと。あたし、悠人のこと、とっくに許しているから。ううん、最初から、憎んでなんかない。あたし、悔しかっただけなの。悠人があたしと最期まで一緒にいてくれなかったことに」
要は何も言わず、聞いてくれている。優しい目で見つめていてくれる。
「あたし、怖かったの。一人になるのが。要と一緒にいるには、理由が必要だった。仇とでも思わなければ、またひとりぼっち。それで、ずいぶんひどいことも言った。ごめんなさい」
どれだけの言葉が、この人を傷つけただろう。あたしを、ずっと大切にしてくれた人なのに。小さな頃から、ずっと、ずっと。そう思うと、もう涙を堪えることができなかった。
「それでも要、あたしと一緒にいてくれた。嬉しかったの。一人じゃないんだって。ほんとにあんたがいてくれてよかった。ずっと感謝してる……ありがと」
ありがと。たったそれだけの言葉が、すごく照れ臭い。だけど言えた。ようやく。涙と鼻水で崩れた顔で、精いっぱいの笑顔を向ける。
そして、これから先は、あたしの願い。明菜はすーっと息を吸い込む。
「要、あたし、これからも一緒にいたい。他の誰でもない、あんたといたいの。ずっと、一緒にいたい」
少女の願いを聞いた男は、愛おしそうにその体を抱き締める。
「わ」
「ああ。俺もだ。明菜、お前を離さないよ」
顔がくっつくほどの距離で、涙に濡れた笑顔を不器用に向け合う二人。
もう、言葉はいらなかった。
カラスたちは、二人の上空をゆっくりと旋回する。
そのまなざしは、どこか優しい。まるで、太陽の拠り所を見守るように。
空の消えたまち、太陽の拠り所 神楽むすび @kagura_musubi
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