第13話 太陽の拠り所 ④

 金田はカラスに襲われ傷を負いながら、明菜が屋上から跳んでいくのを見ていた。

 信じられない光景。どれだけの高さがあると思っている。

 金田は顔に傷を負い、自分がもう長くないことを悟る。絶望の中、許せないことがある。この俺をことごとく邪魔しやがった沖村、兄妹そろっておちょくりやがったガキども。

 最後に沖村を殺し、女を弄ってやる。俺の絶望を味わうがいい。

 金田は屋上を走り、隣の建物に逃げた女を追う。あんなガキが跳べるくらいだ。きっと着地しやすいところがあるはず。沖村は手負いで、まともに動けやしない。俺の血を塗り付けてやる。無力さを味わって死にやがれ。

 不敵な笑みを浮かべながら、屋上の縁に足をかけたところで、思わず踏みとどまる。

 隣のホテルとの間は、思った以上の距離があった。陸上の選手でもないと、届くかどうかもわからない距離。しかもこの高さ、落ちたら確実に死ぬ。

 それに、隣のホテルとの高低差は二階分。着地を失敗すれば骨折どころでは済まない。こんなところを、あのガキ、跳びやがったのか。

「あいつら、狂ってやがる!」

 こんなところ飛べるか。ここを跳んだガキ、跳ばせた沖村。まともな人間のやることじゃない。賭けるのは命だぞ。きっと受け止めてくれると、相手を信頼しきっていなければ、こんなことはできやしない。沖村もだ。受け止められなければ死ぬんだぞ。どうして、跳ばせることができる。信頼だと。金田にとって一番嫌いな言葉だった。そんな絆など、壊してやる。

「くそ!」

 金田は地団太を踏み、よろめきながらもエレベーターで一階まで降りる。この命が尽きるまで、もってあと一日半。それまでに、何としてもあいつらに復讐してやる。地獄の底まで追いかけてやる。

 一階には五島が車を回して待っていた。ツキはまだ俺にある。奴らがビルから出れないよう、先に回り込んで出口を塞いでやる。

「いいところに来た。すぐに隣のホテルまで行け。沖村を殺し、女を弄り殺してやる!」

 五島は無言で車を発進させる。

「おい、どこに行く! こっちじゃねえだろ」

 車は隣のホテルの直前で曲がると、あらぬ方向に行く。

「もう、止めましょうや。アンタもう終わりだろ。復讐して何になる」

「何? 五島、俺の言うことが聞けないのか」

 ふざけるな。五島ごときが、アンタだと。金田は怒り狂って睨みつける。

「てめえ。従わないなら血を塗り付けてやるぞ。死ぬ覚悟はあるんだろうな」

「へっ。好きにすればいいさ。覚悟がないのはアンタだろ。この期に及んでみっともねえ。一つ、言っておきます。俺、娘がいたんですわ。あの女の子よりも少し小さいくらい。カラスで死んでしまいましたがね。アンタのやろうとしていること、自分の娘が傷つけられるようなもんで堪んねえわ」

 そう言って、五島はアクセルを踏み込む。

「おい! ちょっと待て、どこ行くんだ!」

「ずっと後悔してた。あの時、沖村たちと一緒に行けば良かったって。ただ、あいつみたいな勇気はなかった。でも、最近夢に見るんだ。娘が寂しそうに俺を見つめているんだ。娘に、そんな顔をさせるなんて、父親失格だよ。だからこれで終わりだ。アンタも、俺もな」

「やめろ、おい!」

 二人の男が乗った車は、河口にかかった大きな橋の上から、まっすぐに落ちて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る