次なる場所

「……ここは」


むくりと起き上がり、目を冷ましたプラットは自身が縛られていることに気づいた。


「身体は、動くか?」


目を冷ましたことに気づいたフェイが少し警戒しながら、話しかける。


「私……」


自分が今何故この状況に置かれているのか、自分はどうしてしまったのか。

プラットの中で様々な思考が駆け巡る中。

ふと右肩に手をやる。


「痛っ」


大きな切り傷が真っ直ぐについており、服は出血で血に染まっていた。

しかし傷自体は何故かふさがりかけており、わずかに血がにじむ程度で済んでいる。


「わざわざ治療までして……、また暴れだしたらその瞬間に殺すからね」


呆れ混じりにフェイへそう言い捨てるリザは混乱するプラットを一瞥した。


「自分が何したか覚えてる?」


その問いかけにプラットは身を固くしつつ、静かにうなずいた。


「薄っすらとですけど、自分がやったこと、やってしまったことはしっかりと……、なんであんな」


先程暴れていた人物とは思えない程に落ち着いた表情、声音。

どうやら元の……、初めにあったときのプラットに戻ったらしい。


「心当たりはあるか?」


顔をうつむかせ、後悔の念に駆られるプラットへと問いかける。


「……え?」


「何が原因であぁなったか、自分で思い当たることはないか?」


思い当たること、と復唱するように小さく呟いたプラットが視線を下に落としたまま黙り込む。


「すいません、何も……」


何かを隠している感じはしない。

演技の可能性もなくはないが、フェイには今のプラットが嘘をついているようには見えない。


「お前、魔王と何か関わりがあったりするか?」


「魔王ですか? いえ……」


本当に心当たりがないといった反応、な気がする。


だとすればやはりプラットがおかしくなったのはこの……。

肩に視線を落とし、今は何も反応を示さない謎の痣を見る。


「それなら多分、お前がおかしくなったのは俺の痣のせいだ」


「痣、ですか?」


「おそらく魔王に呪いをかけられたんだと思う」


今日プラットが変貌するまで一度もこんなことは起きなかった。

予兆もなく、こんな痣が自分についていたなんて全く気づかなかった。


「俺も今の今まで自分が呪いにかけられていたなんて気づかなかった……」


あの時、魔王の手から放たれたあの光。


目くらましだと思ったあの瞬間にきっと呪いを掛けられた。


病が潜伏するように、この数ヶ月何事もなく。紋様が浮かび上がることもなかった。


それが今日プラットに遭って発動した。


「様子がおかしくなったとき、どんな感じだったんだ?」


何が原因で、どのタイミングがきっかけとなってこの呪いが発動したのか。


問題なのはその部分。


プラットは記憶を辿るように少し視線を上にやり、


「フェイさんに初めて会った時、身体の中の一部が熱くなって。気のせいかと思っていたんですけど、時間が立つにつれてどんどんその熱が広がっていって……」


ーー熱……、プラットに対して何かした覚えはない。見るだけで発動する類の呪いなのか?


「あの集落にいる頃までは平気だったんです。でもリザさんが開放されて、それで二人で話しているのを見てそれから妙に意識が薄れて……」


「……今はどうなんだ?」


「フェイさんを見ても、何も感じません」


「……」


何故か何も言っていないのに勝手に振られたような……。


しかし今の話を聞く限り、これといって明確な条件はないように思える。

強いて言えば初めて会ったときからを感じているという話だが、それはこっち側では判断がつかない。


一度意識を失ったことであの暴走状態は収まった。


ここからまたさらに暴走状態に入ることがあるのか、それとももう呪いは解けたのか。


それだけが心配だが……。


「……可能性を考えてたらキリがないな」


なんにせよ今話してみた感じでは元の状態に戻ったように見える。

それならば。


「家に戻ろう。悪いがプラットのそばについていてくれ、途中モンスターが出たら俺が対応する」


「連れてくって……、また襲われたらどうする気?」


「多分平気だろう。今は縄で縛ってるし、もし暴れても抑え込める」


身体はボロボロだが、簀巻き状態のプラットに負けるほど弱ってはいない。


「……君が大丈夫でも、私が狙われたらどうするつもりなの」


呆れ顔のリザに胸のあたりをぐりぐりと押された。


「あの、私もうあんなことはしませんので……」


「ふーん? 私やたら目の敵にされてたし、実はまだ呪いが残ってて後ろからざくっとやられたりするんじゃないの?」


「い、いえ。しないです。あの時言ってたことは、こう口が勝手に……すいませんでした」


ごにょごにょと口ごもるプラットはひどく気まずそうに俯いた。


あの時の言葉はあくまで本意ではなく本人曰く口が勝手に動いた感じ、らしいが。


「もう気にしなくていいって」


そう言いつつも実際プラットに痛めつけられたのは事実、これくらいの軽口くらいは吐いてもいいだろう。


今のリザなら例え本当にプラットに襲われても難なく抑え込めそうだ。



再び訪れた老人宅。

声をかけても出てこないかと思ったが、存外律儀に老人は顔を見せた。


「またお主らか。何回来てもおなじじゃ、わしは……」


老人が口を開き、その視線が縛られたプラットにいったところで目を丸くした。


「誰じゃ、其の娘は。何故縛られておる? というかお主らその傷は、何に襲われた?」


「あー、もろもろ詳しい話は中でしたい」


入れてくれるか、と目で訴えるフェイに対し老人は難しい顔をしたが、


「上がれ」


促されるまま、フェイたちは老人のあとに続いた。


ーー。

ーーーー。


「この娘が、わしの孫だとっ!?」


プラットを紹介したときの老人はそれは期待通りの反応を見せてくれた。

静かに首肯するフェイを見て、老人はまじまじとプラットの顔を見つめた。

そしてプラットもまた、驚きの表情でフェイを見る。


「このおじいさんが、私の……?」


「爺さん、名前を」


老人は未だ信じられないと目を見開いたまま、


「ボディ・ドールじゃ」


次にフェイはプラットへ目線をやる。


「プラット・ドールです」


その名前を聞いて、老人から声が漏れる。


「りょ、両親の名は……?」


「モンズ・ドール、ザドラー・ドール……、です」


老人が、口元を震わせる。


「息子夫婦の、名じゃ」


懐かしそうな表情をして感慨深げにそうか、と一言ため息をこぼした。


「あの子が、こんなに大きく……」


声が震えていた。


片手で顔を覆い、その両目から涙を溢れさせる老人。

プラットはそんな老人を見て、終始困惑したようにフェイと老人の顔を交互に見ていた。


「色々聞きたいこととかあるんじゃねぇの?」


フェイが言うと老人は、


「じゃがお主らの用件は」


「いいよ、一旦待ってるから。まぁ万が一に備えて俺らはプラットのそばにいさせてもらうけど、いいよな?」


「それは、構わんが……、そもそも何故わしの孫を縛っておる」


「まぁ、それも後々ってことで」


言いつつ、フェイはプラットの後ろへ回り込み、ずいっと老人の目の前へプラットを押し出した。


「おまえの爺さんだ。まぁちょっと話に付き合ってくれよ」


「えっと、その」


プラットはいまだ状況が飲み込めず、困り眉の状態でもごもごと口籠っていた。


「プラット、と呼んでも良いか。お嬢さん」


そこに老人はやさしい声音で話しかける。

だがそれは大切なものに触れるのを怖がるように、恐る恐る話しかけているのがわかる態度だった。


「えっと、はい。大丈夫です……、おじいちゃん」


その時の老人の表情はきっと、その生涯のなかで最も締まりのない顔をしていただろうことは間違いなかった。


一時間ほど時間が立ち、ぎこちないながらも数十年ぶりの再開を喜ぶ老人とひたすらに戸惑いながらも老人の問いかけに答える孫という光景にも見慣れてきた頃。


「逃げて、逃げて逃げ続けて数十年。まさかまた家族に会える日がくるとは思わなかった」


プラットは未だにチェスが自分の祖父だという話にぴんと来ていないようだったが、チェスの方はプラットがチェスの質問に答える度に、眦を下げてうんうんと頷いていた。


それは数十年間、追われる恐怖に耐え、その孤独に耐えてきた老人の心の底から出た言葉だ。


感極まったのだろうほろりと彼の頬を涙が伝う。


「見ての通り、あんたの家族は外で無事に育ってる。無事どころか元気すぎるくらいだ」


フェイが痛みの残る腕をさすると、プラットが気まずそうに視線を落とした。


「あんたが気にしていた追っ手とやらももうあんたを狙っちゃいない」


「……」


老人はフェイの言葉を聞き、ゆっくりと目を閉じた。


「もうあんたが気にすることは何もない」


もし追手が家族を狙ったら、自分が外に出ることで家族を危険に晒す可能性があったら。


そんなことを気にする必要はない。


孫はこれだけ立派に成長した。一目見ればわかるはずだ。


「だから、あんたはもう気負う必要はない」


これだけの戦闘能力を持つ女をどうにかできる奴なんてそうはいない。

無理に守ろうと、自分を犠牲にすることはない。


「わしがここを出ても問題はないと、お主はそう言うのじゃな」


フェイの言葉に聞き入っていた老人が目を開き、静かに言う。


「街までは俺たちが送る。道中のモンスターも任せろ」


老人は大きく生きを吸い込んだ後、少し家の中を見回した。


今まで過ごしてきた日々を考えているのだろう。


フェイが生まれてからこの時まで過ごしてきたのと同じ、あるいはもっと長い間を生きた場所。


その日々が例え悪しき呪縛に囚われたものだったとしても、その年月の分だけ思い出が詰まっている。


誰も口を開かなかった。


老人が口を開くまで、皆静かに次の言葉を待っていた。


やがて、大きく息を吐き出した老人がプラットを一瞥し、フェイを見た。


「……頼む」


少し、間を開けてから老人は言った。


老人が今日まで感じてきた苦しみをすべて理解することはできない。


どれだけの窮屈さを。


追われ続けた恐怖を。


すべて想像することはできない。


だが一人孤独にこんな場所で暮らさざるを得なかった老人を見て、フェイは自分が救わなければ行けないと思った。


理不尽を、許してはいけないと。


もしかしたらそれは独善的な行動だったのかもしれない。


独りよがりで、余計なお世話だったのかもしれないと心の片隅では感じていた。


だが今の老人の声を聞いて。


何か憑物が落ちたような表情を見て、そんな不安は消えた。


今、老人を縛り付けていたしがらみは取り払われた。


勇者とは人を救う存在だ。


悪を切り裂き、人々に平和をもたらす存在だ。


国王に勇者としての命を与えられ、曲がりなりにも数ヶ月過ごしてきた。


だがやはりその在り方に疑問があった。


勇者と名乗ること、勇者として何をすればいいのかと。


それが今、なんとなくわかったような気がする。


「任せとけ」


フェイは老人の目を見つめ返し、笑みを浮かべて、一言返答した。


ーー


「では改めてお前たちの話を聞こう」


フェイは魔王についての話と、その手がかりがまるで掴めていないことを含め説明した。


特にこれまでの旅でまるで情報が掴めなかったことは念入りに。


これだけ苦労したのだ、是が非でも頼み込む心づもりだ。


話を聞いていた老人は難しい顔をしていた。


「それで儂の予知を……」


「協力してくれるか?」


今なら何の憂いもなく能力を使えるはず。

能力を使う際に何か道具が必要ならそれらも揃えるつもりだ。

危険でも確実に取ってきてやる。


「わかった」


しかし老人はただ近くに寄れとだけ言った。


言われるまま老人のもとに近寄り、促されるままに頭頂部を老人へと向ける。


「ふー……」


深く深呼吸し始めた老人から不可思議な雰囲気を感じ取る。

老人の手がフェイの頭に触れる。


「なるべく詳細に、頭の中に魔王の姿を思い浮かべろ」


「魔王を……?」


「儂は魔王なんてのは見たことないからな。人探しはその依頼者の記憶を通して探るんじゃ」


なるほど、と老人の言う通りにフェイはあの時の光景を思い返す。


黒いローブを着た、仮面の人物の姿を。


「ふむ……」


フェイの頭に手を当て、老人は何事かを呟く。


本当に能力を使っているのか、フェイにはわからない。

あるのは頭に乗せられた手の感触だけで、それ以外には何も感じなかった。


「……」


不思議な波動を感じるわけでも、頭の中に見知らぬ光景が映るわけででもない。


そのまま数分、ひたすらにあの時の魔王の姿を思い浮かべ続け、


「もういいぞ」


頭から手が離れていった感触と共に老人の声が掛かった。


「これで、本当にわかったのか?」


自分で発動させているわけではないから当たり前なのだが、あまりの手応えのなさに疑うような声が出た。


「……」


老人は眉を寄せたままフェイの正面に座る。

そのままフェイの顔を見て、渋面のまま言った。


「わからなかった」


「なっ」


「能力はしっかりと発動したぞ。だが魔王の予知はできなかった」


申し訳無さそうな顔をする老人はそのまま続けて、


「こんなことは今までなかった……。儂が知らぬ者であろうと依頼者の記憶をたどり、その人物に対して予知は発動するんじゃが……」


老人は腑に落ちない様子だった。


「ならリザは」


「私はそもそも魔王の姿を見てないから」


「え、そうなのか?」


てっきりリザもあの場にいたものだと思っていたのだが。


「予知の調子が悪いとか、そういうことじゃないのか? ちょっともう一回やってくれ」


「良いが……、おそらく結果は変わらんと思うぞ?」


その後改めて予知をし直してもらったが、結果は変わらなかった。


「な、なんで」


フェイは老人に詰め寄った。


「数十年ぶりで能力の使い方を忘れたとか、そういう冗談だったら今のうちに言ってくれ」


しかし老人は残念そうに首を振るだけ。


「マジかよ」


今回、ようやく何か手がかりが手に入ると思っていた。

最悪魔王本人には繋がらなくとも、何か進展があると。


期待した分だけ、落胆は大きい。


「すまんのぅ、せっかく儂を頼りにやってきてくれたというのに」


肩を落とすフェイを見て老人は申し訳無さそうに呟く。


「あぁ、いや。俺の方こそなんか……」


そうは言うもののやはり気落ちするのは隠せない。

それが伝わったのだろう。

なおさら申し訳無さそうに老人は肩をすぼめてしまった。


気まずい沈黙が流れる。


「……まぁ、わかんないもんはしょうがないよな」


こればっかりは悔やんでも仕方ないとフェイが大げさすぎるほどに明るく言う。


老人はそんな顔を見てますます……。


「……そうじゃ! お主ら魔王についての情報がほしいんじゃよな?」


「あぁ」


「予知はできんかったが、もしかしたら役に立てるやもしれん」


そういって老人が口にしたのは『ボトム』という地名だった。

聞き覚えはないし、訪れたこともない。

しかし老人曰く、カンダの街から国二つ程越えたところにあるというその場所に魔王について知っている人物がいるのだという。

その人物は人を大勢集め、儀式めいたことを行っており、その儀式というのが魔王を復活させるためのものらしいという話だ。


「でもあんた、そんな情報どうやって」


「お前たちが来る前、五年程前だったかのう。ここに迷い込んできた旅人から聞いたんじゃ。所詮は噂話故あまり確かな話とも言えんが何かしらの手がかりになればと思ってな」


「いや、助かるよ。どうせあてなんて何もないんだ。噂でもなんでも情報があるだけありがたい」


なにはともあれ、これで次の目的地が決まった。


今回、残念ながら魔王に関する予知は失敗に終わったがそれでも収穫は遭った。


あのポポルと名乗った女。

魔王の配下だと口にした彼女とその口ぶりから推測する何らかの組織の存在。


誰に聞いても御伽噺だと失笑されていた魔王の存在について知っている人物が何か行動を起こしているとしれたのは大きい。


「そうと決まれば早速」


「待て待て、まさかこんな夜に出るつもりか?」


フェイがすぐに動き出そうとしたのを見て、老人が慌てて止める。


「一日やそこらで何か変わるわけでもあるまい、ひとまずゆっくり休んでからでればええ」


「……そりゃそうだ」


流石に勇み足がすぎたと踏み出した足を引っ込めて座り込む。

息を吐き出して、ぐんと伸びをすると身体の節々から悲鳴が聞こえてくる。


「わしも少し準備せんといかんからの」


「準備……?」


「持っていくものなんてないだろと言わんばかりの顔じゃな……馬鹿にするでないわ。何十年ぶりかにここから出ていくんなら、それなりに用意せんといかんじゃろ」


そういって老人はゴソゴソと荷造りを始めた。


「悪いが狭い家だからのう、寝るならそのへんに転がってくれ」


フェイは老人に言われるまま態勢を崩し、横になる。


「あの、私もこの縄を」


「ダメよ、あなたはそのまま寝て」


「そんなぁ」


悲壮な顔で身を捩るプラット。

先程まで緩んだ顔で孫の話を聞いていた老人もフェイたちがプラットに襲われた話をしたからだろう、チラチラと悲しげに目を潤ませるプラットを見ては視線を逸していた。


翌朝。一行はまとめた荷を背にカンダの街へと出発した。

身動きが取れず、あまり眠れなかったと不満げな声を漏らすプラットの様子を見て縄を切り、再び街へ戻るための先導を任せた。

一晩経っても元のプラットのままだったということでフェイが警戒を解いたのだが、それでもリザは良い顔をしなかった。

ぶつくさと文句を垂れるリザをフェイがなんとかなだめようとする中、老人は一人感慨深げに家を見つめていた。


幸い危惧していたプラットの暴走が起きることもなく、加えてプラットとの戦闘の影響かクモザルなどのモンスターの姿は見当たらず、帰路は驚くほどスムーズに進むことができた。


老人を気遣いながら、ゆっくりとした速度で移動していたにも関わらず半日ほどでカンダの街へと戻ってくることができた。


「随分大きくなっとるな」


数十年ぶりのカンダの街を見て老人が言う。


「そうですか? もう何年かこの街にいますけどあんまり変わりませんよ?」


「そうなのか? 儂が見たときはもっとこじんまりとした街じゃったが」


といっても一度通り抜けるようにして来ただけじゃがなと老人は快活に笑った。

老人はプラットと会話できるのが嬉しいらしく、道中もプラットが話す内容にしきりに反応しては楽しそうに笑っている。


街へ入り、プラットと初めて遭った広場の当たりまでやって来た。

思えば随分と濃い一日だったように思える。


「とりあえず住む場所とかもろもろ決まるまでは俺たちも協力する。連れ出した責任もあるし」


けど知り合いとかいねぇんだよなぁとぼやくフェイに対し、


「何を言っとる。お前さんたちはやることがあるのだろう? こんな老いぼれにかまっとる場合か」


「いや、でも」


老人をでこぼこ地帯から連れ出したのはフェイだ。

すべてを諦めてしまったような顔を見て、我慢できなくなった。

だからこそ老人がこの街で暮らせる用意ができるまでは力にならなければいけない。

そう思っていたのだが。


「儂を連れ出した責任なんてものはお主にはない。儂は自分の意思であの家を出てきた。きっかけはお主だったかもしれんが、そこから先の話は儂の問題じゃよ」


「心配しなくてもおじいちゃんのことは私がなんとかしますよ。何人か知り合いもいるのでその人達のお手伝いとか頼みいったり、何なら私の仕事のお手伝いをしてもらうんでもいいですし」


「それは頼もしいのう」


「任せてください!」


ガチャガチャと背の荷物を揺らしながら胸を張るプラット。


「こう言ってるんだし、素直に後は任せましょ」


「……そうだな」


フェイはプラットへ向き直り。


「案内助かった、これ」


小袋から取り出した金を差し出す。


「ありがとうございます。あんなことをしでかしておいてなんですが、また案内役が必要になったら依頼しに来てくださいね」


「ボトムへ行くのにでこぼこ地帯を突っ切らなきゃいけなかったらすぐ依頼してたな」


だが生憎ボトムはでこぼこ地帯とは別方向。

案内を頼む必要はない。


「じいさんもせっかく外へ出てきたんだ、やりたいことやれよ」


「言われんでもやるわい」


偉そうなことを言ってしまった気もしたが、老人の表情を見てフェイは笑みを浮かべた。


「それじゃ」


ひらひらと手を振るプラット達と別れあるき出す二人。


「じゃあ目的地も決まったことだし、食料買い込んで出発するか」


「そうね」


行く宛も、目指すべき場所もわからずにフラフラと彷徨うように旅をしていた数日前と比べて気分は清々しく晴れやかだ。


ボトムにいる魔王を復活させる儀式を行ったという人物。

本当だとすれば今魔王がどこにいるのか、何か情報を知っているかもしれない。


日持ちしそうな乾物を買い込み終わり、ふと見ればリザの顔つきが随分と機嫌良さそうに変わっている。


「ご機嫌だな」


「悪いの?」


「いや。というかそうだ聞きたい事があったんだが」


「何?」


「なんでお前、プラットがいるときあんなに不機嫌だったんだ?」


「……」


まさかプラットがあんな暴走を起こすと知っていたわけでもあるまいし。

そうなるとなぜリザがあれだけ攻撃的だったのか不思議でならない。


しかしフェイがそう口にした瞬間ピクリとリザの眉が動き、その表情が曇る。


「言わないとわからないの?」


「え……」


戸惑うフェイの顔を見て、リザは深々とため息を吐いた。


「薄々思ってたけど、やっぱり覚えてないのね」


「?」


覚えてないとはどういうことだ。

何かしたか?

いや、リザを怒らせるようなことは特には。

もしかしてあの軟膏のことを実は怒っていたり……。


「そもそも私がこの魔王を倒す旅に同行したのはなんでだと思う?」


「それは、国王からの命で」


「君だよ、君。私がこの旅に同行した理由は君だから」


「俺……?」


なんだ、俺が理由。

全く心当たりがない。


そんな気持ちがおそらく顔にも出ていたのか、ひどくがっかりした顔をしたリザは再度大きなため息を吐き。


「君、前に狂ったように声を上げる集団と大立ち回りしたことがあったでしょ?」


「狂ったように…………あぁ!」


そう言えばそんなこともあった。


タート国に寄るよりもずっと前にそんな集団を斬り伏せたことが確かにあった。


「その連中に襲われそうになっていたのが、私。まぁ覚えてないってことは君にとっては大したことじゃなかったのかもしれないけど」


言われてみればあのとき誰か助けたような気もするが。


「それでも私はあのとき君に助けられた。だから君の旅に同行しようって思った」


「そうだったのか」


「でも私は君との旅だから同行してるんであって、君以外と馴れ合うつもりはないの。それなのに」


「いやいや、そうは言ってもプラットは別に道案内として同行しただけだし。あのじいさんもーー」


「そう。君の考えは今回の事で大体わかった。言っても仕方なさそうだしこういうことがあるってのは受け入れることにした」


呆れたように笑ったリザはそう言ってコツリとフェイの胸を小突く。


「ま、そういうこと」


「お、おう」


少し柔らかい雰囲気になったリザが軽やかに走り出すのを見て。


ーーつまり、わかってくれたってことでいいんだよな?


何はともあれ、嫌われているわけではないらしいのは朗報だ。


色々と見えてきた光明に笑みが溢れるのを感じながらフェイはボトムへ向け、歩みを進めるのだった。

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呪いの名はヤンデレ 青い夕焼け @yuyakeblue

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