その瞳は

猿は等しく皆興奮状態にあり、どの猿も歯をむき出しに今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ。


「今更こんな猿どもを集めてどうするつもりだ?」


プラットは問いに答えない。

ただ不気味に笑みを浮かべ、もう一度地面を叩いた。


「ォォォォォォ」


再び広がった衝撃に猿たちが反応する。


集まった猿たちが一斉に能力を使い、地面が揺らぐ。


ぐにゃりと歪んだ地面が波打ち、大きく跳ねるかのようにずるりと巨大な柱が生まれる。

集まった猿達すべてが地形を変動させ、今まで戦っていた場所はまるで別の空間であるかのように一瞬で変わり果てる。


「まだ、ここからですよ」


跳びあがったプラットは出現した岩柱へ取り付いた。


プラットは柱から柱へと移動を重ね、まるでやつ自身も猿になったかのように縦横無尽にこの岩柱の森を動き回り、あらゆる角度からこちらを狙ってきている。


「このでこぼこ地帯は私の庭。平面で戦うよりもこっちのほうが私にとっては自由に動ける」


柱を伝い、波打つ地面も意に介さず、プラットは縦横無尽に動き回る。

跳ね回る速度が先の比ではない。


ーー目で追うのがやっと……


今やつには自在に使える足場が通常の倍以上存在する。

おまけにやつの能力を使えば直線での速度はフェイを軽く凌駕するだろう。


直線での単調な動きも、これだけ小刻みに動かれたのでは欠点にはなりえない。


まるでダメージなどなかったように俊敏に駆ける姿は視界で捉えるのが精一杯なほどの速度。


「存分に愛でてあげますからね」


再び柱へと跳躍したプラットが助走でもつけるように柱を行き来し、加速していく。


「はっ、言ってろ」


確かにその速度は驚異だが、詰めてくるには直線以外にない。

どこから来るのかだけわかっていれば、対処できないことはない。

目で追えなかろうが、その残像さえ視界に捉えられれば。


ーー来るっ


残像を伴い、加速を続けるプラットが一層力強く柱を蹴った。


「っ!?」


目を離してはいなかった。

なのに。


宙を舞っていた。

目の前に広がった空を見て、少し遅れて痛みがやってくる。


「ぐっ……」


揺れる視界、それでもなんとか着地してプラットを探す。


顔を上げて、どこへいったのかをーー。


「もっと、私を見てください」


背後から衝撃。


たたらを踏んで、前へと千鳥足で一歩、二歩。


振り返っても、すでにそこには影すらなく。


ーー速いっ、こんな


ついていくどころの話ではない。

目で追うことすら、残像すら捉えられない速さ。


「ほら、もっと」


目線をやったところにようやくプラットが写った。


手をこちらに伸ばし、すでにフェイの身体に触れているプラットの姿が。


「がぁぁ!」


また身体を通り抜けていく衝撃がうちから空気を絞り出し、胃の中身を共に外へと連れて行こうとする。


ふらふらと後退し、立っていられずに膝から崩れ落ちた。


ーーリザは……


今の攻防の間、リザからの援護がなかった。


何故だとリザのほうを見れば


「くそ、こいつらっ」


とんでもない量のクモザルがリザを執拗に狙っていた。


中にはクモザルだけじゃなく、見覚えのないモンスターまでいる。


奴らは高速で動くプラットや、その攻撃線上にいるフェイには近寄ろうとしない。


というより近寄れないのだ。


プラットの攻撃が危険だと本能が理解しているらしい。


だから必然的に、一人残ったリザへと標的が集中したのだ。


リザは近接戦もできる。

囲まれようとある程度なら対処する力がある。

だが、あそこまで大量のモンスターを相手取るのは厳しい。


一匹を蹴り飛ばし、光弾を放ち、背後から迫るモンスターの攻撃を避ける。


見事な大立ち回り。


しかしすべてのモンスターの標的になったことでプラットにまで攻撃の一手を割けない。


リザがモンスター達にかかりきりになったことで、こちらが優位に立っていた人数差がなくなった。


かろうじてこみ上げてくる吐き気を抑え込み、出ていってしまった空気を求めてあえぐように息を吸う。


ーーだめだ、影すら掴めねぇ


柱を利用した縦の動きが加わったことで攻撃の選択肢が増え、その分一歩反応が遅れる。

その上であの速度。


ーー集中しろ、目で追わず気配で探れ


自分の呼吸がうるさい、だが意識したことで先程よりずっと周りの気配が感じ取れる。


音は……、猿どもの鳴き声が目立つ。

細かな音は鳴き声や地面のうごめく音、柱同士が擦れ、崩れる音でまともに聞き取れない。


それでも、


「らぁっ!」


振り向きざま一閃。

とっさに出した鉄杭を握りながら目を開くプラットの顔がすぐそばにあった。


「素晴らしいです、さすが私の見込んだ方は違いますね!」


歓喜の表情でプラットは目をきらきらと輝かせている。


ーーまだだ、今のはただのまぐれ当たり、もっと精度を上げろ……


芯に当てたわけではない。

大振りの範囲にたまたまプラットが入っていただけ。


三度柱へと跳ぶプラットを見ながらフェイは柄を握り直した。


今度はもっと集中して、振りも小さく、鋭く。


「ここっ!」


会心の一振り。

残像がプラットの身体に追いつき、構えている鉄杭まで目視した。


しかしふっと、地面を掴んでいたはずの足の感覚が消えた。


視界ががくりとずれた。


うごめいていた地面が極端に凹み、身体を支えていた右足の足場が消失したのだと気づいたのは、自分の身体に食い込む鉄の冷たい感触と同時だった。


「ーーっ」


まるで身体中の骨がへし折れたと錯覚するほど、壮絶な衝撃。


一体自分の身体がどうなっているのか、そもそも今何が起きているのか。

回転する視界に、動かない身体。


息が詰まり、口をぱくぱくと開けるだけで空気が入ってこない。

少し遅れてやってきた激痛が、夢の中へ入り込んでいたようだったフェイの意識を現実へと引き戻した。


「ごっ、がはっ」


無理やりに呼吸を戻そうと大きく咳をひとつして、口の中の血ごと空気を吐き出す。

浅い呼吸を繰り返し、なんとか空気を取り込んだところでようやく身体の感覚が少し戻ってきた。


絶好のタイミングで、猿どもの地形変化がハマった。


見極めたような間の悪さ。


だがあれは不運で片付けるには起こりうる可能性が高いものだった。


間違いなくあばらの何本かが折れている。

身動きする度に走る激痛に顔を歪め、凶激の犯人をにらみつける。


フェイが起き上がったことに感激し、小さく跳ねながら口元を釣り上げるプラット。


ーー手痛いのをもらったな、くそ


足が痙攣している。

みしみしと筋肉が張り詰めているのはダメージか、それとも違う理由か。


「ふーー」


それでもここで立ち上がらない理由はない。


「無理して立ち上がる必要ないんですよ? 今ので私の強さはわかったはずです。もう大人しく諦めて、街に戻ったらどこか家を用意しますのでそこで暮らしましょう。あなたは私とそこで」


「なに、勝った気でいんだ、お前」


もはや痛くないところのほうが少ない身体。

うごめく地面の揺れだけで骨がきしむ。


だが、それでも身体はまだ動く。


今の一撃、剣で鍔迫り合いをしていたときほどの威力がなかった。

もしあのときの威力のままだったらすでに身体中を砕かれてあの世にいるか、そうでなくとも立ってはいられない。


ーーそもそも何故、俺は立っていられる?


ふと浮かんだ疑問。


当たりどころは最悪。

不意に地面がゆらぎ、ろくに構えることもできずに一発を叩き込まれた。

プラットの当て損じではない。


奴の能力は衝撃の操作。

攻撃を叩きつければその攻撃で起きる衝撃を増加させ、信じられない威力を生み出す。

逆に自分に向かう攻撃は接触の際の衝撃を和らげることで完全に無効化。


そして極めつけはあの移動能力。

地面を蹴る際の衝撃を増やすことで直線に限り、驚異的な速度で動くことができる。


攻防、そして機動力まで補える恐ろしい能力だ。


ーーだが、何かが引っかかる。


今起きた出来事の中に、あいつを倒す策に繋がる何かが隠れているとフェイの直感が言っている。


血がだくだくと流れてこそばゆい。

だが、そのおかげで身体は気だるいが頭だけは妙にスッキリしている。


何故、やつの攻撃に耐えられたか。


それは、やつが能力を攻撃に割いていなかったから。

目を見張る速度で接近してきたときに繰り出した攻撃、あれは能力とは関係のない、やつ自身の素の力。


能力による補正のない、純粋な攻撃だったからだ。


ならば何故やつは能力を割かなかった?


移動に能力を割き、反応できない速度で接近してから究極の一撃を叩きつければそれで話は終わりのはず。


考えられるのはわざとプラットが手加減している可能性が一つ。

自分をもっと知ってくれとしきりに話す奴の言動からして、すぐに戦闘を終わらせたくないのか。

しかし、今の狂人と化したプラットの言動から行動を推測するのは得策ではない。


なら考えられるもう一つの可能性。


ーー能力は同時に使用できない


移動に能力を割いてしまった場合、攻撃へと能力が回すことができないのだとしたら。

加速し、素の状態で戦闘を仕掛けに来ていることにも辻褄は合う。


思えばリザとの連携のときもそうだ。

フェイと戦っている際、上から降ってくる光弾を防ぐのにやつは後退して避けようとした。

防御することに能力を割いていれば、そもそも回避する必要なんてないのに。


確信に近いものがあった。


ーーおそらく同時というよりかは、連続して能力を使う場合一定の時間を置く必要があるはず。だからその時間以内に飛んでくる攻撃は防げない


ならどうするか。


同時に能力が使えないとして、それでも厄介なことには変わりない。


重要なのは、能力を使ったタイミング。

それを見極めること。


剣で打ち合った場合、大きく剣を弾かれ再度攻撃するまでに間が生まれてしまう。

隙を見て切りかかろうとすれば、防御として能力を使うプラットにたやすく受け止められる。

剣が受け止められてからの格闘戦を挑んだところで、基礎的な戦闘能力が低いわけではないために効果が薄い。


ーーがむしゃらに試すにはダメージをもらいすぎた。


もう一度まともに攻撃を喰らった瞬間、それはフェイの負けが決まる時。


慎重に、かつ的確に最善の作戦を立てなくてはならない。


「難しい顔をしても無駄です。あなたが何を考えていようとその傷、その身体でできることなんて……」


プラットは余裕の表情。

さっきの一撃でフェイにはもう戦う力は残っていないとでも思っているのだろう。


ーー今に見てろ……


絶対に倒す。

あの爺さんのもとへ引きずっていって、あの爺さんもろとも性根を叩き直してやる。

外の話をこいつに吐かせて、街へと引っ張り出してやるのだ。


フェイの覚悟、その瞳には未だ活力がみなぎっていた。


「悲しいです、もうしゃべる力も残ってないんですね」


プラットは何も答えないフェイの顔を見て悲しそうに眉を寄せると、


「さぁ、今楽に。街までは私が運びますから安心して寝てくださいっ」


揺らぐ地面を破壊しながら、地を蹴った。


足が地を離れるのとほぼ同時、その圧倒的な速度で振りかぶられた鉄杭はフェイの身体をバキバキに粉砕ーー。


「ふんっ!」


かろうじて構えた剣が鉄杭の軌道をそらす。


「惜しいですね、それならもう一度」


柱を蹴り、跳びあがるプラット。

数度の助走の後、再度の突撃。

だが、


「舐めんなっ」


これもまたフェイは弾いた。

弾かれた勢いそのままに空中で身体を回転させるプラット。

目つきが鋭く変わり、柱を跳び回り加速していく。


三度目の突撃。


もはや口を開かず、ただ目標を破壊するべく振りかざされる鉄杭。

まるで死神の振るう鎌のごとく振り回されるそれをフェイは今度はしっかりと芯を捉え、跳ね返した。


「ぐっ」


顔が苦悶に歪むのはプラットの方だった。


ぶつかりあった衝撃は腕を伝う。

加速を続けたことにより威力を増した攻撃が真正面からフェイに弾き返された。


フェイはその場から一歩も動いていない。


飛び込んでくるプラットを察知し、剣を振るう。

ただこれだけの動作。


フェイはすでにプラットのことを見ていなかった。


しかしまぐれではない。

迷いのない剣筋。

それはフェイが確信を持って反撃していることを表している。


究極の集中によってなせる技。


複雑な動きではない、直線による攻撃、それがくるとわかっているからこそ。

気配を読み、軌道を読み、剣を合わせる。


何度プラットが加速をつけ、突撃を繰り返そうと接触の瞬間剣を閃かせ弾き返す。


合計二十を超えるぶつかり合いの末、


「そのボロボロの身体、動くだけで相当の激痛のはず。なのに初めよりもずっと動きが良くなっています」


深く息を吐きながら地上へと降りてきたプラットが感心したようにつぶやく。


「ですがそれだけ剣を振れば、ダメージは積み重なる」


立っているだけでドクドクと流れ出る血を眺めながら、


「痛々しい姿です。これで最後にしましょう」


血で滲む鉄杭をぎゅっと握りしめたプラット。


「いつまでももがき続けてしまうあなたへ、私が諦め方を教えてあげますっ!」


ーー来たっ


かっと目を見開くフェイ。


近づいてくるプラットの姿を目で捉える。

捉えることができている。


移動に能力は使っていない。

それでも十分な速さ、だが追えている、反応できている。


タイミングを図る。


ぐるぐると思考が加速する。

すでにプラットはすぐそこまで狭っている。

あと数歩、あと二歩もあれば攻撃の範囲内。


見極めろ。


今まで一番の集中状態で奴の能力が発動するタイミングを見極めろ。


一歩。


間合いをさらに詰めるため、奴が地を蹴った。


目の前で小さく跳ねたプラットが身体を丸め、回転する。

ぐるりと回ったプラットが身体を伸ばし、腕を伸ばす。

握られているのは何度も苦しめられた鉄杭。


回転した分の勢いと落下する勢いも加えて、最大の一撃を叩きつけてくるつもりだ。


また、地面が揺れた。

既視感がフェイを包む。


また局所的な陥没が起きて、踏ん張りが効かなくなる。

そんな直感。


だが、そんな思考が走るのと同時、あたりを閃光が駆ける。

鳴りを潜めていた猿どもに向けて飛んでいったのは、光弾。


爆発が視界の端で起き、一瞬動き続けていた地面が静止する。


足場に向きかけていた意識が目の前の女へ。


鉄杭が振り下ろされる。

血で滲んだ凶器はきれいな半円を描き、フェイの身体を目指す。


だが、その軌道の先にフェイはいない。


プラット渾身の一撃。

だが先の速度に対応したフェイにとって今のプラットは遅すぎた。


鉄杭が鼻先を掠め、地面へと振り下ろされるのを見て、


ーーここだっ!


残る全身の全ての力を振り絞り、剣を振り上げる。


勝った。


思考が巡り、やたら景色がゆっくりと動く中フェイは思った。


思ってしまった。


「ーー引っかかってくれました」


ニヤリと歪む口元、プラットが凄惨に笑う。


ガン、と音が響く。

鉄杭が地面を叩く音だ。


だがなったのはその程度の音。

わずかに表面がひび割れる程度の、衝撃だけ。


ーー能力を、使っていない!?


プラットは逆の手を振るう。


振り下ろした鉄杭、右手に握られたそれではなく。


きらりと光る鉄の表面。

返り血一つついていないそれは真新しい、二本目の鉄杭。


攻撃をずらし、一歩前に出たフェイの。

両手を振り上げ、がら空きの脇腹をめがけて鉄杭が振るわれる。


フェイの攻撃の隙をついた、一瞬の出来事。

振り下ろす剣よりも速く、横から振り抜かれる鉄杭がフェイの身体に食い込んだ。


勝ちを確信したプラットが笑みを浮かべ……、固まった。


確かな手ごたえ、肉に沈む鉄杭の感触が指を伝ってくるのをプラットは感じていた。

予想外だったのは、その鉄杭が食い込むだけで終わったこと。


腕を、振り抜いたつもりだった。


隙をつき、フェイの裏をかいた。

あとは鉄杭をただ全力で振り抜くだけのはず。

なのに、鉄杭は止まっていた。

止められていた。


貫通したはずの衝撃は骨をへし折った。

だが、それでも。


「勇者は、ここで、倒れないっ」


フェイの剣は止まらなかった。

勢いを失うことなく、微塵もブレず、プラットへと迫ってきていた。


プラットはフェイの目を見た。

光を失うことなく、苦悶に満ちた表情ながらも衝撃に耐え、乗り越えようとしている男の。


覚悟の瞳を見た。


「あぁ、なんて素敵な」


邪魔するものは何もなく、ただ呆然と取り憑かれたようにその瞳から目を離せないでいるプラットを、


「はぁぁぁぁ!」


気合一閃。

感情全てをぶつけるがごとく、ただまっすぐに斬り裂いた。

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