狂気との再戦

「やっぱり、あなたは戻ってきてくれるとそう思っていました」


老人の家を出て、先程戦った場所へと戻る。


「たまたまだよ」


プラットは何もせず、ただ呆然と立ちすくんでいたがフェイが来るのがわかっていたかのようにゆっくりとこちらへ振り向くと、ゾクゾクと身震いしそうな艶やかな声でそう呟いた。


「ふふ、しかし私が会いたいのはあなただけなんです。そこの女の人には興味がありません。いいえ、むしろ」


そこで言葉を切ると、陶酔しきっていた表情を一変させて


「その表情、その眼差し、あなたのそばにいるのが当たり前のようであるかのようなその態度。ひどく腹立たしい」


鬼気迫る表情で鉄杭を構え、敵意を全開に向けてくる。


様子のおかしいプラットはなぜか常にフェイへの強い執着を見せる。

そしてその隣にいるリザには激しい敵意を。


今の言動からして、またリザから先に狙いをつけて攻撃してくるだろう。


戻ってくればこうなることはわかっていた。

戦闘は避けられないと。


だがフェイたちはそれを承知で戻ってきた。


老人を説得するため、その可能性をプラットに見出した。


こうして間近でみるとやはりかすかに面影がある。

狂気に変貌してしまっていても、その容姿から老人の親族である雰囲気を感じさせる。


目的は拘束。


首根っこ捕まえてあの老人のもとに連れて行ってやる。

あなたの孫はこんなに元気に育ったぞと顔を見せてやれば、多少は話を聞くだろう。


ーーまぁちょっと元気すぎるが


ともあれ、こうして目の前に姿を晒した以上後戻りはもうできない。


「殺すわけにはいかねぇ、だが骨の何本かは覚悟してくれよな。後で文句は受け付けねぇ!」


生きたまま、五体満足のまま彼女を連れて行く。


プラットの視線を遮るように、リザとプラットの間に入る。


「来い」


あえて挑発するようにプラットを見据えながら、リザの盾を買ってでるフェイ。


口を開くと同時。


まるで断末魔の叫びでも上げているかのような悲鳴を撒き散らしながら、一直線にプラットが突っ込んできた。



ーーさて、ここから……


先の戦闘を経て、どうやらプラットは能力持ちの可能性があるという予測がついた。

あらゆる場所で発生する衝撃を自在に操ることでできる、そんな能力だと。

しかしおおよその能力がわかっているだけでその対策はできていない。


そもそも能力の性質上、対策のしようがない。


ならどうやって勝つか。


勝つためには、能力の弱点を探る他ない。

どんな能力でも大抵、何かリスクや、弱点が存在する。


この強力な能力に対し、ろくに装備も用意できていない状況では……


「身体で、なんとか探っていくしかねぇよなっ!」


驚異的な速度で突っ込んできたプラットへ向けて渾身の一撃で迎え撃つ。

激しくぶつかりあった剣と鉄杭が耳を破壊しそうな轟音を立てた。


「ぐっ、あぁっ」


柄を握る手がしびれるほどの衝撃が剣を伝って、フェイの腕を襲う。

衝撃で後方へと仰け反るフェイをよそに、僅かな反動から素早く立ち直ったプラットが鉄杭を握り直し、更に距離を詰めてくる。

未だ後ろへと弾かれた態勢のまま、プラットが爛々と瞳を輝かせて目の前へ迫ってくる。


両手は天へと伸びた状態、なら。


「これで!」


腰をひねりながらの蹴り。

かかとを前面に出し、プラットの脇腹を狙う。


すでに体重を前にしていたプラットは回避行動に移れない。


ーー入る……


「ふふっ」


確信とともに聞こえたのは微笑。


「私の能力、あなたにはもっともっと知ってほしいです!」


確実に、入りはした。

しかし、


「視界に入るだけで発動できるのか……」


完全に意識の外をついたと思った一撃、人一人軽く吹き飛ばせるはずの威力を持った蹴りはプラットがその視線をやっただけで無力化された。


「それだけじゃありませんよ」


がっしりと足を捕まれ、プラットが笑う。


「っ、この」


足を引こうとしてもにたにたと笑うプラットは微動だにしない。


「他にも、こんなふうにっ」


完全に無防備を晒すフェイの腹を撫でるように触る。


「っ」


腹で爆発でも起きたのか、そう錯覚するほどの衝撃が突き抜け、膝が折れかける。


ーー触っただけで……


「効きました?」


片膝を突きかけているフェイの身体をプラットは悪戯でもするようにとんとん、と軽く叩く。


「っぐぉ」


冗談みたいな仕草、しかしそこから生まれる衝撃、其の威力は一つ一つが身体に重大なダメージを残す。


「ふふ、どうですか。私、すごく強いでしょう? 今、あなたもその身を持って味わったはずです。これだけ強い私が、この先あなたが直面するすべての厄災を吹き飛ばしてあげます。だから」


苦悶するフェイへ顔を近づけて、


「今すぐ、あの女とは縁を切り、私のものになると誓ってください」


「はっ、随分傲慢なことで」


「事実ですよ。まだ、わかってもらえませんか? ならもう少し……」


ーー何もかも、全て蹴散らせるなんて馬鹿らしい


「これくらいで、粋がってもらっちゃ困るぜ!」


プラットの背後、その背中へと迫るのはリザの放った光弾。


「ペラペラと、気持ちの悪い……。余裕ぶったその口、私が閉じて上げる」


「二度もそんな不意打ちが通ると思いますかっ?」


無防備に見えたその態度、しかしプラットは接近する光弾へとすぐ反応すると身体に触れた光弾すべてを視界に収め、それらすべてを無力化した。


「悪いが、人数有利で行かせてもらうっ」


後ろを向いたプラットへ剣を振るう。


「わかっていますよ」


もはや当然のように、光弾を無力化させたプラットはすぐにフェイへと向き直り、剣の軌道を読み、後ろへ跳ぶ。


ーーまぁ、避けられるよな


だがフェイの狙いはそこではない。

振った剣の軌道をずらし、地面へと剣を当てる。

地を削りながら剣を振り、その勢いは地面の砂利を扇状に吹き飛ばした。


飛ばした砂利はさながら弾幕のごとく。


プラットの能力は衝撃の操作。

どんなに威力を高めた一撃も、その能力によって無効化される。

しかし、先の一戦。

フェイが撤退する前のリザの攻撃を彼女は避けられず、その身体に傷を残した。


その前に一度リザの攻撃を無効化したにも関わらずだ。


すなわち、意識外の一撃は能力の効果範囲外。


フェイはプラットの正面へと砂利を飛ばし、即座に地を蹴る。


ーーなら、視界いっぱいの小石を意識している間、こちらの攻撃へは対応できないっ


体勢を極限まで低く、地を這うような姿で疾走するフェイ。


高速での移動は飛ばした砂利の下へと潜り込み、弾幕との時間差攻撃を可能にする。


ーー喰らえっ


一撃で意識を刈り取る。

優先するのは威力ではなく速度。

弾幕に能力を吐いた直後の一閃はその威力を保ったままプラットをーー。


「ーー読めてますよ」


プラットはいつのまにか手に持った砂を空中へと撒き散らし、弾幕、そしてフェイの一撃との間の空間に隔たりを作っていた。

まるでそれは砂の盾。

撒き散らされた砂へと触れたものすべての衝撃が無効化され、砂の弾丸はポロポロと落下。

下から上への切り上げはプラットへ触れることすらできず、空中で止まった。


ーーくそっ、こんな防ぎ方が


ぱん、と先ほど触れたときよりも強くプラットが身体を叩く。


増加された衝撃はフェイの身体を軽々と吹き飛ばした。

なすがまま、水切りの石のように地面を転がりながら、岩柱に衝突してようやく止まる。


身体中を強打し、足も腕もだらりと血が流れ出る。


ーー意識の外を突いたつもりが……、逆に狙われていた?


否、狙われていたのではなく、警戒されていた……。

能力を逆手に取り、隙につけこんでくることは向こうも承知済みだ。

だから敵がその隙を狙ってくることを意識しておけば、ああして簡単に対策ができる。


衝撃を受ける対象を点ではなく、面で受けることでまとめて攻撃を無力化できるとは。


ーー予想外だな


少しの時間差攻撃では先程と同じように砂を撒き散らされ、受け止めれる。


そして今の攻撃でプラットは意識外の攻撃に対し、さらに強い警戒をするだろう。


ーー同じ手は、やってもまた防がれるだけ……


下手な小細工は通じない。


なら、


「リザ」


声をかけると、いつの間にかそばに来ていたリザが隣に立ち、


「言われなくてもわかってる」


見れば正面のプラットを睨みつけたまま、いつでも攻撃できるように魔道具を構えている。


「真っ向からぶっ倒す」


警戒されていようといまいと、やることは限られている。


フェイが飛び出すのと同時、リザの構えた魔道具が発動。

距離を保ったまま、しかし正確にプラットへ向けて放たれる。


「いいですよ。二人でかかってきてもらったほうがむしろあなたに知ってもらえます。その女がいかに無能で、」


プラットも自身へ攻撃が飛んできているのを察知しながら、


「私が強いのかということを!」


突っ込んでくるフェイを迎えに行くように地面を蹴った。


互いに高速で接近。

その間にあった距離は一瞬の間に詰められ、


「「ふっ」」


激突した。

剣と鉄杭の鍔迫り合い、もう何度繰り広げられただろうか。

それでもまた両者は互いのすべてをぶつけるかのようにその武器を振りかざす。


「はぁあ!」


振り下ろした剣閃は高確率で衝撃を和らげられ、無効化される。


どんなに気合を入れようと、どんなに早く剣を振ろうとこの能力の前では等しく意味をなさない。


それならとフェイが取った手段。


ごくごく単純な方法。


「ぉら!」


剣は鉄杭に弾かれる。


「まだぁ!」


再び、弾かれる。


「らぁ!」


三度、その剣閃は空中で止められる。


だが、それでも。


「何度やっても、効きませんよ」


プラットは呆れたようにつぶやく。


「はっ、どうだかなぁ!」


それでもフェイは剣を振る。


攻撃が無効化されれば、その度に腕を引き、再度剣を振りかぶる。


一度無効化されようと、再び振り上げた剣を叩きつける際には衝撃が生まれる。


無効化されては剣を振り、跳ね返されては剣を振る。


ーー難しいことなんてろくにできねぇ、なら愚直に


衝撃を操作されるというのはこちらの攻撃がほとんど意味をなさないのと同義。


ーー何回もっ


それでもフェイは繰り返す。


相対して感じるプラットの戦闘能力の高さ。

能力だけではない。

フェイの速度に反応し、その一撃一撃に鉄杭を合わせ、丁寧に無力化を行ってくる。


並の使い手ならそもそもこの能力を持っていようと、反応できない速さで一撃入れてしまえばいいだけの話。

真正面からやりあって、ここまで対処されているということは相手の力量が同じだけあるということ。


だが、単純な戦闘で言えばフェイも負けてはいない。

能力により攻撃は無効化されるものの、懲りずに打ち込めばプラットも対応せざるを得ない。


攻撃している限り、相手もそれに付き合うしかない。


攻めてにかけていようと、攻撃している限り。


場は、拮抗状態に陥る。


「……くらえ」


ーーまばゆい光弾が降り注ぐ。


だがそれは他に手数がない場合。


フェイが一人であった場合の話だ。


リザが放った光弾が、未だ激しい打ち合いを繰り広げる二人の頭上から一体を包み込むように落ちてくる。


「っ」


視界に光弾が写った瞬間、フェイの剣を弾きとばす勢いを利用して後退するプラット。


だが少し遅い。


どどど、と音を立てて降り注いだ光弾は空中を跳ぶプラットを捉えた。


地を穿ち、砂塵を巻き上げるその威力。

光が塵と消え、あとには破壊の跡のみが刻まれる。


「あの女、また……」


プラットは着弾時の小爆発によって両腕、そして左足へダメージを負っていた。


プラットが回避行動に移る頃にはすでにリザの射程内。

発射から着弾までの時間を短くする見事な手腕だ。


「はっ、やっぱりこれは有効らしいな……」


満足げにニヤリと好戦的な笑みを浮かべるフェイ。

その身体のあちこちにプラットと同じような傷があった。


「こんなもの、しょせんあなたを囮にすることでしか手段がない苦肉の策でしかありません。いくら私に攻撃を加えることができたとしても、あなたまで一緒になって傷を負っているのではまるで意味がないです」


「言っただろ? 俺は勇者だ。勇者ってのは傷だらけになろうが、何度でも立ち上がってその勇姿を見せる存在」


フェイは不敵に笑い、剣を構える。


「こうして同時に攻撃を喰らおうが、最後に立っているのは俺だっ」


再びフェイはプラットへと肉薄する。

傷ついた身体をものともせず、また真正面から剣を振り下ろす。


「それなら、取り合わなければいいだけっ」


プラットはその攻撃を受け止めるのではなく、後ろへ跳んで回避した。


だがその先には彼女を取り囲む光の包囲網。


「爆ぜろ」


「そうそう同じ手は食いません」


しかしその光弾を読んでいたのか、プラットを包み込む爆発に顔色ひとつ変えず、防御の構えも見せない。


光の粒子が消えてもやはりそこには無傷のプラット。


「で、こっちがお留守とっ」


小さく、素早く振るった剣がプラットの胴を芯で捉えた。


「うるぁぁ!」


くの字に折れるプラットを力任せに薙ぎ払う。


先のフェイと同じように地面を跳ねながら吹き飛ぶプラット。


「刃先は向けてねえから安心しな」


ぶつけたのは剣の腹。

それでもこの重量の一撃をまともに食らえばただでは済まない。


腹を抑えたままもがくプラットが顔だけをこちらに向けて、苦しそうに顔を歪める。


「がっ……、こん、な」


ーー意識を奪うとまではいかなかったか。


いける。

二人がかりで、どちらかに意識を割かせ続ければこちらの攻撃が通用する。


やはりあの能力にも弱点があった。


このまま続けてーー。


「あぁぁぁぁ!」


飛び出そうとしたフェイの横をまっすぐに伸びる光線が通過し、突っ伏したプラットへ直撃する。


「そうやって無様に叫ぶ姿、すごい様になってるわ」


悲鳴を上げるプラットへ追い打ちをかけながら、リザは冷たく言い捨てた。


「殺す、殺す、殺す。このクソ女ぁぁ」


魔道具から発射される光線をくらい、それでもプラットはまだ戦意を失っていない。

身体の痛みに悶え、苦しんではいるもののその眼光は恐ろしく光っている。


「ああああああああああああ!!」


そして絶叫を上げながら、地に伏していたプラットがその両手を地面へと叩きつけた。

まるで水面に石を投げ込んだように衝撃がプラットを中心にして周りへ広がっていく。


「っ」


「なんだ?」


衝撃はフェイたちの足元を抜け、さらに後方、広範囲へ。


「何も、起こらない?」


しかし、変化は起きない。

奇妙に流れる静寂。

ただの悪あがきか?


その時だった。

一瞬の静寂を切り裂いて、遠くからざわめきが近づいてくる。

ざわざわと何かが、これは生き物の気配?

それも一匹ではなく、もっと多い……。


フェイが察知してすぐ、そいつらは姿を表した。


このでこぼこ地帯を象徴するモンスター。


ギャッギャと不快な鳴き声で威嚇しながら、大量のクモザルが激しい物音を聞いて集まってきた。

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