老人は語る

儂がここに住みだしてもうどれくらいになるか……。

儂もこんな場所に住む前はタースの街で普通に暮らしておった。

今がどんな風になっておるのかは知らんが、当時はこの辺りで一番人の集まる街でな。

儂は良く路地や空いた場所で占い師の真似事をしておった。


ーー占い師、ということは


そうじゃ。昔はこの予知の力を使い、金を稼いでおった。

儂の力はどれだけ先の未来を見ようとしても大体一月か二月先の未来までしか見えんが、それでも予知という力は色々と使い道があった。


初めは皆儂のことなど怪しむばかりで依頼してくるものはおらんかった。


少し遠巻きに見ながら目の前を素通りしていった。

じゃがある時物珍しいからと寄ってきた宿屋の親父を視てやった。

儂に見えるのは視た人物とその周囲の状態じゃ。

だから宿屋にはその日入る客の数を教えてやった。

次の日、いつもの場所で座り込んでいると興奮した様子の宿屋が鼻息を荒くして声をかけてきた。


そんな宿屋の大声のせいかポツポツと人が集まってきてな。

皆興奮する宿屋を馬鹿にしつつも、面白半分に視てくれ視てくれというので儂は声をかけてきたものを片っぱしから視ていった。


ーーかつてを思い出しながら老人は語る。


儂はあっという間に街で有名になった。

百発百中。予知という能力は外れることがなかった。

声をかけられる数も多くなり、時には有名な商人から依頼されることもあった。


いつしか儂の能力には莫大な価値が生まれていた。

特に商人たちにはこの能力はたいそう喜ばれた。

依頼者の周囲の状態しか見えずとも連中は予知で見えた状況から様々な情報を推測し、自分の利益になる行動がとれる。


二月先の未来しか見えずとも商人たちは儂の能力を褒めたたえた。

大半のものは自分が成功するため、下心満載の者じゃったが。

中には神の使いと崇めるものもいたのう。

街は商人であふれかえり、より豊かになった。

人が増え、依頼者もより多く来るようになった。


そうして儂は大金を手に入れた。

家を建て、嫁を貰い、子供もできた。


順風満帆の暮らしじゃった。

何もかもが上手く行っておった。


ーー当時を懐かしむように目を細める老人の声はひどく穏やかだった。


それから数年が経ち、いつも通り儂は依頼者の未来を視ておった。


その日やってきたのはやたらとガタイの良い男じゃった。

子連れでな、儂が男を視ている間その男の後ろにぴたっとくっついておるのが印象的じゃったのを覚えとる。


男は商人になりたいがこの先の行動を決めかねているらしく、儂に未来を視てほしいと依頼してきた。


街ではあまり見かけない人間じゃったが、人の行き来の激しい街でいちいちそんなことは気にはせん。

儂は男の話を適当に聞き流しながら、能力を発動させた。


じゃがその人物の予知をしているときに妙なものが見えた。


視たのは一週間ほど先の未来。

男は妙な集団と共におった。

見てすぐに異質な雰囲気が漂っているのがわかり、そやつらの多くが武装しておった。


初め、儂はそこがタースの街と気づくのに少しの時間が必要じゃった。


あちこちで火の手が上がり、戦闘の跡らしい瓦礫が散らばっておるその場所は儂の知っているタースの街とはまるでかけ離れた場所のようになっていた。


唖然としたまま予知を続けていると目を疑う場面が映りおった。


集団の中の一人が儂の家から出てくる場面じゃ。


いや、正確には家がというべきか。


儂が建てた家は無残に崩れ、瓦礫の山と化しておった。

当然連中がやったのじゃろう、頑丈に作ったはずの壁は一つたりとも残っておらなんだ。


瓦礫の周りには何人か倒れているのも見えた。


生きているのか死んでいるのか、はっきりはわからないがそこら中にある血だまりや血の擦れた跡がその場で在った凄惨な出来事を物語っておった。


連中はそんな街中の惨状など気にもせず、その場から立ち去っていく。


統率の取れた動き方からは連中が何か目的があってこの状況を作ったことが伺えた。


じゃがこいつらが一体何をしにこんなことをしているのかわからなかった。


何故儂の家が壊されているのか。


何故街の奴らが襲われたのか。


唐突に映った物騒な光景を前に儂はただただ唖然としていた。


そしてふと、連中の一人が目に留まった。


去っていく連中の真ん中あたりにいる男。


その男の周りにはまるでその男を護衛するように武装した奴らが配置されていた。

男は一人だけ武器ではなく人を、血だらけになった男を担いでおった。


担がれた男はぐったりと動かず、気絶しているようじゃった。


その背格好には覚えがあった。


身に纏う服はつい数日前、妻が買ってきたものと同じだった。


顔が痛ましく腫れあがっていても数十年、鏡の前で見た顔がわからないはずはなかった。


血だらけで、奴らにさらわれていったのは儂だった。


見間違いではない。


瞬間、背中から汗が止まらなくなった。


理解したのじゃ。


信じられないことに、連中の狙いは儂なのだと。


儂を攫うために、この悲惨な光景が起こってしまったのだと。


意識が切り替わり、男は固まった儂を見て何が視えるのかと問うた。

真っすぐ、射抜くような目で儂の動揺する姿を見定めようとしていた。


男はおそらく、儂の能力が本物なのかを調べるためにあえて自分が襲われる未来を儂に視せてきており、ここで儂が狼狽える素振りを見せれば即座に実力行使に出てくる。


じゃから儂はまったくのあてずっぽうを語った。


何故儂を狙うのか。

こいつらは一体誰なのか。

ぐちゃぐちゃと様々な思考が巡りつつも。


今視えた未来には「男が失敗をし、上手く行っていない光景が映った」と嘘を喋った。


男が始めに言った商人になるために取るべき行動をそれらしい順序で並べ立て、どこに向かい、誰を頼れば上手くいくか助言をくれてやった。


真っ白になりそうな頭を必死に動かして儂は平静を装った。


男は何度も儂の顔をじっと見つめては、儂の話す内容を確かめていた。


予知を話し終えると男は参考になったと、何事もなく連れの子供の手を引いて立ち去っていった。


今話した内容から予知が嘘だと判断したのか、それとも一度仲間のもとへと向かったのか儂にはわからない。


儂はとにかく、一刻も早くこの場を離れたかったが男の次にも依頼者はいる。

ここで急に依頼を断って行動したのではどこかで男が見ていた時に怪しまれるかもしれない。


焦燥感を必死に押し殺し、その後に入っていた予知の依頼をなるべく速やかに終わらせようと儂は必死だった。


そして最後の依頼者の予知を終え、早足で家に帰り、その日のうちに儂は街を出た。


予知は視た対象が行動を変えることで未来が変わる。


しかし他人の予知に儂が出てくることなど今まで一度もなかった。


儂は自分の未来を予知した。


視えたのは昼間と同じ、数日後に儂がさらわれる未来。


この未来を変えるために儂はまずこの街から距離を取ろうと行動した。


隣町へと到着し、すぐに予知を行う。


じゃが予知には連中が儂のことを追いかけ、捕らえる様子が映った。


結局、どうやってかあの子連れの男連中は儂が異変を感じ取ったことを察知したらしい。


子連れ男に視た未来と儂の視た未来。


場所は変わっていても儂が捕まるところは変わっていない。


まだ未来は変わらない。


そこから儂はまるで犯罪者の如く、連中から逃げ回る日々を送った。


予知能力を使うのにリスクはさほどないが、あまり連続で使用し続けると疲労感を感じるようになる。


じゃが儂は連中から逃れるため、ことあるごとに予知を繰り返した。


いつどこで奴らが狙っているかわからない。


何かを買う。


誰かと言葉を交わす。


場所を移動する。


その度に予知を行い、儂はやつらに捕まらない未来を探した。


しかし、何をしても。


どこへ逃げても。


奴らは儂がどんな行動をとるのかを把握するように正確に儂の後を追ってきた。


何度予知を繰り返し、行動を変えても未来が変わらない。


こんなことは初めてじゃった。


狙われているという状況が徐々に儂の精神をすり減らし、何をしても状況が好転しないことに焦りが生まれる。


街を三つ、国を一つ越えてもなお予知は儂が連中に捉えられる未来を映した。


いい加減、心身共に参っていた時、ふと予知に違和感を感じた。


予知は儂が捕まる未来を映したが、儂を捕まえる人間はその時々によって異なっておった。


じゃがそれでもなお、必ず予知の光景に映る人物がいた。


そやつは決まって儂を捕まえる連中の後ろでじっと儂の方を見ておった。


小さな背丈、虚ろな目でこちらを見てくる様は何か得体のしれない不気味さを感じさせる。


あの子連れの男が連れていた子供。


そいつが予知をするたびに必ず映り込んでおった。


普通、これだけ予知を繰り返し、その未来を変えようと動けば少しずつでも未来は変わっていく。


それが何故変わらないか。


そして予知に映った人、場所から考えて逃走を続けているのにも関わらず正確に儂の位置を把握し、追ってこれるのか。


違和感を元に思考を巡らせ、儂は一つの可能性を考えた。


もし、儂が予知をする度にその位置を把握できるような能力があったとしたら。


いくら逃げても、どこへ逃げても一定の感覚で予知を繰り返す儂の居場所を把握して追跡することは可能なのではないかと。


他でもない予知という能力を持っている儂がいる以上、そんな能力があったとしても不思議はない。


予知に決まって映り込むあの子供。


やつの視線が必ず儂を向いていたこと、初めにあの予知を視た男が連れていたという事実がそんな仮説を儂に浮かばせた。


仮に本当にそうだったとして、ならば儂はどうするのが良いのか。


疲弊した儂が悩み、そして最終的に取った行動。


それは予知を捨て、そして奴らが追ってこれない場所へと逃げ込むことじゃった。


散々の逃亡生活で限界の近かった儂は自分の仮設を信じることにした。


少なくとも予知を使っても一向に逃げきれる未来が見えない以上、この行動が何か変化をもたらしてくれるのではないのかと。


そこから儂は不安を押し殺し、予知をせずに行動した。


ただ奴らから逃げ切れることを祈り、あの未来を変えるように意識して。


例え儂のいる場所が分かったとしても、奴らが追ってこられない場所を探した。


あちこちで話を聞いた結果、儂が逃げ込んだ場所、それがーー。


ーー


「この場所だったってことか」


フェイの呟きに老人は目をつぶりながら、小さく首を縦に振った。


老人の話を聞き終えたフェイは改めて今、ここにいる家を眺めた。


街の建物と比べて何度も試行錯誤を重ねた跡がみえる家。


この近辺で取れる植物を中心に編み込まれた壁に巨大な葉を幾層も重ねた屋根。


綻びが出るたびに改修を重ねたのであろう、ところどころ歪な形になっているこの家は長年、この老人が一人で暮らしてきたこと証明するかのよう。


「逃げ込んで、それからどうなったんだ?」


「……わからん」


「わからないって……、どういうことだ?」


返ってきたのは想像していたのとは違う答え。


「儂に関しては今おまえさんの目の前にいるとおり、なんともない。怪我もしておらんし、病気もずっとない。わからんと言ったのはあくまで追ってきた連中がどうなったか、ということじゃ」


続けて老人が言う。


「あれから儂は予知を使っておらん。使えばまた予知の痕跡を辿られ、連中がここまで来てしまうやもしれん。だからお前さんたちの頼みは聞けん。儂はもう予知は使わんのじゃ」


「そんな……。だってそれは何十年も前の話だろ? それから今まで何もないんだから今更もう追ってきたりなんて」


それに実際に予知を使うことが連中に察知されてしまう要因だったかも確かめられていないというのに。


しかし老人は静かに首を振る。


「そんなもの、儂にはわからん。儂がここに逃げ込んだのが分かって追ってくるのをやめたのか。それとも別の理由があってやめたのか。連中の事情は儂には知りようがない。じゃが予知を止めたことで儂は今ここにいる、それは確かじゃ。この地帯に逃げ込んできて、モンスターらから何とか逃れ、隠れ潜める場所がないかと探し回った結果見つけたのがこの家の建つ場所。奴らがくるやもしれんと怯えながらも家を作り、獣を狩り、この場所で暮らしてきた」


淡々と語る老人からは堅い意志を感じた。


フェイは何も言えなかった。


所詮はさっき話を少し聞いただけの他人。

この老人がいかなる気持ちでここまで逃げ込んできたのか。

その恐怖。

その覚悟。

その必死さをフェイは知らない。


何故老人が予知を使わないのか、理由は分かった。


思えば今まで使用を封印してきた予知の能力を、今日ここへ迷い込んできただけの赤の他人のために使おうとする方がお人好しだ。


だが、謎の集団から狙われ、良く知りもしない土地まで心身共にボロボロになって逃げ込んで。


そのまま隠れるように暮らして。


それではまるで本当に犯罪者のようではないか。

追われ、逃げ込み、隠れて息を殺す。


何も悪いことはしてないというのに。


「数十年、ずっとここで過ごしてきたのか?」


「そうじゃ」


「一度もこの場所を出なかったのか?」


老人が頷く。


「出ようともか?」


そこで憮然としていた老人の表情がピクリと動いた。


「何十年とこんなところにいて、外へ、家族の元へ帰りたいとは思わなかったのか?」


フェイの言葉に老人は一度キっとフェイを睨みつけ、深く息を吸い込み、また目を閉じた。


そして自分の中で生まれた感情の炎を抑え込むようにゆっくりと息を吐きだす。


「一度、いや何度か帰ろうとはした。じゃが」


老人はそこで言葉を切ると、やや間を開けて言った。


「出られなかった。ここら一帯は一度入り込むと抜け出すのが難しいんじゃ。儂の足では複雑に変化する地形を踏破することはできなんだ。モンスターどものいなそうな場所を目指して出ようともしてみたが、やつらは決まった巣をつくらん。故に位置を予測するのが不可能に近かった」


老人の言葉を聞いてフェイは思わず口を噤んだ。


突然わけのわからない奴らに追われ、やっとの思いで逃げ込んだ先から出られなくなる。


そうして何十年も同じ場所で暮らさざるを得ない。


それは一体どんな思いを老人に抱かせたか。


「そうして数十年、ここで暮らしておるうちにもうここから出たいと思う気持ちもなくなった」


本当にそう思っているのだろうか。


先ほど問いかけたときにぶつけられた視線。

自分を落ち着かせるように深呼吸したあの瞬間、老人の抱えていた感情が溢れそうになっていた。

もうそんな気持ちが無くなったのなら、あんな反応は見せないのではないか。


「それなら、俺が。俺たちが手伝うよ」


「……何を言っとる?」


後ろからも何か言いたげなリザが口を開きかけていたが無視する。


「一人じゃ出られなかったんだろ、なら俺たちがあんたを街まで連れてってやる」


「じゃから、儂はもうここを出る気はないと今言ったじゃろが。ここを出ようとしたのは何年も前の話、儂はもう今の暮らしに満足して」


「本当か?」


フェイは再度問いかけた。


老人の言葉を遮り、老人の内側の部分に語り掛けるつもりで問うた。


「家族とだってそれっきりなんだろ? 妻とは、息子とは? このままここで暮らしたまま、人生を終えるつもりなのか?」


「……はぁ、もう帰ってくれ」


そういって立ち去ろうとする老人の背中へ諦めず、呼びかける。


「孫だって大きくなってるはずだ。成長した孫の顔を見たいと、会いたいと思わないのか?」


「…………」


瞬間、微かに立ち止まった。

何も言わず、こちらを振り返りもしなかったが動かしかけていた足を止めた。

だが立ち止まったのはほんの一瞬だけ。

老人は何を言い返すわけでもなく、そのまま無言でこの場から去っていった。


「頑固じいめ……」


今のわずかな間。

老人が何を思ったのか、何か心の中で葛藤がうまれたのかは分からない。


ただ少なくとも……。


「……出ましょう」


老人が去っていった方向をじっと見続けていたフェイにリザが淡泊に言った。


きっとあの老人は今何を言っても何の言葉も受け付けないだろう。


ならずっとここにいても仕方がない。


そうして二人は無言のまま老人宅を出た。


「で、肝心の予知がダメになっちゃったけど……。これからどうするの?」


フェイの一歩先を歩くリザが視線をちらとやりながら言う。


「そうだな……」


フェイたちがこんな地帯にやってきたのは魔王の手がかりをつかめると思ったから。


老人が語った予知という能力。


それは対象の数カ月先の未来を視れるというものだった。


今から数か月後、魔王が出現する場所が分かれば。


どれだけでどんな目撃情報よりも重要な手掛かりになる。


老人が嘘を言っていないのだとすれば、ここですんなりと諦めるのは考えられない能力だ。


だが肝心の使い手はあの調子。


フェイが多少説得したところで聞く耳を持たない。


「あのじいさんが言ってた、じいさんを追ってる連中まだいると思うか?」


「まさか。だってそれ何十年も前の話でしょ? 確かに予知の能力はすごいのかもしれないけど、もし今もあのおじいさんを狙ってるくらい能力に執着してるなら追われてる頃にもっと何かしてるはずよ」


フェイの意見もリザの話と同じ、奴らはすでに老人を追ってはいないと考えた。


もろもろの状況を推察し、老人を狙うものはもういないはず。


問題なのは彼の意識。


いくら老人を狙う連中がいる可能性の低さを説いたところで、実際に連中に追われた老人には追われた恐怖と、今まで無事でやってこれていたという事実が下手な行動をとりたくないと思わせてしまう。


所詮は縁もゆかりもない他人が話す戯言。


これまで暮らしてきた数十年の平和を脅かす危険など冒す理由がない。


ならばどうするか。


「あの爺さんの家族……」


他人が言うことでなければ。


自身の、縁もゆかりもある人物のためならば。


あの老人が強く反応したのは彼の家族に関する話。


ここまで逃げてくるために離れ離れにならざるを得なかった家族から協力するように言ってもらうか。


しかし老人の息子を探し回り、ここに連れてくる、もしくは協力を促す文を書いてもらう。


それは探し回る労力に加え、協力してもらうところまでこぎつけるが大変だ。


かといっていつまでもこの場所にとどまってもいられない。


いつあの暴走状態のプラットがフェイを見つけて襲ってきても……。


「……っ」


その瞬間、フェイはある事に気づいた。


脳裏に浮かんだプラットの顔。

正確にはその仕草。


名乗りの際、喉の下あたりをとん、とん、とんと三回叩くあの仕草……。


「何?」


フェイの様子に、怪訝な表情をしたリザが問いかけた。


「あのじいさん、俺じゃなくてもっと近しい者から言ってやれば意外と素直に言うこと聞くんじゃねーかと思って」


「でもあのおじいさんの知り合いなんて……」


「いや、多分俺達は知ってる」


そう、本当は知り合いなんて知らないはずだった。

だが、おそらく。


「プラットだ」


「え?」


「あの暴走女と頑固じいは多分血縁だと思う」


ほぼほぼ勘に近いもの。

証拠なんて何もないが、


『ーー私の祖父は昔家を飛び出してしまったらしく……』


思えばあの時話していた祖父というのはあの頑固じいのことだったのではないか。


「本当? あの女が今のおじいさんの孫なんて」


「多分な」


直感だが、妙な確信があった。


「もしもあの爺さんが未だに追われてると思ってても、立派に成長した孫の顔でも見せてやればもう外は安全なんだと一発で理解できるだろ。そうじゃなくても孫の方から説得させりゃなんとでもーー」


「君、忘れてる? さっきあの暴走女にえらい目に遭わされたでしょ」


「あんなもんそうそう忘れないだろ」


突然豹変したプラットのあの背筋を寒いものが走っていく独特の雰囲気。


「ならあんな人にどうやって協力させようってのよ。まともに会話できるかすらわからないのに」


「そ、それはお前、なんか気合で……」


「何か案があるわけじゃないの?」


案はない。

そもそも何故彼女がああなってしまったのかもフェイは正確に把握しているわけではない。

ただ、おそらくは呪い。

フェイが魔王にかけられていた呪いによるものだろうというのは薄々わかってはいる。


「案があろうとなかろうと、結局彼女を何とかしないといけないのは確かだ」


あの豹変はおそらくフェイに関わったが故に出現したもの。

元に戻す方法も、そもそも元に戻るのかもわからないが、


「放っておくのは、ダメだ。勇者的にも、俺個人としても見過ごしたくない」


この度は魔王を倒す旅だ。

そしてその途中に遭った人物を助けるのもまた、勇者の務めだろう。

だが、建前を無くしてもフェイが困っている人間に手を差し伸べたいと思う心は嘘ではない。

困っている人全員、どんな人間でも助けるのかと言われれば難しいと思う。

けど自分のできる範囲のことなら、挑戦するのは悪くない。


「はぁ、やっぱり勇者にはらしい人が選ばれるのね……」


リザは呆れたと小さく息を吐いていたが、それでも協力はしてくれるらしい。


視線でそれならどうするのかと再度問うてきているのが分かった。


「プラットを捕まえよう。力づくでふん縛ってあの頑固じいの前に連れていく」


「それじゃまるで罪人じゃない」


「孫はこんなに成長したぞとあのひきこもり老人に見せつけてやろう。もう逃げ続ける必要はないんだってあのかわいそうな爺さんに教えてやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る