逃げた先には

リザを背負い、全速力で駆ける。


改めて周りを見るとどこも同じような景色。

注意深く進まないと、道に迷いそうだ……。


「いや、正しい道なんてわからねぇか」


そもそもこのでこぼこ地帯を抜けたことがないのだ。

案内役としてプラットに頼り切っていた弊害がここにきて出るとは。


とにかくプラットに追いつかれないように逃げるしかない。


ーーまさかあれだけ強いなんて……。


能力持ちと戦う機会は初めてだったが、今まで戦った相手から逃げるなんて経験も初めてだ。


そもそもそんな経験したくはなかった……。


ーー想像異常の強さ、キレ、そしてあの能力


あんなに強い奴がいるなんて思いもしなかった。


後ろを振り返りながら、プラットが追いかけてきていないのを確認する。


さっきまで追いかける側だったというのに、いつの間にか追いかけられる側だ。


ーー人間一人抱えたまま、逃げられるか……


プラットはフェイに執着していた。

逃げればきっと追ってくるはずだ。


人一人抱えた状態で、動きの鈍くなっているフェイなど追いつくのはそう難しくない。


加えて相手はこの地帯を熟知している。


がむしゃらにただ進むしかないフェイとは違い、この地帯の進み方を知っているのだ。

フェイ達を先導していたときのように、不意に岩柱の側面から現れるかも知れない。


突然上から奇襲されたら……。


「……」


近くの岩も注視して、フェイはひた進む。


なるべく入り組んだ場所を。

開けた平地を避け、かつモンスターを見ればすぐに進路を変える。


今は戦闘はできない。

モンスターに襲われても逃げ切るのが難しい、最初から接触しないように避けなければ。


まるで犯罪者の如く、全方向に注意を配りながら進む。


「……ん?」


そんな最中、何故か身体の調子が良くなり始めていることに気付いた。


先程プラットの攻撃をもらった部分も、じわじわと痛みが引いている。


ーーなんか背中から妙な感覚が……


「……もう大丈夫よ。一人で歩けるわ」


と、そんなことを思っていたらリザが背中からひょいと降りて言った。


「何言ってんだ、まだ動いたらーー」


少し前まで立つのもやっとという状態だったリザが、まるで何事もなかったかのように立っている。


「お前、身体……」


「?」


ーー傷が、治っている。


破れた服の隙間から見える白い肌。

そこには直視し難い程に裂けた傷や、打ち身の青痣が痛々しく見えていたのだがそれが見当たらない。


リザを指さして唖然とするフェイに、リザはしばらくよくわかっていない顔をしていたが少ししてハッと何かに気づく。


「そういえば言ってなかったっけ? 私も能力持ちなの」


「いや、聞いてないぞっ」


この数ヶ月、一緒に旅をしてきたがそんな話は一度も聞いていない。


「だってここまでダメージを負うこともなかったから……」


そういってリザはフェイの肩に手を乗せる。


手が触れた部分からは形容し難いが身体の中に入って来ているのがわかった。

それはじんじんと鈍い痛みを訴えていた身体の節々に浸透していく。

痛みが、和らいでいく。


「私の能力はこうして、身体の傷の治りを早くすることができるの」


リザを背負っている時にやけに身体の調子が良くなっていたのはそういうわけか。


ぱっと手を離し、軽く身体を動かして見せるリザ。

どうやら本当に平気らしい。


「だから私ならもう大丈夫よ」


「まぁそれなら……」


だがそれでもまだ全快とはいかないだろう。

あまり無理はさせられない。

モンスターとの戦闘は避けるべきだ。


「それで、これからどうする気?」


「……どうしたもんかな」


プラットの変貌。

本当に魔王の呪いだとしたらとんでもなく厄介な呪いをかけられた。

質が悪いなんてもんじゃない。


「仮にあれが呪いだとして、時間が経てば治ってたりするか……?」


呪いが解ければプラットも元の状態に戻って、それからまた案内役を頼んで。

何もなかったようにもう一度……。


「無理でしょうね」


「……だよな」


さすがにそれは楽観的すぎるか。

毒を盛られたのであればなんとか街に戻って解毒薬でもなんでも持ってくれば良いが。


呪いとなればそうもいかない。

しかも魔王が掛けた呪いだ。


どうやって解呪すればいいのかわからない。


ーーまぁ即死の呪いとかじゃなくて良かったといえば良かったが


そもそもこの呪い、フェイに掛けられたものを解くのか。

それとも対象者だけ解くことができるのか、それすらもわからない。


わからないことが多すぎる。


「君、まだあの女を助ける気でいるの?」


そうやって考え込んでいるフェイを見て、信じられないとばかりに視線をやるリザ。


「それはそうだろ」


自分に掛けられた呪いのせいでおかしくなってしまったのだから。

そのまま放置して良い訳がない。


そう憤慨するフェイに対し、リザは、


「無理よ。諦めたほうが良い。さっきの人質のときとは違うわ」


「いや、同じだ。一緒にこの地帯を進んできた、同じパーティーの仲間だって言っただろ」


「そんな絵空事言ってたって仕方ないでしょ。呪いの解き方がわからないのは置いても、拘束することすらできずにこうして逃げてきてるじゃない」


「それは……」


リザが口にしているのはただの事実。


先の一戦。

プラットの能力に歯が立たず、防戦一方だった。

リザが光弾で不意打ちをしてくれなければ、あの時意識を刈り取られていたことだろう。


「でも考えれば、あの能力の弱点か何か見つかるかもしれない」


だがこのままプラットを放って逃げてしまうのは嫌だった。


「……じゃあその弱点がみつかるまでどうするの」


まるで意固地になる子供を諭すように、冷静に話すリザ。


実際、駄々をこねているようなものだ。


プラットとは街で案内役を頼んだだけの関係。


親しいわけではない。


人質に取られたときは、人を見捨てるということがしたくなかった。


だが、今回はプラット自身が危険人物となっている。


見捨てるのではなく、身に迫る危険から逃げている。


プラットがただ本性を隠していて、命を狙ってきているのなら何も思わない。


だがプラットがおかしくなってしまったのがフェイに掛けられた呪いのせいだ。


プラットは巻き込まれてしまっただけ。


原因は魔王だが、フェイのせいでもある。


だからみすみすほったらかしにしたくなかった。


「……」


だがいくら助けたくても、見捨てたくなくても。

今のままでは何もできない。

戻ってもまた同じようにやられ、逃げる羽目になる。

それはフェイにだってわかっている。


「街まで戻りましょう。立ち止まっていても仕方ないし、もし追いつかれたら今度こそマズイ」


だからこそ何も言えない。


リザが正しいことを言っているのはわかっているから、どれだけプラットを助けたいと思おうが。

そう言って歩き出すリザをフェイは止められなかった。

反論する内容がなかった。


ーー弱点……


せめてあの能力を攻略できそうな兆しがあれば……。


だが考えれば考えるほど、隙がないように思えてくる。


攻撃にも、防御にも使える汎用性の高い能力。


プラットが興奮状態に入ってからは攻撃の度に能力が使われていた為に、時間的制約や回数的な制約もなさそうだ。


永続的に使用し続けられるのなら、耐久戦には意味がない。


ならば防御面での使用……こちらの攻撃を工夫して一発叩き込む方法を探るしかないか。


無効化されたのはフェイの渾身の一撃だった。


あれが浅い切り傷程度にしかならないのだから、どれだけ力を込めて剣を振っても同じこと。


あるいは剣や拳なんかの攻撃だから駄目なのか。


そういえばリザの光弾は何度か食らっていた。


ーー熱なら効くのか? いや、でも周りを爆発させても無傷だった時もあったか


ならば光弾を食らった時とそうじゃない時の違いは何だ。


ーーもろに食らってたのは俺もプラットも巻き込んでた、最後の時の……


そうだ、あれはプラットの不意を突くタイミングで放たれた光弾だった。


逆に無効化されたときは、確か逃げる素振りも見せず……。


「っ」


すっと、頭の中で何かが繋がった感覚があった。


気付いていた。

プラットが無傷だった時、彼女は迫る光弾を認識していた。


プラットが攻撃に気付いていた時、光弾は無効化された。

プラットが気付いていない時、光弾は無効化されず奴は爆発に巻き込まれた。


ーーつまり


「ちょっと」


その時、前を歩いていたリザが振り返り、フェイの肩を揺らした。


「なんだよ、今ーー」


「見て」


顔を上げる。


いつの間にか、辺りは大きな岩に囲まれ、二人は自然が作り出した抜け道のような場所を潜るように進んでいた。


そしてその道の先、まるで隠されるようにしてできた空間に家があった。


人の手が加えられた、何かの植物を編み合わせて、組み合わせて作られた家だ。


家の側には集落で見たような畑がある。


人が暮らしている痕跡があった。


「まさか」


家の大きさはせいぜい数人が暮らせるかと言った程度。


おそらく、間違いない。


ここが予知の老人が暮らしている家だと直感した。


ーー


「誰かいないかー?」


入り口らしきところからフェイが声をかける。


すると、がたりと何かが落ちる音がした。


ーーいる


人の気配がある。


少しの静寂の後、恐る恐るといった様相で顔をのぞかせたのは白髪の老人だった。


「……誰じゃ」


険しい顔をしながら、警戒するように低い声でそう呟いた老人だったが、フェイ達の姿を見てその表情を和らげた。


「その格好……、旅人か?」


「あぁ、実はーー」


「なんじゃ、それならほら中に上がってけ」


フェイが口を開く前に、老人は愉快そうに笑って家の中に入るように促した。


「こんなところまでよう来たな、いやぁ人と話すのは何年ぶりか」


ほれほれと手招きする老人の勢いに負け、家の中へと入る二人。


通されたのは居間と思しき場所。


といっても下に草が敷き詰められているだけで、ほとんど地面だが。


「儂はチェスというもんじゃ」


とん、とん、とん、と握りこぶしを喉の下あたりで叩きながら老人はそう名乗った。


ーー今の仕草……


「リザ」


「フェイだ」


リザが名乗ったのに続く形でフェイも慌てて名乗る。


老人に座ってくれと促されるまま腰を下ろす。


少しゴツゴツとした凹凸を感じるが思いの外敷かれている草が柔らかかった。


「腹減っただろ、今丁度飯の支度をしてたんだ。ちょっと待っててくれな」


「え、いや俺達は」


老人は構わず奥の方へと行ってしまった。


「まぁ、少しゆっくりしてましょ」


リザはそう言って目を閉じてしまった。

なんだかんだ言って、身体はかなり疲れているのだろう。


その間、手持ち無沙汰なフェイはキョロキョロと家の中を眺める。


ひたすらにスッキリと物が少ない家だ。


否、少ないというよりは何もない。


隅の方にあるのは寝床だろうか、他の場所よりも多く草が敷かれている。


天井付近に存在する籠のような囲いの中に光を発している虫がふらふらと飛び回っている。


目につくのはその程度。


そしてとにかくこの家は静かだ。


物音がほとんどしないからか、寂しい雰囲気が漂っている。


ーーここに、一人で……


「待たせたのう。悪いがこれだけしかなくてな、おかわりは期待せんでくれ」


「あぁ、どうもーー」


老人が持ってきたのは黒く焼け焦げたような見た目の……。


ーーこれってまさか


「土モグラの丸焼きじゃ」


「おぉっ」


屋台で売っていた時にみたよりも少し焦げ気味だが確かに土モグラだ。


独特の獣臭が香る。


「いやー、今日は二匹も取れてな。久方ぶりに人が来た記念にちょっとばかしの贅沢じゃ」


にこにこと目尻にシワを作り、機嫌良さそうに話している。


だがそんな老人とは対称的にリザは露骨に顔を顰めた。


「ちょっとこれ、食べれるの」


フェイの耳元まで近づいてきたリザがコソコソと囁いてくる。


「そりゃもちろん」


老人が嬉しそうに、土を焼き固めた食器に土モグラを乗せて勧めてくる。


ほれほれ、存分に食えと話す老人の前では流石に断るわけにも行くまい。


目の前に出された強烈な見た目の料理にリザの顔が引きつる。


フェイは口元がにやけるのをこらえきれず、笑ってしまいそうな表情を必死に押さえつけた。


「そんな贅沢なものなら私は別に食べなくてもーー」


「いやぁ、いいんだいいんだ! お客人にくらいまともなもん食べてもらわにゃ」


善意という名の圧によってずい、と再び目の前に差し出された土モグラの皿。


さすがのリザも突っぱねる事もできずに、その端正な顔をひくひくとさせながら土モグラを凝視していた。


土モグラを食べ終え、皿を戻しに行った老人が戻ってくるのを待つ。


隣ではリザが空中の一点を見つめたまま固まってしまっていた。


全部食べきったようだが、食べている間は小さく呻きながら震えていた。


どうやら口には合わなかったらしい。


呆けているリザの表情なんて見るのは初めてだ。


その後、戻ってきた老人と料理の感想なんかを喋った後、頃合いを見てフェイは口を開いた。


「俺達少しあなたに聞きたいことがあるんだ」


「ん? なんじゃ?」


「カンダの街で少し噂を聞いたんだ。このでこぼこ地帯に予知の能力を持ってる人がいるって」


「噂……」


ぴくりと老人は眉を動かした。


「俺達はとある人、というか探してる奴がいるんだ。でもいくら探しても全く情報がなくて……」


フェイは改めて老人の顔をまっすぐに見つめ、


「もし噂が本当なら、その予知の能力で探してほしい」


「……」


老人はフェイが口を開いてから、少し雰囲気がおかしい。

目を閉じ、黙り込んでしまっている。


「あまり額はないけど、いくらか金も持ってきた」


「……金なんぞいらん」


短く、低い声。

先程まで土モグラの味の感想を事細かに聞いてきていた人物とは別人のようだ。


ーーなんだ、機嫌を損ねるような所あったか?


頼み方が気に入らなかった?

いやそれよりもしかしたら金よりも現物の方が良いのかも知れない。


それならどういう類の物が必要かを教えてもらって、もう一度来れば。


「そうか、そうだった。もう随分とこんな暮らしを続けているものだからすっかり忘れて追った。いや、単に鈍っていただけか……」


老人はフェイに応えるでもなく、ただ自分自身に言い聞かせるようにブツブツと何か呟き、


「お前たちが誰を探そうとしているのかは知らん。どんな思いでそいつを見つけようとしているのかも。だが、その頼みは聞けん」


「待ってくれ、何か別の物が必要ならそれを言ってくれればーー」


「違う。別に対価はいらない」


老人は立ち上がると、


「悪いが帰ってくれ。この力はもう使わないようにしてるんだ」


強い拒絶の意を顕にした老人へフェイは慌てて言い募る。


「待ってくれ! あの」


なんと言うべきか。

でも何か言わないと、


「魔王って知ってるか?」


「……」


咄嗟に出た言葉。

その突拍子もない単語に老人は怪訝に眉を潜めた。


勢いで話してしまったが、もはやここで止まることはできない。


「俺達はとある国からやってきた。半年ほど前にタートという国が魔王の襲撃に会ったんだ。モンスターの大群が攻め込んできて、かなりの人間が被害に逢った」


「何を……」


「俺はその被害に遭った国の王から使命を授かった勇者だ」


勇者というあまりに聞き慣れないであろう言葉に、態度を変えた老人も思わず目を丸くする。


「だが、魔王が現れたのは半年前の一度きり。それからは全く何の情報もない……。だから俺たちはあなたに魔王の情報を、魔王が今どこにいるか、どこに現れるかを予知してほしい」


フェイはその胸にある強い意志を訴える。


「次にまたどこかの国に突然現れるかも知れない。もしあらかじめどこに現れるかわかっていれば先回りして対応できる。仮に今どこにいるのかが分かればその場へ駆けつけて、魔王を倒すことができる」


この半年、欠片ほどの情報も見つからなかった。

誰に聞いても、どこを探しても手掛かりはなく、どこへ向かえば良いのかもわからない手探りの状態のまま旅を続けてきた。

勇者としての自覚なんてものはないが、いつ、どこかでまたあの襲撃があるかもしれない。

何も成果のない日々は良くない想像を助長させた。

そんな中でようやく現状を打破できる可能性を見つけたのだ。


「君はずっとその魔王を探していると?」


「あぁ」


「ここへ来たのもそれが目的で……」


見極めるようにフェイの姿を睨みつける老人。


そして老人は再び座り込んだ。


フェイの熱量、意思に感化されたのか老人は語りだす。

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