彼女の力は
「リザ!」
吹き飛んだリザはごろごろと地面を転がり、止まった。
四肢が力なくだらりと放り出され、動かない。
フェイの呼びかけにも答えない。
ぴくりとも、動かない。
「ふふ、よく飛びましたね。軽くて、小枝みたいです」
「お前っ!!」
カッと自分の頭に血が上るのを感じる。
足はすでにプラット目掛けて動き出していた。
「今は私とあなたの、二人の時間。あの人が介入してくる時じゃないんです」
振りかぶったフェイの剣を易易と受け止めながら、プラットは恍惚とした表情で呟いた。
「この、くそ!」
ギィン、ギィンと、音が響く。
何度剣を振ろうと、全て止められる。
右へ、左へ。
角度を変え、タイミングを変え。
それでも全て対応される。
攻撃が止められる。
ーーなんなんだ、この異常な力は……!
「ふふ、ふふふ!」
プラットは武器を叩きつけ合う間も、フェイの姿を眺めてはただ嬉しそうに笑っている。
喜々とした表情で、剣が壊れるのではないかという威力の一撃を放ちながら。
リザからの援護がなくなり、意識を絞れるようになったからかプラットの動きにキレが増し始めた。
血が上り、単調な攻撃を繰り返していたせいか剣を振り下ろす前に腕を止められ、逸らされ。
弄ぶように攻撃を止められる。
ーー落ち着け、冷静になれ
このままただ闇雲に攻めていても仕方がない。
力まかせの攻撃では駄目だ。
がむしゃらに剣を叩きつけたところでこいつには通用しない。
ならもっと手数を増やすべきか?
だがそれもおそらくは無駄。
単純な挙動の素早さでは向こうが勝る。
手数を増やそうと軽々対処してくるはず。
速く、そして一撃は強力……。
ーー反則だろ、くそ
ただ違和感がある。
あの細腕からあれだけ強力な一撃が放てるのは何故だ。
投擲した鉄杭も、ただ力まかせに投げたにしては破壊力が異常だ。
プラットの攻撃はどれか一つが驚異的なのではなく。
突き、蹴り、鉄杭による殴打、投擲、すべてにおいて異常なまでの威力を誇る。
もしや、これも魔王の呪いの恩恵なのか。
呪いに反応する者の力を底上げする、とか。
呪いに反応するものを強化して、俺を殺そうという呪いなのか?
ーーいや、そうじゃない
フェイは思考を巡らせ、頭を振る。
そんなわけのわからない呪い、聞いたこともない上にやり口が遠回しすぎる。
魔王と呼ばれる存在がそんな面倒なことをするか?
それにプラットの異常な力は彼女に異変が起きるまでにも何度か見た。
突き刺さった鉄杭をロープごと軽々と引き抜いた時。
あの時からこの尋常ではない力は存在していた。
彼女自身も違和感なく振る舞っていた事を考えれば呪いによって強化されたわけではなさそうだ。
ーー他に、考えられることと言えば……
ポポルとの戦闘の際、彼女はフェイが有利になるように動きフェイのサポートをするように戦っていた。
フェイが攻撃をいなされ、隙が生まれてもポポルの攻撃を……。
「っ!」
そうだ、プラットはポポルが攻撃する際や防御する際に
何かをして、ポポルが戦いづらい状況に追い込んでいた。
その何かとは、何だ。
魔道具でもない、その他武器でも、地形を利用したわけでもない。
考えられるのは一つ。
ーー能力持ち……
プラットは何か能力を持っている。
その能力によって戦いを有利に運んでいるのだ。
ーーこんな短期間に二度も能力持ちと戦うことになるとはな
フェイは能力持ちと戦った経験がない。
先のポポルとの戦いが初めてだ。
そのポポルとも能力を使った戦闘を行ったわけではない。
彼女は逃走の時に使っただけだ。
実質プラットとの戦いが能力持ちとの初めての戦闘。
「っぐ」
プラットが振るう鉄杭を弾く。
……重い。
能力持ちにはその能力ごとによって色んな制約や、発動条件などがあるらしいが詳しいことは知らない。
だがこの凄まじく重い一撃は彼女の能力によるものだと考えていいだろう。
ーーとなれば
彼女が繰り出す攻撃には、彼女の能力が関係している。
あの鉄杭の投擲。
彼女自身を強化する能力だとすれば、威力と速度が噛み合っていない。
投擲速度は速かったがフェイもリザも回避できている。
むしろあの威力が込められた鉄杭にしては少し遅いと言える。
「ふふ、真剣な顔をして何を考えているんですか?」
「さっきから、随分饒舌だなっ」
打ち合ってもこちらが不利だ。
プラットが振り回す鉄杭を紙一重で避けつつ、決定打を打つため隙を探す。
手数ではどうにもならない。
確実な一撃を食らわせるまで回避し続け、耐える。
「当たり前じゃないですか、やっと二人きりになれたんです。少し前まで考えもしなかった、こうして話しているだけで、私の胸がきゅっと締め付けられてっ」
プラットの攻撃の回転数が上がる。
「私、あなたにもっと知ってほしいんです。私のことを、私のすべてを!」
回避した地面が、その強固な岩盤がばらばらに砕け散る。
破片がフェイを襲い、防ぎきれなかった一部が身体の表面を裂く。
「これは、どうですか? これは? 痛いですか?」
自分で発する言葉によって興奮し始めるプラット。
言葉通り、フェイに自身の強さを見せつけるように力強い攻撃を繰り返す。
「もっと速く、もっと鋭く振れるんです。ほら見て下さい! もっと、こっちを見て!」
しかし攻撃のキレは増したが、回避はしやすくなった。
興奮したことでやや意識が散っている。
威力は増したが、動きが単調になっている。
単調な攻撃には隙が、生まれる。
「ーー食らえ」
剣を振った。
鉄杭をギリギリのところで回避し、地面を砕く破片で身体を傷つけながらも一瞬のタイミングを見計らって。
プラットが鉄杭を引く動きに合わせて、空いた脇の部分へ剣を滑り込ませる。
剣閃が一つ、プラットを捉えた。
入ったとフェイは確信した。
剣がプラットの服を裂き、肉に食い込む手応え。
なのに。
「ーーなんで……」
剣はそこで止まった。
何かに挟み込まれたわけでも、プラットが強固な防具を仕込んでいたわけでもない。
何に阻まれるでもなく横腹から入った剣は、肌を薄く裂いたところでその勢いを失った。
「あははっ、どうですか、どうですか?」
呆けた顔を晒すフェイの視界がブレる。
鉄杭が僅かに見えたと思った次の瞬間には、激しく身体を吹き飛ばされていた。
「もう、痛いじゃないですか……」
脇をさすりながら、不敵な笑みを浮かべるプラット。
「げほっ、くそ……」
吐血するように息を吐き出し、目に涙を滲ませながら近づいてくるプラットを睨む。
確実に入った。
力を抜いたわけじゃない、踏み込みもしっかりしていた。
浅くない傷を負わせたはずだった。
ーーありえない
両断するまでは行かないにしても、肌に食い込む程度で止まる威力の一撃ではないはずだ。
ーーそうだ、今の威力で防がれるわけが……。
「……」
いや、違う。
剣は防がれたのではなく、
威力が殺されていたのだ。
俺の剣の威力を。
「ーーっ!」
はっと、気付いた。
ポポルの時もそうだった。
ポポルとの戦闘の際も、ポポルの攻撃がフェイに当たったときに同じような状態になった。
あの時、ポポルも驚愕の表情と共に納得の言っていないような怪訝な視線をプラットへと送っていた。
プラットが何をしているのか、あの瞬間にはわからなかったが……。
会心の一撃の威力を殺し。
衝突する鉄杭の破壊力。
そしてこれまでのプラットの攻撃、あの異常なまでの威力。
それらに関係する能力……。
「……衝撃を操れるのか?」
攻撃の瞬間、接触した瞬間に起きる衝撃の強さを意図的に増やしたり、減らしたりする。
これが、プラットの能力……。
推測に過ぎないが、これなら説明がつく。
だが問題は……。
「その顔……もしかしてわかってしまいましたか?」
「なんとなくだがな」
「ふふ、じゃあ答え合わせでもしましょうか」
凄惨な笑みを浮かべて、プラットが突っ込んできた。
動きに合わせて、フェイも剣を構える。
そのまま互いに武器を合わせ、
「っ」
衝撃に耐えきれず、フェイが大きく仰け反った。
ーー対応策がないって、ことだ
能力の予想は着いた。
だがもし衝撃を操る能力だとして、何をすればいい。
どこを攻めれば……。
「ふふ、どうしました? 何か気付いたんじゃなかったんですか?」
渾身の攻撃は威力を殺され、ほぼ無効化される。
攻撃を受けようとすれば威力の増幅された一撃で剣を弾かれ、押し負ける。
ーーどうしろってんだ、これ
打ち合うのはやはり下策。
とにかく回避し続けて……なんとか打開策を。
「……逃げてばかり、そんな避けてばっかりじゃっ」
プラットの猛攻が勢いを増した。
こちらに手札がないと悟ったらしい。
一層距離を詰めてくる。
鉄杭を躱し、蹴りを躱し、
「これだけ近づいたら、どうですかっ?」
腹に突きが刺さった。
臓物を強引に押し出されるような衝撃。
視界が明滅し、世界が一瞬止まったかのように錯覚する。
「ほら、ほら、どうです? 痛い? 痛いですか?」
僅かに動きの止まったフェイへ畳み掛けるプラット。
ーー駄目だ、近づかれたら
懐まで潜り込まれたら避けられない。
食らったのが素手の一撃だったのが幸いしたが、鉄杭の殴打でも食らったら一瞬で意識を持っていかれる。
ーー避けろ、避けろ
全神経を集中させ、迫る攻撃を避け続ける。
さっきもらった一発のせいか、足が重い、身体のキレが悪い。
それでも決定的な一撃だけは貰わず、死にものぐるいで躱す。
とにかく懐へ近づけないよう後退し続ける。
ーー何か弱点は……。
必死の攻防の中、なんとか活路を見出そうとするが見つからない。
プラットの動きは今の所単純だ。
フェイが避けようと絶えず攻撃を繰り出し。
躱されても躱されても攻め続ける。
小細工なしの正面きっての戦闘スタイル。
だからこそつけ込む隙がない。
ーー何か、何かないか……
息が上がる。
常に致命打の可能性を秘めた一発を避け続けることで、神経がすり減っていく。
攻め続けているプラットも息は上がっているが、興奮状態のせいか疲れている気配はない。
攻撃が、止まらない。
「ふふ、気を失っても私が街まで連れて行って上げますから、安心してください」
防げない。
「そしたら、小さな家でも借りて……、それから楽しい楽しい二人暮らしの始まりです」
苦し紛れに振るった剣も鉄杭との衝突で弾かれ、
「楽しみですね、ふふふふ。では」
フェイよりも早く鉄杭を構え直したプラットが目の前に迫って。
「おやすみなさいっ」
目の前が真っ白に染まったーー。
「ああああ!」
予想していた衝撃が来ない、痛みも。
感じたのは熱。
真っ白に染まった視界の中で焼けるような熱さを感じた。
咄嗟に目を閉じ、何も見えない中でプラットの悲鳴だけが聞こえる。
ーーこれは
爆発が起きた。
衝撃波に巻き込まれ、後方に吹き飛ばされる。
硬い地面を転がった。
あちこちがひりひりと火傷を負い、擦りむいた部分が痛みを発する……だが。
ーー助かった。
今、爆発が起きなければ確実に致命打をもらっていた。
「悪かったわね、巻き込んじゃって」
起き上がり、不敵な笑みを浮かべるのはもちろん。
「リザ……! 良かった、生きてたか」
「……あれくらいじゃ死なないわ」
言いつつもダメージ事態は残っているようで、足取りはふらふらとおぼつかない。
それどころか、構えていた魔道具を持つのでやっという状態だった。
「あの女ぁ。まだ生きていましたか……。こんな目くらまし程度でーー」
閃光と爆発をもろに食らったらしく。
プラットはまだこちらの様子に気付いていない。
「……っ」
それを見て、フェイはリザに駆け寄り、
「一旦撤退だ」
「え?」
「ひとまず逃げるぞっ」
戦況を見て、フェイが選択した判断は撤退だった。
変貌したプラットを放置するのは気が引ける。
人質になった時も見捨てることなく助けようとした、一時的でもパーティメンバーだからと。
そんな彼女からこうして逃げてしまうのは、勇者としてあるまじき、情けない選択なのかも知れない。
だがこのまま戦っていてもフェイは負ける。
意識を失えば、リザは殺されるだろう。
だから、逃げる。
動きの鈍いリザを背負い、プラットが悶え苦しんでいる内にフェイは走り出した。
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