魔王の呪い
「くそっ、やらなきゃいけねぇのか」
リザに襲いかかるプラットを見てためらいがちに剣を握るフェイ。
しかし未だ気持ちは切り替えられていない。
「ちょっと待っててくださいフェイさん。すぐ片しちゃいますから」
何故かプラットはリザばかりを敵視している。
その言動は豹変してからずっと、フェイにだけ好意的だ。
リザはプラットの振りかざす鉄杭を上手く避けながら、取り出した魔道具を構える。
「ふざけたこと、言ってんなっ」
しかしプラットはリザが攻撃する隙を与えない。
魔道具を発動させようとするリザへ絶え間なく攻撃を繰り返す。
「ぐっ」
「遠距離の魔道具で私を相手しようなんて」
プラットの足払いにかかり、リザの態勢が崩れる。
「笑っちゃいます!」
プラットの腕が高速で振り抜かれる。
ガン、と硬質な音が響いた。
「なんで、かばうんですか?」
不機嫌そうなプラットの声。
リザの前へと割り込んだフェイが、鉄杭を受け止めていた。
「お前がなにを言ってるか、正直よくわかんねぇ。だがリザを狙うんなら、お前は俺の敵だ」
柄を握りしめながら受け止めた鉄杭をぐっと押し込む。
「……」
プラットの目が据わる。
「はぁ」
ギィン、と金属音が響くと共にフェイの剣が弾かれた。
「なら力づくですね。フェイさんがわかってくれるように私が身体に教え込んであげます」
ーーなんだ、この力……!?
そこまでたやすく弾かれるほど手は抜いていない。
それどころか、かなり力を込めて押し込んでいたはず。
それなのにプラットが少し鉄杭を引き、叩きつけてきただけで……。
リザと共に一歩後退するフェイ。
手は衝撃で痺れていた。
「君、その光は……?」
驚愕しているフェイにリザが声をかける。
「……光? なんだこれ?」
リザの視線の先。
フェイの左肩が発光していた。
何か紋様のようなものが浮かび上がっている。
見たことのない、複雑な線が絡み合った陣のような紋様。
紋様事態は見たことがないが、その光には見覚えがあった。
ーーあの時の……
それは魔王にかざされた光と酷似していた。
あの時と全く同じ光が自分の身体から発せられている。
何故、と思考するフェイ。
こんな紋様が自分の肩に浮かび上がっていること、何故戦闘中に急に発光しだしたのか。
「……また、そうやってっ!」
会話に割り込むようにプラットが突っ込んでくる。
上からの振り下ろし。
少し引き気味に剣を合わせ、衝突と同時に勢いを流す。
光がまた強く輝く。
ーーまさか
光はプラットに強い反応を示していた。
プラットが豹変した原因。
何か理由があるとしたら、もしかして。
「リザ!」
声と同時に光弾が着弾。
小爆発がプラットを足止めする。
その隙に再び距離を取る。
「もしかしたらプラットが豹変したのは魔王が関係してるかもしれない」
「どういうこと……」
「この光、俺が魔王に食らったものと一緒だ」
あの時、フェイが魔王に斬りかかろうとした時にかざされた光。
今まで身体に何も異常がなかったから目くらましか何かだと思っていた。
だが、豹変したプラットと同時に発光し。
プラットへ強い反応を見せているということは無関係であるはずがない。
「何か、呪いをかけられたのかもしれない」
「呪いって何の」
「なんのって」
フェイに掛けられた呪い。
その呪いのせいでプラットがおかしくなったとしたら。
今までのプラットの言動。
やたらフェイに好意的で、そばに近寄るリザを排除しようとしている。
となれば考えられるのは……。
「……恋の呪い、的な?」
「言ってて恥ずかしくない?」
「っ」
しらっとした視線をリザに向けられて、顔が熱くなる。
「何の呪いかなんて知らねぇよ! でも間違いなくこの呪いのせいでプラットはおかしくなってる」
確信めいたものがあった。
となれば、プラットは敵ではない。
呪いの影響を受けて錯乱しているだけだ。
「だから?」
「殺しちゃ駄目だ」
つまりはそういうこと。
先程からめちゃくちゃに殺気を放っているリザへの忠告。
「あっちは完全に殺る気だけど」
「俺らは勇者パーティー、呪われた人がいたなら助けなきゃ」
「確実に君のせいで呪われてるのに……、自作自演じゃない?」
「まぁそう言わないでくれ」
土煙が晴れる。
プラットが鋭い目つきでこちらを睨みつけていた。
「呪いの解き方はわかるの?」
「さっぱり」
答えるとリザがため息をついた。
しかしフェイとしてもこんなのは想定外だ。
対処方法なんてわからない。
「じゃあ元に戻らないかもしれないじゃない」
「それは、なんとかやってみないと」
二人が話しているのを見て更に眼光を鋭くしたプラットが動く。
「とりあえず気絶させよう、話はそれからだっ」
迎え撃つように駆けるフェイは剣を構え、勢いよく上から振り下ろした。
ーーーー
プラットが構えるのは移動の時に使っていた鉄の杭。
ポポルを追跡している時にも武器として使っていたように普段から戦う時に使用しているのだろう。
背に背負った巨大な背嚢は地面に下ろし、あの部族達のように歪な地形だろうと関係なしに動き回る。
ーー速い
護衛として鍛えられた足腰は戦闘においても能力を発揮している。
フェイが前衛、リザが後衛に回り、互いに位置を把握しながら戦う。
プラットは距離を詰めてくるのが速い。
手に持った鉄杭を握りしめ、近接戦へ持ち込むために。
「はぁぁぁ!」
気絶させるのが目的だが相手も武器を持っている。
峰打ちは身体に直撃させる時以外はなしだ。
ーーそれにしても……
全力で振り下ろした一閃をプラットは難なく受け止めてくる。
鉄杭ごと叩き斬るつもりの一撃だが、プラットは上手く身体を使い鉄杭が斬れないように、かつ受け損ねないように絶妙に防いでくる。
ポポルとの戦闘のときにも思ったが、案内役や護衛の仕事をこなすには必要なのか戦闘能力が高い。
ポポルもプラットもフェイの一閃をたやすく受け止めたが、その辺の野盗なら受け止めることすらできずに終わる威力だ。
これまでこうも易易と自分の一撃が止められる経験はなかった。
ーー世の中広いってことだなっ
それでも力の面ではフェイが勝る。
押し付けた剣に力を込め、体重を駆けると途端にプラットの身体は後退していく。
そして一度距離を取ろうとフェイと離れれば、
「っ」
完璧なタイミングでリザからの光弾がリザを襲う。
光弾は一、二発食らったところで致命傷には至らないが、その熱や着弾時の爆発は無視することもできない絶妙な威力を持っている。
「遠くからチマチマと面倒ですね」
鬱陶しそうに光弾を避けながら、再度プラットが突っ込んでくる。
一、二回左右にステップを踏んでからの、速度を生かしての突撃。
光弾を避けながらだというのに、キレがある。
踏み込んでからフェイの目の前までまるで瞬間移動でもしているかのよう。
「っく」
そしてこの重さ。
力で勝っているはずのフェイの攻撃と拮抗する一撃。
全身を使っての攻撃によってそれだけの威力を乗せているのだろう。
だが、
ーー一度受け止めてしまえば
一歩踏み込み、鉄杭を弾き飛ばすつもりで上への薙ぎ払い。
二人同時に態勢が崩れる。
動き出しはプラットが早い。
一拍遅れながらフェイは身体をひねる。
例えプラットが先に攻撃しようと受け流し、そのまま反撃の蹴りを叩き込む。
迫りくる拳をいなすために腕を交差させる。
助走のない突き程度でフェイは倒せない。
そうして攻撃を受け止めてから、反撃に移ろうとーー。
「ーーっが」
突きが腕に当たった瞬間。
まるで大砲でも打ち込まれたかのような衝撃がフェイを襲った。
交差した腕ごと身体がふっ飛ばされ、宙を舞う。
ーーなんだ!?
腕に走る強烈な痛み。
そのまま着地したフェイへ向けてすぐさまプラットが近づいてくる。
「どうしましたっ?」
両手に持った鉄杭を横から振りかぶるプラット。
迎え撃つべく、フェイも逆方向から剣を振り抜く。
ギィン、と硬質な音が響き。
「っ、腕が……」
一方的にフェイの剣が弾き飛ばされる。
思い切り柄を握りしめていた為に、腕は剣に引っ張らればんざいでもするような態勢に。
「お腹が、がら空きですよ!」
ーーまずいっ
致命的な隙だった。
剣を引き戻すよりも早く、プラットがフェイの懐へとーー。
閃光が走った。
横から光線が飛び、フェイの懐へ潜り込む寸前のプラットまで一直線に伸びた。
「っ、ほんっと邪魔ですね!」
しかし超反応を見せたプラットは鉄杭を盾にして直撃を回避。
軌道をずらし、脇の辺りを焼き焦がす程度に収めた。
「助かった」
フェイの礼に片手を上げて答えるリザ。
ーー今のは……
到底ありえない威力だった。
何か魔道具を使った気配もない。
ただ突然、プラットの攻撃が重くなった。
何をされたかわからない。
「くそっ」
再度接近。
今度は跳ね返されないように鋭く、力強く剣を振るう。
だが、
「ふふふっ」
フェイの攻撃がすべて、正面から弾かれる。
ガードは崩され、打ち合いでは力負けし押し込まれる。
ただの蹴りや突きに尋常でない威力がこもっている。
そんなフェイをあざ笑うように微笑みながら、プラットの攻めは止まらない。
「ほら、そんなんじゃ駄目ですよっ」
繰り出される速度は変わっていない、それなのに。
「ぐっ、おぉぉ」
鉄杭と剣が衝突する瞬間。
突き出された拳が身体に当たる瞬間。
想定している何倍もの衝撃が襲いかかってくる。
受け止めるのを諦め、回避に専念しようとするも速度ではプラットに分がある。
ーーこのままじゃヤバいっ
たまらず大きく後退するフェイ。
跳躍し、距離を取った瞬間に何かが飛来する。
ーーこれは、鉄杭!?
それは先程までプラットが手にしていた鉄杭だった。
離れることは許さないとばかりに、矢のような速度で迫ってきている。
だがこれは好機になりうるかもしれない。
自ら武器を放り投げたのだ、これを弾けば奴は素手のみになる。
ーー焦ったな
着地と同時、目の前に迫る鉄杭を下から斬り上げようとしてーー。
ーー背筋に悪寒が走った。
直感で構えを解き、横へ倒れ込む。
そのまま後方へ飛んでいった鉄杭はそびえたつ岩へと衝突した。
轟音と共に頭上まであった岩がひび割れ、崩れ落ちる。
ーー嘘だろ
たかが鉄杭一本投げた程度で、岩の壁が全壊した。
またしても想定していた威力とは違う一撃。
今のをもし、防ぎそこねていたら……。
「どうなってんだ……?」
違和感では済まされない。
プラットが直接攻撃するならまだしも、投擲した武器があそこまでの破壊をもたらすのはどう考えてもおかしい。
魔道具でも、特殊な武器でもないただの鉄杭。
細長い鉄の塊を放った程度であの大きさの岩が壊れるわけがない。
と、フェイが思考している最中、再び閃光が走る。
プラットの頭上へ飛び、そして弾けた。
光の玉が豪雨のようにプラットへと降り注ぐ。
プラットを捕らえる鳥かごのように周囲を覆い、逃げ場を無くす。
「芸がないですね」
ほぅ、と呆れたようにため息を吐くプラット。
何故か避ける素振りすら取らない。
光弾は立ち止まるプラット目掛けて落ちていき、爆発。
周囲に展開されていた光弾も次々に爆発していく。
訪れる静寂。
しかし音が止み、爆発が終わってもなおプラットは無傷で立っていた。
ーーどんなカラクリだ?
今の爆発、防御も回避もなしに無傷で済むわけがない。
間違いなくプラットには隠し種がある。
それを見極めなくては……。
「私とフェイさんの戦いに茶々を入れて……、面倒です。先にあなたからやってしまいますか」
ーーまずいっ
標的がリザに切り替わった。
プラットがリザに向き直り、疾走し始める。
手にはいつの間に取り出したのか、鉄杭が握られている。
リザも接近戦はできる。
パーティを組んですぐ、大型のモンスターすら倒して見せたのをフェイは見ている。
だが、相手はフェイの膂力を上回る一撃を持っている。
「……焼きころしてあげる」
接近してくるプラットに向け魔道具を構えるリザ。
光が収束し、プラットへ照準を合わせる。
「いけ」
放たれたのは大粒の光。
先程までとは大きさが、質が違う。
光に密度なんてものがあるのかは知らないが。
ひと目見てフェイの補助をしていた時のものとは攻撃の種類が違うのがわかった。
正確無比にプラットを狙う光弾は不可思議な軌道を描き、吸い込まれるようにプラットを追尾する。
放たれた光弾をプラットは鉄杭を振るい、かき消していく。
一発、二発とその巨大な光の玉の中心を的確に撃ち抜いて。
光弾は爆発する前にかき消され、粒子になって散っていく。
「ちっ」
それでも対処しきれぬ光弾が足を焼き、腕を掠め。
ーー爆発。
捌いてみろとばかりに打ち出される光弾の数はプラットが近づくごとに増えていく。
ヒィィィンと、特徴的な音を奏でながら光弾を打ち出す魔道具。
絶え間ない弾幕に徐々にプラットも対応しきれなくなり、直撃が増えていく。
光に込められた熱はあのポポルの能力程ではない。
しかしこの数。
無数に打ち出される光弾に当たり続け、プラットの服はボロボロと焼き焦げ、露出した肌も相応に火傷している。
「…………」
プラットの足が止まる。
そして同時に魔道具に収束していた光も消えた。
ぐらりとプラットが崩れ落ちる。
前のめりに身体が倒れ、
「しっ」
素早く足を前に出して支え、倒れ込む寸前の姿勢のまま鉄杭を投擲した。
油断を誘っての攻撃。
プラットは光弾を喰らいながらも前進を続けていた、リザとの距離はすでに投擲の射程内に入っている。
魔道具の再発動は間に合わない。
風切り音と共に鉄杭が迫る。
「ーーっ」
リザの判断は早かった。
迫る鉄杭を見て防御を捨て、回避を選んだ。
その動き出しの速さ。
プラットの態勢が崩れたことへの油断など微塵もしていなかったのがわかる。
先のフェイと同じように転がるようにして鉄杭の軌道から逃れる。
衝突時の威力は尋常ではない、ガードは無意味だ。
だが避けてしまえばそれで終わり。
リザは再び魔道具を発動させようと起き上がり、
「死んでください」
瞬く間に距離を詰めたプラットの蹴りをくらい、吹き飛んだ。
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