異変

ポポルを取り逃がした。

爆炎に紛れて消えた彼女は周囲を捜索しても見つからなかった。


男たちは奴が逃げる際の熱で火傷を負い、追跡は諦めざるを得なかった。


「はぁ、上手くいかねぇな……」


せっかくの情報源だったというのに。


だがそれでも得られる情報はあった。

魔王を仰ぎ、その配下となる存在がいること。


魔王を上に置き、生きやすい世界を作る。

そう口にしたポポルの口調からすると奴らは組織として動いている。

名前もその構成人数もわからないが、そんな目的で動いている人間が複数いることがわかったのは大きい。


魔王をリーダーに動くのならば、奴らの情報を得ることが魔王へ近づく近道になる。


もしもポポルを捉えることができていたら、手がかりどころか奴らの根城まで丸々わかっただろうことは置いておく。


言っても仕方ない。


ポポルは強かった。

もしあの能力を最初から使われていたら男連中もこうして無事では済まず、死傷者だって出ていたはずだ。

おそらくポポルは生け捕りにこだわったが故に能力を制限して戦っていたのだろう。

それであの強さ、そしてあの強さの構成員が何人もいるとなると……。


ーーこっちも力を付けないとな


魔王だけ倒せば良い。

そう思っていたが考えてみれば魔王に配下がいることなんて容易に想像がつく。


しかし力をつけるか、何をするのが一番の近道だろうか。

あまり当てならないかも知れないがリザに話を聞いてみるか。

あれで相当の実力者、何か良い案があるかもしれない。


悩みの種が増えた事に頭を抱えつつも、フェイは簡単な治療を終えた部族の男連中に声を掛け、歩き出す。


男たちは肩を落とすフェイのことなど気にもせず、ポポルを逃したことに憤慨し。

そして仲間が無事だったことを喜んだ。


この部族の連中の頭にあるのは仲間、そして仲間以外の敵。

一時的に同じパーティーとして行動しているものの、こちらを慮る気配はさらさらない。


ーー全く勝手な奴らだ


それでもなんだかんだで攫われた連中は助けた、これで奴らも文句はないだろう。


「……」


部族連中の傍らではプラットが目を閉じたまま、荒い呼吸を整えようとしている。


プラットも少し調子が悪いようだし、早くリザを助けに戻ろう。


ーー


「おぉ、おぉ! よく、よく戻った!!」


集落に戻るとリザを連れて行った男が待っていた。

男はフェイの姿を見て眉を潜め、その後ろの仲間たちを見て表情を明るくした


男はフェイを睨めつけていた人物とは思えないほど破顔し、声を震わせて喜んでいた。


騒ぎを聞きつけて集落の家から続々と部族の者たちが集まってくる。


ざわめきが伝播し、戻ってきた仲間の無事を全員で共有する。


仲間意識、この環境で生きる彼らにとってそれはフェイ達には推し量れないほど重要な絆なのだろう。

外から見ているだけだが、皆一様に浮かべる歓喜の表情を見てそう思った。


ひとしきり騒ぎが落ち着いたところでフェイが口を開く。


「約束通り、攫われた連中は助けた。早くリザを返してもらおうか」


そこでフェイの存在を思い出したとばかりにリーダーの男がフェイに向き直る。


「確かに誘拐犯は貴様らではなかったらしい」


男が近くの者に声を掛け、しばらくして開放されたリザがこちらへ歩いてくる。


「ご苦労だったな」


そう言って立ち去ろうとする男に、


「ふざけんじゃねぇ! 人質まで取って置いてそれで済ませる気か?」


思わず声が荒くなった。

感謝どころか、謝罪の声すらないとはどういう了見か。

フェイが男を睨みつけると、


「済ませる気か、と言われてもな」


肩をすくめる仕草が鼻につく。

カッと身体の中から何かがこみ上げてきている感覚。


こいつぶった斬ってやろうか……。


そんなフェイの苛立ちを敏感に察知したのはリザ。


「無駄よ。そいつらに何言ったって」


「無駄ってお前っ」


「感謝の気持ちなんて欠片もないわよ。そんなやつから形だけ感謝されたってしょうがないでしょ」


「でもお前、人質にまでされて……」


この態度だ、攫われた奴らを連れ帰ってなければこいつらがリザにどんなことをしていたか。


勇者は人を救う存在だ。

困っている人を救い、感謝される。

だが、感謝されなくたって人を助けるものだ。

物語の勇者というのはそういう存在。


だがこれはそういったものとは違う。

人質を取られ、脅迫された。

感謝されなくても良いとか、そういう話ではない。


確かにリザの言う通り、形だけ感謝されたところでこの胸のもやもやは晴れないだろう。

だが、それでも黙って立ち去るなんてフェイにはできなかった。


仲間に手を出されたのだ、人質を開放したからよし解決だ、では気が収まらない。


「はぁ……、怪我なんてしてないし、何をそんなにムキになってるの?」


「別にムキになってるわけじゃ」


一番被害を被ったはずのリザにたしなめられるような形になって、フェイの頭も少し冷静になってきた。


これは、ムキになっていたのだろうか。


だがここで何も言わずに立ち去るのが賢いやり方なんて言われても、納得はいかない。


「……あなた」


悶々としているフェイの様子を見て、リザがリーダーの男に言う。


「このでこぼこ地帯に予知の老人がいるという話は聞いたことある?」


「予知の老人?」


「私達はこの地帯に住んでいる老人に用があるの、見覚えとかはない?」


リザの問いに男は少し考え込む素振りを見せた。


「昔、大樹から遠ざかるように走っていく男を見た。それなりに歳は取っていたが老人ではない」


「大樹から遠ざかっていった、ね」


「それらしい人物を見たのはそれくらいだ。他は大量の荷を持った商人らしきやつらしか通らないからな」


リーダーの男はそれだけ言って立ち去っていった。


「これで、少しは満足?」


からかうように話すリザ。

情報は聞き出したからと、そう言いたいのだろうが。


「満足はしてねぇけど……」


辺境の部族。

仲間意識が強く、外の者には威圧的な態度を取る。


そんな連中に感謝だの謝罪だのを求めるほうがズレているのか。


気分はスッキリしないが、そうしていても埒が明かないか。


「すぅーーーー、ふっ」


大きく息を吸って深呼吸。

中々気持ちは切り替わらないが、少しでもマシに慣ればと何度か繰り返す。


「じゃあ、行くか」


大樹から遠ざかっていったという話だったが、その人物が探している老人だった場合何故遠ざかって行ったのか。

大樹の回りはモンスターが多かった。

老人はよくわからない組織に追われてこの地帯に入り込んだと、街のやつが言っていた。


なら彼はモンスターと戦えるほど強いわけではなく、モンスターから逃げようとしていたのかもしれない。


となれば彼が居を構えるのはモンスターが少ない所。


「元々老人がいそうだと思ってた場所ってーー」


プラットへ話しかけたが、彼女は虚空を見つめてボーッとしていた。


「プラット?」


もう一度話しかけて、ようやくフェイに気付いた。


「すいません……」


「少し休むか?」


思っていたより調子が悪いのか。

プラットの反応はやや鈍い。


「大丈夫です。行きましょう」


しかし彼女は大丈夫だと言い張り、先を歩き始めてしまった。


「……」


呼吸が荒い。

だが足取りはしっかりしている。


少し進んでダメそうなら休める場所を探そう。


ーー


「で、結局老人の家に着いては何か情報はなかったの? 結構色々探し回ったんでしょ?」


歩いている間、こちら側で得た情報をリザに共有する。


「まぁ探し回ったって言っても誘拐犯の手がかりを見つけるのに躍起になってたから、何も……」


正直、それどころではなかった。

頭の中に老人について何か見つけようなんて欠片もなかった。


「代わりに魔王について何か知っている奴には会った」


「魔王に?」


「まぁ、本人の話だけだから証拠とかはないけど」


それでもあの強さ、妄言を垂れ流しているわけではないとフェイは思う。


「今から追っかけたらその辺にいないかしらね?」


「そこそこ手傷は負わせたが、あの分だと厳しいだろうな」


「そもそも四対一だったわけでしょ? そんなに強かったの」


「まぁ……能力持ちでな」


実際能力を使ったのは逃げる寸前だからあまり関係ないのだが、追求されると恥ずかしいので黙っておく。


「生きやすい世界を作るとかなんとかって」


「生きやすい世界ね……魔王が一体私達に何をしてくれるのかしら。その子騙されてるんじゃない?」


「さぁな、少し話しただけだらか詳しいことは何も」


ふぅんと相づちを打つリザ。


「何にせよ、今は当初の目的どおりに予知老人の家を探さなきゃな。変な奴らのせいで時間喰っちまったし」


そんな調子で話していると、二人の前方を歩いていたプラットが立ち止まっていた。


「……どうしたんだ?」


プラットは息を荒くしながら、振り返りその場にうずくまった。


「お、おい!」


大丈夫かと慌てて近寄ろうとするフェイ。


「待って、なにか」


しかしリザがそれを止める。

何故リザが止めるのか理解ができず、リザの方へとフェイが向き直った瞬間。


「っ!?」


フェイのすぐ隣をものすごい勢いで何かが通り過ぎた。

同時に、今そこにいたはずのリザの姿が忽然と消えている。


ーー何が……


声に漏らす間もなく、通り過ぎていった何かのあとを視線で追う。


「リザ!」


目に入ったのは後ろにあった砂柱に、激しく叩きつけられた状態で倒れているリザの姿だった。


何が起こった。


一瞬目を話した隙にリザが攻撃された。


「……何を、やってる」


それをやった犯人。

今、この場にいる人間は三人しかいない。

リザが攻撃され、フェイが目撃した、となれば残っているのは当然……。


「私、思ってたんです。なんであなた達二人がそんな親しげに話しているんだろうって」


リザを吹き飛ばした張本人。

プラットはどこか陶酔したような表情でフェイへと話しかける。


一体どうしたのか、問いかけるのも憚られるほど異常な様子だった。

その声音、雰囲気、唐突にまるで別人になってしまったかのような。


「初めてあなたを見たときから、身体のなかに何かがあって。それがどんどんどんどん、熱くなるんです」


自らの身体を掻き抱いて、プラットは興奮状態で話し続ける。


「私、あなたにもっと私を知ってほしいんです。もっと頼ってほしくて、聞いてほしくて。でもあなたはやけにその女を気にしてるから。私、わかるんです。なんででしょうね、妙に身体が冴えて……、だから!」


何が言いたいのか、わからない。

言葉の内容は内から溢れ出る感情をそのまま口にしているせいかめちゃくちゃで、しかしその熱は困ったことにどんどんとその温度を増しているように見える。


ーー別人、なわけない。まさかあいつらの……


「あはははははは、すごく気分がいいですね。なんででしょう、ふふ、あははは!」


狂ったように笑うプラット。

頬は赤く、高揚しているのがわかる。


「お前、もしかしてあのポポルとかいう女の仲間なのか?」


「? 何を言ってるんです? どうしちゃったんですか、フェイさん」


「何をも何も、何故リザを襲った」


見開いた目、言動。

もはや完全に別人と化している。

街で見かけたらこんな奴には絶対に近づかない。


仮に奴らの仲間だとすれば、何故ここで急に襲ってきた。

あの時、ポポルがいた瞬間ににフェイの味方をしていた理由がわからない。

奴と共闘されていれば部族の連中とともに今頃簀巻きにでもされてどこぞに攫われていただろう。


「気に入らないから、以外の答えって何かありますか?」


「答えになってない」


「私がフェイさんの隣を歩くのに、私がフェイさんと話すのに、私がフェイさんと過ごすのに邪魔だなって思って、だから今のうちに殺しておこうかなって思ったんですけど」


どうも噛み合っていないやり取り。


「……お前、俺達の敵か?」


「敵って、なんでそんなに悲しいことを言うんですか? 私はただあなたに、この胸の内を知ってほしくて、それで」


ポポル達の仲間……ではないのか。

だとしたら、なぜ突然豹変した?

案内をしていた時の彼女ではなく、今の状態が本性だった?


いや、そんなわけない。

フェイには目の前にいる狂人がプラットの本性だとは思えない。


「ちょっと黙ってなさいよ、芋女」


ぱらぱらと砂を落としながら、リザが立ち上がる。

その目にあるのは怒り。


敵意丸出しの姿を見て、プラットが、


「あれ、まだ息があったんですね。虫みたいな生命力」


「あんたの一撃なんかで死んでたらいい笑いものよ」


コーン、と甲高い音が鳴る。

それはプラットが背嚢から取り出した鉄杭の音。


「やっぱり案内なんて頼まなければよかったのよ」


リザもそれを見て完全に臨戦態勢に入った。


「何を迷ってるの」


その光景を見て一人、当惑していたフェイに対しリザが言う。


「敵対してる。つまりはあいつは敵よ」


「敵……」


ここまでプラットにはかなり助けられた。

自分のせいでリザが人質にとられてしまったことを悔やんでいる姿。

リザを助けるために攫われた部族を救うために積極的に意見し、協力してくれていた。

案内役としてこれほど適任な者はいないと思い始めていた頃にこれだ。


「またそうやって二人でわかった気になって……私はそれが」


プラットの目つきが変わる。


「来るわっ」


激高したプラットが鉄杭を振りかぶりながら突っ込んでくる。


「気に入らないんです!」


豹変したプラットとの戦闘が始まった。

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