激闘、ポポル
「痛たた……、なになに。そっちの子も戦える感じ?」
腹のあたりをさすりつつ。
ポポルは鉄杭を構えるプラットを見て、聞いてないよと呟いた。
「魔王がどうとか私にはよくわかりませんし、興味もありませんが。あなたにはその人達を返していただかないといけませんから」
ふんすとプラットが意気込んでいるのが伝わる。
「いやいや今のは偶然だよ、もしかして勘違いさせちゃったかな? まさかあなたも参戦するとは思ってなかったからくらっちゃっただけでさ」
ポポルが駆ける。
「良い気になっちゃ、だめっ!」
鋭く振り抜かれた裏拳がプラットの顔を狙う。
「勘違いではないので、大丈夫です」
ガン、と音が響く。
鉄杭を巧みに操り、裏拳に合わせて叩きつけた。
澄まし顔でガードされるとは思わなかったのか、ポポルが驚愕の表情を浮かべる。
だが、
「あっそ」
一体どんな身体のバネをしているのか。
拳を受け止められてから次の一撃までの速度が異様に早い。
すぐさま身体を縮こまらせてからの突き。
プラットの反応が追いつかない速さ。
「悪いが、俺もいるんだ」
だがその突きがプラットを貫くことはない。
真っ直ぐに伸びた腕の下をくぐり、拳がポポルの腹を捉えた。
「がっ」
派手に吹き飛ぶポポル。
プラットを巻き込まないための素手の一撃。
しかしがら空きの腹に突き刺さった感触からして、かなり芯をとらえたはず。
ポポルはぷるぷると足を震わせながら立ち上がる。
だがその表情は先程笑みを浮かべていたときとは一変していた。
「そうだよねぇ、あなたもいるんだったそうだった」
痛そうに腹に手をやりつつも、戦闘の意思はなくしていない。
「フェイさん、私が補助に回りますので」
「わかった。思いっきり振り回すからあたんなよっ」
二体一、だが卑怯だとは思わない。
ただ全力で奴を倒す。
二人同時に疾走し、まずフェイが前に出た。
油断なくフェイ達を見つめるポポルに対し、小細工なしに正面から突撃し、剣を振るフェイ。
豪快に一閃。
大気ごと切り裂くような風切り音と共に水平に振られた剣はもはや当然のようにポポルに避けられる。
紙一重、剣にあたるすれすれで避けるポポル。
必要最低限の動きは無駄を省き、最も合理的に反撃を繰り出す。
振り抜きざまの腰付近を狙った蹴り。
リーチの短い彼女の一番長い武器。
「やらせません」
それをまるで影のようにフェイの後ろから飛び出たプラットが受け止め、流す。
声掛けはない、だが完璧なタイミングでの受け。
ポポルの態勢が崩れる。
受け止められた足が流れ、重心が前へずれる。
その隙を見てフェイが剣を翻す。
振った剣を筋力で止め、そのまま強引に斬り落としへ移行する。
ーー入る
ポポルは防御態勢を取れない。
受け流そうにも片足は浮いたまま。
「舐めんなぁぁぁ!」
ポポルが咆哮し、地面に残った足を暴れさせる。
身体を宙に放り出して、めちゃくちゃに動いた。
振り下ろす剣から肉を斬る感触。
軸足にしていた左足を動かしたことで刃先に足が、畳んだ膝が食い込んだのだ。
「痛ったぁぁぁ!」
血が飛び散る。
だが恐ろしいことにポポルは足に剣が食い込むのも構わず足を伸ばした。
膝に食い込む剣の刃先を足裏で押しのける。
剣を遠ざけたポポルはそのまま背中から地面に落ちた。
「っ」
開いた足を閉じ、フェイの足を挟み込んだ。
そのまま腕で地面を押し、その反動でフェイの腰に抱きつく。
「かわいいあたしに抱きつかれて、幸せでしょっ!」
大きく揺さぶられながら、地面へ薙ぎ倒された。
衝撃で視界が揺らぐ。
「このっ!」
すかさずプラットが鉄杭を振り回し、ポポルは腕を折りたたんでガードする。
だが所詮は生身、思い切り振り下ろされた鉄の破壊力は尋常ではなく、ポポルは顔を歪ませて後退した。
至近距離での三人の攻防。
足からダラダラと血を垂れ流しながらもポポルは獰猛に笑う。
フェイはすぐさま起き上がると再び剣を構え、疾走した。
フェイが攻め、プラットがいなす。
きれいな役割分担。
ポポルはそんな二人に対し、やや劣勢ながらも柔軟に立ち回る。
一人の死角に潜り込み、同士討ちを誘い。
剣を弾き、拳を突く。
鉄杭を流し、蹴りを放つ。
互いに致命傷はない。
だが打ち合うごとに、衝突を繰り返すたびに手傷が増えていく。
驚きだったのはプラットの戦闘能力だ。
あまり積極的に交戦せず、フェイに隙が生まれた際に代わりにポポルの攻撃を受ける。
受け中心、補助を行うと言っていた言葉通りの穴を埋める動き。
並の人間ではこの目まぐるしい攻防についてくることはできない。
だが彼女はこまめに立ち位置を変え、フェイが剣を振るときにはその範囲の外へ。
ポポルの攻撃でフェイの態勢が崩れれば、その対処へと回った。
ポポルもそんな二体一の状況で攻めあぐねているようだった。
そしてそれとは別に時折何故かポポルは戦いにくそうに顔を顰めていた。
フェイが一瞬の隙を付かれ、防御が間に合わなかったときも何故か大した威力がこもっていなかったり、逆に確実にガードしたであろうフェイの一撃のあと、何故か足に来ているようにふらつくことがあった。
原因はわからない、だがおそらくプラットが何かしているのだろう。
歯噛みするポポルがやけにフェイの後ろにつくプラットを睨みつけていることから、おそらくではあるが。
「もう、面倒だなぁ!」
だが最も驚くべきはそのプラットとフェイの二人がかりでなお、未だ勝負を決めきれないこいつだ。
息は上がっている、血もそこそこに流れている、会心と呼べる一発は未だ与えられてはいないがこちらが優勢。
それでも倒しきれない。
決め手がない。
そして優勢にも関わらず、時折ポポルから感じる嫌な気配。
チリチリと首筋に走る怖気。
不意に命を刈られるような、そんな何かを隠し持っている気がする。
しかし見えない何かを気にして戦っていれば勝てるものも勝てない。
形勢は有利。
なら、
フェイは肩に剣を担ぎ、構える。
ーー渾身の一撃を
筋肉が隆起し、熱を帯びる。
「っ!?」
ポポルが反応し、構えるよりも早く。
フェイの足元が爆発した。
ただ一直線に疾走する、防御を捨て、回避を消した攻撃特化の一振り。
『剣技 旋風』
何度となく振った剣は突進する身体と連動し、最短の道を突き進む。
肩に担いだ剣がポポルの左肩を裂き、肉に食い込みーー。
骨に到達する寸前、そこでようやく反応したポポルが横っ飛びで回避に成功した。
「あぁぁぁぁ!」
しかし左手はだらりと垂れ下がり、痛みで絶叫するポポル。
片腕になることは逃れたものの、傷は相当に深い。
「ぁぁぁ……」
項垂れながら、痛みを堪えるように低くうめき声を上げる。
「油断、したぁ……、まさかここまでやられるなんて」
ポポルは苦痛に顔を歪ませながらじっとフェイとプラットを見て、その後倒れている部族の者たちを見た。
「……はぁ、しくったなぁ。もっと最初から……、いや言っても仕方ないかー」
顔に手をやり、ため息を吐いている。
「めっちゃ苦労して捕まえたのに……」
ポポルは名残惜しそうに部族の連中を見ると、
ーーなんだ?
奴は懐から緑色の物体を取り出した。
それは、どこにでもありそうな草。
道端に生えていても間違いなく記憶には残らないであろう平凡な見た目。
だがその色、形、ついさっき見たばかりのフェイには見当がつく。
「集落で見たーー」
ハヤグサ、と呼んでいた水分に反応して急成長する植物。
「あー、もっと人数割いてればなぁ。ほんと一人で来るじゃなかった」
うなだれ、文句を垂れながらポポルはキッとフェイ達を見る。
「今回は、引いてあげる。でも次あったときは最初から全力ね」
そう宣言すると、ポポルは唐突に逃走を始めた。
「っ! 待て!」
この女には聞きたいことがある。
せっかく見つけた魔王に関係している人物。
みすみすこんな場所で逃すわけには行かない。
「プラット! 部族の奴らを頼む!」
気を失っている連中をプラットに任せ、ポポルを追う。
身のこなしの軽さからわかってはいたが、速い。
「追ってくるよね、うんうん。わかってたしそれくらい」
逃走の最中、ポポルが近くを歩いていたモンスターに向かっていく。
それは亀だった。
甲羅が何故か透き通っていて、まるで水のように亀の歩く振動で揺れている。
もしかしてあれは。
「池亀か?」
身体に雨水をため、その許容量を超えるとその場に水をぶちまけるという。
だが何故奴は亀に……。
フェイの疑問はすぐに晴れた。
池亀へと接近したポポルは歩いている亀に向けて拳を叩きつけた。
透き通る甲羅はその衝撃に耐えきれず破裂。
中に溜まっていたと見られる水がどばどばとその場に溢れ出した。
「ふふん」
ポポルは手にしていたハヤグサをおもむろにその水へと突っ込む。
追いかけてくるフェイを見ながら、
「捕まってはあげなーい」
爆発的に成長したハヤグサの背丈が一気にポポルを隠す。
延々と広がり続ける水が地面を濡らし、その水分を吸い上げてハヤグサはどんどんとその成長を加速させる。
ほんの数秒前まで枯れ果てた大地だったその場は池亀が溜め込んだ雨水とハヤグサによって草原と錯覚するほどの場所へと変わり果てた。
「くっ」
ポポルはこの急成長した茂みに紛れ、逃げるつもりだ。
そうはさせるかと剣を振り、伸びる草を刈りながら進もうとするが。
ーー動き、づれぇっ
剣を振る溜めを作る空間すらハヤグサに呑み込まれ、視界は一面の緑。
フェイの頭上まで伸びた草で周りが全く見えない。
この厄介な植物は今の一瞬で根を張ったらしく、足に絡みついた草を引き剥がすのにも力がいる。
斬ったそばから再生でもするように次のハヤグサが成長するため、少し斬る程度では切りがない。
一振り、二振り。
もはやどちらが今来たほうで、ポポルがどちらへ逃げていったかの方角すらわからなくなりながらひたすらに剣を振る。
一体何分そうしていたか早くしないと見失う、その焦燥感に狩られながら。
斬っては生え、斬っては生えを繰り返し続け。
「っ!」
ハヤグサの成長が止まった。
剣で切り裂いても成長してこない。
「水が……」
足元に広がっていた水溜りが枯れていた。
ハヤグサがぶちまけられた雨水をすべて吸い尽くしたのだ。
「これで」
成長が止まったことでようやくフェイの歩みが進む。
目の前を切り裂いて、足に絡みつく草を引きちぎって、足を前に。
そうして、ようやくハヤグサの茂みを抜ける。
外側から見るとハヤグサの異様な急成長具合がわかる。
「あいつは……!?」
周囲を見渡すもポポルの姿は見えない。
一直線に抜けてきただけな為に、遠くの様子は未だハヤグサに阻まれて見通すことができなかった。
「フェイさん!」
歯噛みするフェイの元へプラットが追いついてくる。
その後ろには部族連中の姿。
「意識が戻ったので一緒に追跡を、と。あの人攫いは?」
「ご覧のとおりだ、これに紛れて逃げられた」
「ハヤグサは成長も早いですがその分枯れるのも早い。しかしこれは……」
一月は枯れないはずだとプラットが言う。
とてもじゃないがそんなに待っていられない。
すると部族の男が一人、前へ出て、
「我らが高所から索敵する」
言うや否や残りの三人が素早く散開、高い岩を高速でよじ登っていく。
それぞれがプラット達が来た方向とはことなる方角を確認していた。
「三方向のうちのどれかに奴は逃げたはず、見つけ出して八つ裂きにしてやる」
どうやら気絶していた男はポポルにコケにされたと頭に血が登っている様子だ。
少しの間、索敵する彼らを待っていると反応があった。
遠方を指さしながら手振りで見つけたことを報告してくる。
「あっちか」
「回り込んで行くしかないですね」
プラットとフェイはハヤグサの周りを回り、示された方向へと走る。
あの速度で掛けていたポポルを思えば逃げ切られていてもおかしくない時間が経っている。
幸いと言うべきか、ポポルの姿はすぐに捉えられた。
ーー動きが……
初めに見たときよりも鈍っているのが遠目にもわかる。
やはり左腕の傷は相当に深い。
フェイから逃げる際の速度、それを保つ持久力はなかったというわけだ。
都度都度部族連中が高所から索敵し、ポポルの姿を見失わないようにしながらフェイたちは徐々に距離を詰める。
「うわうわ、追ってきたの!? きっついなもう」
ぼたぼたと血を垂れ流しながら歩いていたポポルが背後に迫るフェイ達に気づく。
慌てて走り出すポポル。
さっき程の速度は出ていないがそれでもかなりの速度で逃げる。
口調には余裕があるが、その実ダメージがかなり身体にきているのは間違いないはず。
少しずつ、フェイが距離を縮めていく。
さらに、前方。
ポポルが逃げる先、高い岩を伝うことで大幅に距離を短縮した部族の男二人が先回りして待ち受けていた。
フェイ達と挟む形が出来上がる。
男たちは脇に何かを抱えていた。
抱えているというより、抑え込んでいる。
それは男たちの背丈を超える大柄なモンスターだった。
男たちに首元を掴まれたモンスターはじたばたと暴れようとしているが、男たちの拘束を解けないでいる。
「行け!」
抱えられていたモンスターが尻を叩かれ、興奮状態でポポルへと突進していく。
「その雑魚モンスターでなんとかできると思うわけ?」
ハッとあざ笑うポポルは突進するモンスターから逃げるでもなく、逆にそのモンスターに正面から突っ込み。
モンスターと衝突するその瞬間に右手をかざし、受け流した。
滑らかな動き。
攻撃を受け流す容量で、モンスターを迎え撃つでもなく、避けるわけでもなく。
押し退けた。
「そんな挟撃、こっちに抜けちゃえば何の意味もないよ」
そう言ってポポルは男たちを避けようともせず、走り抜けようとして。
「っ!?」
身体を縄で引っ張られたように、疾走するポポルが突然静止した。
「これは」
同時にフェイも足を止める。
そして正面に広がる光景を見た。
ポポルは止まったのではなく、
「なっ、このっ!」
胴を半分くらいまで土に埋め、上半身だけを地上に出す状態になっている。
抜け出そうともがくも、深々とハマってしまっているらしく動けない。
そこは土モグラの進んだ跡。
でこぼこ地帯に発生する天然の落とし穴。
「じゃあ、なんであのモンスターたちは」
モンスター達が走り抜けて来た方がこんな陥没地帯になっていることに疑問を隠せないポポル。
しかしそのモンスターは見た目どおりの重さではない。
でこぼこ地帯での移動の際フェイが見た、巨躯を持ちながら陥没地帯を駆ける程軽いモンスターだ。
「よくも我が同胞を攫ってくれたな、貴様は我らが直々に捌いてやる」
怒れる部族達は手にした槍を構えながら、身動きのできないポポルへじりじりと近づいてく。
「おい、殺すなよ! そいつには聞きたいことがあるんだっ」
殺気だった部族連中を見てフェイが慌てて叫ぶ。
しかし、男たちの目にはすでにポポルの姿しかない。
「駄目だあいつら。プラット俺たちが先に」
「……」
「プラット?」
「……あ、すいません、大丈夫です」
男達より早くポポルを確保しようとプラットに声をかけるも、どうにも息が荒い。
「怪我か?」
「いえ、少し調子が……。でも大丈夫なので」
目を閉じ、額を抑えるプラット。
どうにも調子が悪そうだ。
こうなれば一人で、とフェイが動こうとしたときだった。
「……?」
突然、熱を感じた。
火の元に近づいたような、近寄りがたい熱さ。
「ははっ、余裕なんか見せちゃって、ちょっとあたしを舐め過ぎなんじゃない?」
その熱源はポポルだ。
まるで灼熱を飲み込んだように急激にポポルの周りの地形が、空気が、歪む。
ポポルから発せられる熱がどんどんと上がっていく。
斬られた左腕を抑え、髪を揺らすポポルの身体からパチパチと火の粉が舞う。
ーー能力持ち……!
戦闘の度に時折感じていた嫌な気配の正体はこれか。
「ぐぉっ」
ポポルが手を軽く振るだけで熱波がまるで生き物のように男達へ襲いかかる。
熱波はポポルを中心に波紋のように広がっていく。
ーー喉がっ
吸い込む空気が熱い。
肺に熱そのものを吸い込んだように、カラカラの大地がいつの間にか火山と化してしまったようだ。
「あーやだやだ、やっぱ生け捕りとか向いてない」
ポポルの周囲の砂が崩れていく。
熱が砂を焼き焦がし、熱波がポポルを拘束する砂を吹き飛ばしていく。
じゅうじゅうと音を立て、滴る血が蒸発する。
「今回は、諦めてあげるよ」
真紅の髪が揺らめき、火炎そのものと化したポポルが身体を起こす。
ぶん、と力強く腕を振った瞬間男たちが持っていた槍は炎上し、鋒がどろりと溶け出した。
悲鳴を上げる男たちの姿に満足そうにふふんと笑うとポポルは振り返ってフェイを見た。
「あなた、名前なんて言ったっけ」
「……フェイ」
「フェイ、フェイね。ふふっ、覚えちゃった」
瞬間、一際強烈な熱波が吹く。
「あなたが勇者だって言うなら、多分また会うと思う。その時は全力で、ね」
燃え盛る爆炎が上がった。
その衝撃と熱にフェイ達は後退せざるを得ず、その炎が収まるころにはポポルの姿は忽然と消えてしまっていた。
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