真紅の女
「何だ?」
音のした場所へと向かってる途中、何体ものモンスターの死体が無惨に転がっていた。
明らかに自然に死んだものではなく、人の手によって殺されている死体だった。
見たことのないモンスターも多いが、これだけの数を殺し切る戦闘能力は尋常ではない。
「これ、いるな」
近くまで来るとクモザル達の鳴き声が耳にうるさい。
先の戦闘の際に現れた群れほどではないが、いくつかの群れが集まっているようだった。
時折ズズン、と地形が変化する振動が伝わってくる。
周囲の景色も近づくにつれて歪に変化した地形が目立ち始めた。
男たちがそびえ立つ岩柱をよじ登り、前方を見る。
目を細め、そしてプラットに目配せしてくる男。
誰か見つけたらしい。
プラットはすぐさま鉄杭を岩柱の上部へと投げつけ、ロープを伝い登っていく。
そして男たちと同じ何かを見てすぐに戻ると、
「人影が見えました。おそらく一人」
「一人?」
攫われたのは確か二人。
「はい、近くに仲間がいる気配もしませんでした」
単独犯なのか?
それならこの人数差で囲んでしまえば。
「早くいくぞ、逃げられる」
焦っている男たちが苛立ちを隠さず、声を荒らげた。
そのままフェイたちを置いて先に行ってしまう。
「あいつら勝手にっ!」
急いで後を追う。
途中、いくつかのクモザルの群れとすれ違った。
彼らは何かから逃げるようにフェイ達が来た道へと去っていく。
彼らが逃げていく様をみるのはもう何度目か。
好戦的な癖に負けてばかりだ。
ーーいや
猿達が逃げてきたのは今フェイ達が向かおうとしていた方向。
なら十中八九その原因は……。
男たちに追いついたとき、彼らはすでに先程の人影と接触していた。
「おぉ!? さらに二人とか、大量じゃん。てか今までのあたしの苦労はなんだったわけってことになるような……」
対峙するのは女。
フェイよりも少し背が低く、髪は真紅に染まっている。
軽薄な口調、女一人でこんな場所にいることからしてすでに異様だが。
「お前か、誘拐犯は」
何よりその両脇に抱えた二人の人間を見れば、こいつが何者なのかは一発で察しがつく。
「誘拐犯なんてかわいくない名前で呼ばないでよ、あたしはポポルってめちゃくちゃにかわいい名前があるんだから」
四人に囲まれているにも関わらずポポルは動じる気配がない。
「一、二、三、四……、流石にこれだけいると運びきれないなぁ、どうしよ」
それどころか何やらぶつぶつと考え込む余裕すらあるようだ。
「さっさと我らの仲間を開放しろ!」
「うるさいなぁ……。ちょっと今あたし考え中だからー、話しかけないでよ」
怒る男たちに対し、ポポルは鬱陶しそうにひらひらと手を振る。
その適当にあしらうような態度を見て、男たちの我慢の限界が来た。
「待っーー」
フェイが止める間もなく、握りしめた槍を構えてポポルに飛びかかる。
「「あぁぁぁぁ!」」
怒りの咆哮を上げながらポポルを挟み込むように接近する二人。
その発達した足の筋肉に加え、リーチの長い槍。
瞬きを一つする間にポポルとの距離はなくなり、その鋒がポポルへと到達する。
「なんか、血気盛んだよねー。この辺のやつって」
だがその鋒がポポルを貫くことはなかった。
勢いを乗せた突きは空を切り、突き出した槍は空中で十字を作る。
その十字の下、足を曲げ地面すれすれまで上体をそらすポポルがニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
曲芸じみた身のこなし。
予備動作すら感じさせない、卓越した身体捌き。
ーーこいつ……
渾身の一撃を避けられた二人が唖然と目を見開く。
次の瞬間にはポポルの拳が深々と二人のみぞおちをえぐり、息もつかせぬまま側頭部に蹴りをくらい、まとめて地面に薙ぎ倒された。
重なるように倒れた二人は起き上がらない。
一瞬にして意識を刈り取られた。
「もしかしてー、ここであなたたちを逃してあげたらあたしが何もしなくても続々と人が集まってきたりする?」
難なく二人を沈めたポポル。
まるで何事もなかったかのように平然とフェイ達に話しかけてくる様は、ポポルと男たちに桁違いの力量差があることを表していた。
「残念だな、俺達は逃げないからもう人が来ることはない」
「えーー」
自然と剣を構えていたフェイ。
華奢な女一人、そんな印象はすでに消えた。
「お前、何のために人を攫う?」
「何のためってなんでそんなことあなたに答えないといけないわけ? あたし無駄なことはしないしー」
不愉快そうに眉をひそめるポポル。
「そりゃぁあとで街の奴に突き出す時、説明する手間が省けるだろ?」
フェイのその言葉にポポルは目を丸くした。
「勝てる気でいるの? あたしに」
「むしろ俺に勝てる気でいんのか、お前?」
今の一瞬でわかる。
敵は相当の手練……、だがそれでも負けるつもりはない。
自らを鼓舞するように笑みを貼り付け、挑発するように嘲笑うフェイ。
ほんのわずかな沈黙。
合図はない。
同時に飛び出した二人の距離が一瞬で詰まる。
「っ!?」
「お、おぉ?」
フェイは剣を振りかざし、ポポルが剣の側面を叩いていなす。
一秒にも満たない衝突、そして両者弾かれるように距離を取る。
「えー、いいじゃんいいじゃん! あなた、結構できるんだねっ」
再びの衝突。
ポポルは獲物を持っていない。
リーチで勝るフェイはその利点を存分に活かし、接近しつつも剣の間合いで戦う。
一方ポポルはブンブンと振り回される剣の軌道をときに躱し、ときにいなしながら懐に潜ろうと距離を詰める。
数度の攻防。
動きのキレが良い。
足の踏み込みが鋭い。
目の前でこちらの隙を伺うポポルの身体捌きを見ながら、フェイは高速で剣を振る。
ーー加減できる相手じゃないっ
峰打ちなんて考えている場合じゃない。
剣の腹ではなく、刃先をポポルに向け、薙ぐ。
「お、お!」
数段キレの増した剣閃にポポルが嬉しそうな声を上げる。
しかし加減しようとしまいとポポルに攻撃は当たらない。
「ははっ! そーれっ!」
真下からの蹴り上げ。
「っくぉ」
上手く剣の腹を蹴り飛ばされ、弾かれそうになる。
「ほい、ほい!」
ポポルは何故か楽しそうに笑う。
拳を振るい、蹴りを放つ。
一発一発を丁寧に捌き、即座に剣閃を返す。
「あなた、これまでの雑魚とは比べものになんないじゃんっ!」
敵から褒められても嬉しくはないが。
「勇者を名乗ってるからな、これくらいは、な!」
名ばかりとはいえ、勇者がこんな成り行きで遭遇した女一人に負けていては魔王なんて倒せるはずもない。
大振りの横薙ぎをぴょん、と跳ねて躱し後退したポポルは、
「勇者? あなたが勇者?」
吹き出しそうな声で言う。
「はっ、馬鹿にするならしてればいい。この半年でいい加減その反応も慣れてきた」
これまで対峙してきたものと違い、会話に応じる気があるらしい。
あるいはその余裕があるだけか。
「うぅん、いいじゃん勇者! 正義の味方で、誰でも助ける伝説の存在!」
きらきらと目を輝かせて、何やら嬉しそうなポポル。
そんな反応をされるとうっかり気を許してしまいそうになるが、こいつは人攫いだ。
絆されてはいけない。
目を輝かせていたポポルだったがハッと何かに気づくと残念そうに眉を下げ、
「でもそうだ。私達は魔王様側だから、あなたは倒さないと行けない敵ってことになっちゃうね」
「……魔王?」
ーー今確かにこいつ、魔王と口にした
「お前、魔王について何か知っているのか?」
「……? あぁそうか言ってなかったんだった」
ポポルは一瞬、不思議そうに首を傾げるとぽんと手を打った。
「さっきなんで人を攫うかって聞いたよね」
ポポルは怪しげな笑みを浮かべると、
「私達は魔王様の配下について、世界中を私達の暮らしやすい場所へ変えるんだ。そのために今は人手がほしいんだよ」
思いもよらないところから魔王の情報が転がってきた。
まるで世間話のような軽さで。
「やっぱり荒ごとが多いからさ、腕の立つ人間というか、そういう奴じゃないとろくに役に立たなくてさー」
だから私がこんなところまで来てるってわけ、と肩をすくめるポポル。
「あたしが見たところ、あなたが来てくれればそれで十分今回の仕事は果たせるしー、どう? 魔王様の元に……私達の仲間になってよ」
「仲間?」
「そう。仲間。確かに勇者はかっこいいかも知れないけどー、魔王様の配下だってかっこよくない?」
何を言い出すかと思えば。
「別に俺はかっこいい悪いで勇者をやってるわけじゃないぞ」
「え? そうなの?」
じゃあなんで、とばかりにこちらを見てくるポポル。
この気安さ……、どうもやる気が削がれる。
「とある国の王様に頼まれたんだよ、流れでな」
「ならいいじゃんっ。流れで私達の仲間になっても」
いいじゃんいいじゃん、と子供みたいに言いやがって。
フェイは気を抜かず、剣の柄を握りしめる。
「たとえ流れでも一度受けちまったからには、今更なかったことにはできねぇんだよ」
ポポルはフェイの言葉に納得しかねるようで不満そうに口を尖らせる。
「えー、もったいないよ。そんな強いのに」
「駄々こねたって仲間にはならねぇよ。それより俺の方こそお前に聞きたいことが山程できちまった」
「何々? 何が気になるの?」
「俺は魔王を追ってる。勇者だからな。だからお前が知ってる魔王についての情報、ついでに仲間の情報、全部話してもらうぞ」
なんなら攫われた部族の連中より優先度を高くしたいくらいだ。
だがひとまず、話はあの伸びてる四人を助けてからじっくりと聞くことにする。
フェイが再び剣を向けると、ポポルはにやりと笑い、
「ははっ、いいよ」
臨戦態勢を取るポポル。
その目を好戦的に光らせて、
「今あなたを倒して連れてくことに決めたから」
ポポルの姿が消える。
残像すら消すほどの速さで突っ込んできたポポルが拳を振り上げ、
「帰り道、ゆっくり聞かせてあげる」
かろうじて片腕を挟み込んだものの、踏ん張ることができず、身体が吹っ飛ぶ。
「ちっ」
姿勢を戻し、剣を地面に突き刺して静止。
ザリザリと地面に線が引かれる。
その間にもポポルが詰めてくるのが見える。
「しっ」
勢いの乗った蹴り。
足場は猿どものせいでめちゃくちゃになっているというのに、とんでもない膂力とその柔軟さ。
疾走の勢いを殺すことなく、ガードごと吹き飛ばすつもりで蹴ってきている。
だが今度はフェイにも身構える時間があった。
勢いが乗っていようが受け流せばーー。
十字に交差させた腕で足を受け止めようとした寸前、何か違和感を感じ咄嗟に身体を仰け反らせた。
何かわからない。
だが空を切った足を見てポポルが僅かに顔を顰めた。
「ほら、はやく寝なよっ」
続けて突き出される拳。
フェイは拳に合わせて剣を振る。
刃先を拳と重ねる。
わずかに切れ目が入る瞬間、ポポルが慌てて拳を引く。
「痛ったい、な!」
驚くべきはその空中制御、拳を剣に合わせて止め、引き、即座に蹴りへと移行する。
フェイはすでに剣を振っている。
腕が伸び、開いた脇へと足が突き刺さる。
が、
「っ!?」
フェイにはなんの衝撃もなかった。
かすかに足が脇に触れているという感覚だけ。
ポポルも困惑したように自分の足先を見つめている。
「はぁぁぁっ!」
その隙を見て割り込んできた人物。
岩肌を突き刺していた鉄杭を手に持ち、ポポル目掛けて振り下ろした。
「うぐぅ」
キレイに胴を捉え、そのまま勢いよく薙ぎ払う。
苦悶の声を漏らし、ポポルが吹き飛ぶ。
その目は唐突に戦いに参戦してきた人物を睨みつけていた。
「私も、加勢します」
フェイの前でプラットが勇ましく鉄杭を構えた。
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