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 あの時、悲しそうな顔でひとり部屋を出たキミはそのまま予定通り映画館に向かったらしい。

 その途中で、歩道に突っ込んできたわき見運転の車から、そばにいた見ず知らずの子どもを助けたそうだ。顔に擦り傷もなく、こんなにもキレイなままなのは奇跡らしい。


 そんな"奇跡"、要らないのに…


「キミが助けた子、無事だったって」


 相変わらず、キミの返事はない。


「母親が、泣きながら感謝して、同時にたくさん謝っていたって」


 キミがその状況を見たら、『気にしないでください』なんて、照れたように笑いながら 言うのだろう。きっと。


 でも、キミはぴくりともしない。


「今日は、付き合った記念日で。僕たちが結婚した日で…」


 もう、立っていられなかった。膝をついて、そこに横たわるキミにすがりつく。

 眠っているだけのように見えるのに。もう目を開けることはないなんて。あの笑顔を見られることはないなんて。僕の名前を呼ぶ声を聞くことはないなんて。キミの心臓が鼓動を打つことはないなんて。


 なんでこの日なのだろう。なんで僕は忘れてしまっていたのだろう。こんなに大切な日だったのに。なんで…

 思い始めたらキリがない。答えが返ってくるわけでもない。

 大切な日を忘れてしまっていた僕を罵倒する言葉でもいいから聞きたい。キミが目を覚ましてくれるなら、いくら汚い言葉で罵られてもいい。


 けれど…


 今日は大切な日だった。

 今日からは、"キミがいなくなってしまった日"になってしまった。

 一緒に映画を観ることもできない。笑い合うことも、ケンカをすることもできない。

 謝ることすら、もうできない。



「本当に、ごめん…」





──僕の声は、もう、届かない

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約束 鳴海路加(なるみるか) @ruka_soundsea

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