右手による好手




 人を、待っている。


「……ふわぁ」


 思わずあくびが漏れた。

 色々あった夜からもう半年。まだ半年。

 日数にすると大体180日だけど……過ぎてしまえば実感はない。

 無事に20歳を迎えた僕は、相変わらず日胤村ひたねむらに住んで毎日大学に通っている。


「なんだ、寝不足なのか」


 父さんが座る車いすを押してストッパーをかけたあと、ハンドルに体重を乗せて遠慮なく寛いていたら、案の定バレてしまった。


「いや、そんなことないよ。ちゃんと一人暮らしできてるから。父さんこそ、体調はどう?」

「まあ、ボチボチだな。案外と、足のない暮らしも悪くない」

「……本当に?」

「確かに不便だが、心は軽いんだ。罪悪感に支配されて、越生えつおとも倫他りんたともまともに喋れないような日々よりかは、よほど良い」


 半年前、自宅二階は大変な騒動だった。

 なぜか自分の左手を切り落として、血溜まりに沈む叔父さん。

 病院にいるはずが神社の息子を唆し、勝手に抜け出した父さん。

 そして目立った怪我はないのに、泥だらけで一歩も動けなくなっていた僕。

 比奈夫ひなおの親父さんは、盗まれたはずの本が叔父さんの近くに落ちていたのを知ると至極ホッとした顔をして、闇雲に狼狽えるのを止めていかにも厳かな神主の仮面を被った。

 その後すぐに自信なさげな村長もやってきて、僕たちはそのまま再び病院へ連行されてしまう。

 これからどうなるだろうと思っていたら、いつも無口な父さんが、驚くほど口八丁の嘘を並べ立ててその場を収めてしまった。

 偽物の本を本物たらしめるために、倫他は手を切る必要があった、だとか。

 否穢多いなえたの一族として自分も足を捧げたまでだとか。

 自分が死の淵から蘇ったことこそ、否穢多いなえたが赦された証でしょうとかなんとか。

 僕から言わせてもらうと、ちょっと苦しいところもあるんじゃないかと思ったけれど、村長や神主は自分にとって都合のいい情報だけを信じる能力に長けているらしく、さほど疑問を持たなかった。

 19年越しに本が修復されて。

 これからも変わらず、小籠の家が否穢多を担い続けてくれる。

 それだけ分かれば、もう満足したようだった。

 そして父さんが再び病室に運ばれた後には、お決まりの「我々のことを父親だと思って、今後も頼ってくれて構わないからね」というお声かけもいただいた。

 僕は以前ほど素直に感謝を述べる気持ちにはなれなかったけれど、それでも表面上はにこやかに微笑んだと思う。

 この人たちにとって、僕らはノロイに対する防波堤でしかないんだな……と、よく分かってしまった。

 なるほど、こんな感情に長年晒されていては、叔父さんの情緒も無理はない。

 でも、僕は村長や神主を責める気になんてなれなかった。

 だって二人とも、自分の子供たちへは差別を継承しなかったから。

 日胤村は狭い村だ。

 僕への接触を制限することだって、簡単にできたはずなのに、それをしなかった。

 まあそれをしてしまうと、本気で村八分になって罪悪感に苛まれるから……っていう偽善的な理由もあるんだろうけど。

 今の均衡を無理に崩さなければ、滅多なことはないだろう。

 僕は遠慮なく、お二人を自分の父親だと思って正直に援助を願い出た。

 たしかに僕は知らなくて良いことまでってしまったのかもしれないけれど……。

 もう、知らなかった頃には戻れないから。

 

 それなら、したたかにやっていこうと決意した。



***



 病院を抜け出した父さんの体調は問題なかったものの、両足欠損のためすぐに退院とはいかず、しばらく支援施設で生活補助の訓練を受けている。

 その間、僕は自宅で一人暮らしを継続することになった。

 今度こそ父さんも叔父さんもいない、正真正銘の一人だ。

 でも、真子まこや比奈夫が訪ねてきてくれたから、さほど孤独は感じなかった。

 もともとそんなに孤独感には苛まれないほうだと思っていたけれど、なぜだか来客があると心が躍った。

 そのたび、もしかしてこれがさみしさなのか……と、思ったりもしたけれど、そんな感情も鏡をみるとすぐに失せてしまう。

 鏡の中の僕はなぜかいつも無表情で、なにか言いたげにジッとこちらをみているのだ。

 比奈夫には数々の協力に頭を下げたら、ドリンクバーを五回奢ることで手を打とうと言われた。


「気にするなよ、友達だろ? これからもお互い、やりたいようにやろうぜ。ついていくかどうかは、その都度決めれば良い。俺もさ、なんか映画みたいで面白かったし。なんにもない日々をなにごともなく生きていくもんだとばかり思ってたけど……こんな村にも、ドラマみたいな事情があるんだなぁ」


 と、なんとも拍子の外れた感想も貰った。

 おそらく、僕も当事者でなければ同じような感想を抱いただろう。


「これからは、お前の叔父さんみたいな人を出さないよう、俺らの代でしっかり管理していこうぜ」

「管理って?」

「越生の話だと、もうそのバケモノの脅威は去ったんだろ? それなら、今よりもっと儀式や呪いを形骸化けいがいかさせて……盆とか正月とか、季節の節目にテキトーに神事をするんだよ。魔除けの草木を飾って祝詞を唱えながら神楽鈴を鳴らしたり、御幣を振ったりさ。祝詞は今使ってるのをそのまま使えばいいし。あぁ、そうだその時に小籠の家から誰か舞えば良い」

「舞うって……誰が?」

「小籠の家で年頃の人間はお前しかいないだろ?」

「いやいや、そういうのって普通は巫女さんとかさ……」

「じゃあ藤堂にやってもらう? 頼んでみたらどうだ?」

「言うだけ言ってみるけど……」

「多少はお前も噛まないと。要は村の連中を納得させれば良いんだから。ここは安心安全無垢の場所です、って。そのための、神事だよ」

「……比奈夫、神主側がそんなこと言っていいのか?」

「いいんだよ。鰯の頭も信心から、ってな。……この村に漂う空気はすぐには一掃できないだろう。今回の事件をきっかけに、みそぎが済んだという流れにするには、なんにせよ誰から見てもわかりやすい形が必要だと思うぜ」


 意外にもしっかりとした考えを真面目な顔で話す比奈夫にちょっとビックリしていたら、すぐにくしゃりと破顔する。


「……なんてな。こりゃ、ほとんどお前の父親の受け売りだ」

「父さんが?」

「そう。病院から連れ出してくれって言われたときは面食らったけどさ。あの人、ぜんぜん無口なんかじゃないな。病み上がりで辛いだろうに、ずーっと喋ってたぜ。よほど、お前や叔父さんのことが心配だったんだな」

「そっか……」

「俺、人から聞いたことを自分の考えみたいに話すの上手いだろ? こういう才能は、神主にピッタリだと思うんだけど、どう?」

「……うん。比奈夫の進路は、間違ってないと思うよ」

「だよな? 俺もそう思う。ま、お祭りや神事なんて、元を辿ればほとんどが『ゆるされたい』って気持ちの現れだからなぁ」

「ゆるされたい……って、誰に?」

「建前上は、神に。本音は、切り捨てた弱者に」


 ストローでグラスの中のソーダをぐるぐると回しながら、比奈夫は教科書の一節を読み上げるように言った。


「俺らの孫の孫あたりになるまでには、イナエタの名前さえ風化してるぜ」

「それなら……良いんだけど」

「そうなるさ。なんか、別の名前を考えないとな」

「別の名前?」

「真実を隠すために別の名前を塗り重ねるのは、この手の問題の常套手段だろ?」


 自信満々にストローで僕を指差す比奈夫。

 その根拠のない前向きさは、僕には眩しい。

 叔父さんが時々、僕に対して眩しいモノを見るように目を細めていたのは、ひょっとしたらこんな気持ちだったのかもしれない。

 そして僕はこの時、自分も『新しい神事』とやらに一枚噛まないといけないことを理解した。


「よろしく頼むぜ? 俺、外枠を作るのは得意だけど、細かいことを考えるのは苦手だからさ」


 比奈夫が利き手である右手を差し出す。

 僕は迷わず、自分よりちょっとだけ分厚い比奈夫の手を握った。


「うん、こちらこそ」




***




「……あ、えっちゃん」


 叔父さんは事件の後、ずっと病院で眠り続けている。

 長年の無理が祟ったのか、父さんが入院していた病室で今も昏睡状態だ。

 だから、僕のことをえっちゃんと呼ぶのは今や真子しかいない。

 真子の髪はあれからずっとベリーショートのままだ。

 ある日、大学から帰ってきたら、家の前で真子が待っていた。


「おかえりなさい」

「真子、どうしたの? 連絡くれれば合わせたのに」

「ううん、いいの。アタシが勝手に来ただけだから。それで、あの……」


 僕の家に来るときは、つくりすぎた煮物やらカレーやらを持ってきてくれることが多いけれど、今日の真子は手ぶらだった。


「あのね、アタシの髪……どう思う?」

「髪? とっても似合ってると思うけど……。あ、そうだ。あの貝のお守り、なくしちゃったんだよね。ごめん……」


 貝の中から出てきた赤茶けた糸を見て、瞬時に真子の髪を連想してしまった。

 その直感は正しかったらしく、一応の収束を得たけれど真相は闇のままだった。


「ああ、いいのいいの。あれは赤間さんに渡せって言われたから、渡しただけだし……そう、そうなの。アタシ、アタシたち……何にも、知らなかったよね。なのに村長なんて、ばかみたいね。もっと、もっとはやく……」

「いやいや、真子はなにも悪くないよ!? 僕だって知らなかったし」

「でも、髪くらい……言ってくれれば、いつでも渡したのに」

「髪くらい、って……。女の子の髪って、大事なんじゃないの?」

「え?」

「僕は髪の短い真子も、髪の長い真子も好きだよ。真子のおかげで助かった。僕と友達でいてくれて、ありがとう」


 改めて言う機会もなかった気持ちを包み隠さず話す。

 この年齢になると、軽々しく異性に『好き』と伝えるのも気恥ずかしい気もしたけれど……でも、真子だから、言えた。


「え、えっちゃん……アタシのこと、女の子だって思ってくれてたの……?」

「なにそれ? そんなの、当然……」


 真子はなぜか顔を突然真っ赤にして、僕に背を向ける。


「真子?」

「あ、アタシも……、好きだよ」

「……うん?」


 それから、おずおずと右手を差し出される。


「ん?」

「えっと、よろしく……」


 透き通るように白いのに、指先は健康的なピンク色をした小さな手だった。

 ちょっと泣きそうになっている真子を放っておけなくて、僕は壊さないようにそっとその手を握る。


「これで、いいかな?」

「………」


 真子は返事をせず、そのまま走って立ち去ってしまった。

 なにか失礼なことをしてしまったのだろうか。

 全く分からない。

 でも……なんとなく、悪い予感はしなかった。

 また、夜にでも電話してみよう。




***




「……しかし、遅いな」


 病院の敷地内にある小さな公園で、僕と父さんはずっと待ちぼうけをくらっている。

 支援施設から一時外出の許可を得ているだけの父さんには時間制限があった。


「あとどれぐらい、余裕あるの?」

「一時間ぐらいか……」

「まあ、もう少し待てるね。はやく家に帰って来れたらいいのに」

「そう急かすな。勝手の分からない身体とは、まだ仲良くなれないんだ。年内には、帰れるように努める」

「早く帰ってきてね」

「……善処する」

「父さん、父さんが今ぐらい素直でよく喋ってくれたら、あんな勘違いなんてしなかったのに」

「勘違い?」

「足の件で、叔父さんが父さんを襲ったって話」

「あぁ……そうだな。あれは、最高にすれ違っていたな」


 父さんと叔父さんと僕で暮らしていた頃。

 叔父さんは高校を卒業する頃合いに、当人剥とうにんはぎをインターネットで拡散してしまった。

 当時。

 叔父さんは父さんを巻き込みたくなくて、黙って行動していた。

 そして父さんも叔父さんを巻き込みたくなくて、黙って行動していた。

 地道に村の中だけで当人剥を集めていた父さんと、各地に伝播してしまった叔父さんは、かなり口論したらしい。

 今の現状をできるだけ変えないよう、長期的な見通しだった父さんに対し、叔父さんは一刻も早く僕からワイラハイラを取り除きたかったのだ。

 互いの意見の食い違いは収まりきらず、別居の道を辿った。

 父さんは遠方へ回収に行く際の運転手をかってでたものの、実際、叔父さんはほとんど父さんに頼まなかったのだとか。

 でも、当人剥が集まるのは僕の家の二階。

 叔父さんは定期的に忍び込んでその総量をチェックしていたけれど、運悪くあの日はたまたま早く帰ってきた父さんと鉢合わせてしまった。

 父さんは自分の予想以上に堆く積まれた呪いの書に愕然とし、叔父さんに詰め寄った。

 のらりくらりとかわす叔父さんだったけれど、次第に高揚しもみ合いになって……。

 足を踏み出した先に、大口を開けた本が落ちていた。

 そのまま身体を吸い込まれそうになった父さんを、叔父さんは不自由な腕でどうにか受け止めた。

 その結果、太股から下が消失してしまったらしい。


「叔父さんは、父さんを助けようとしたんじゃないか」

「まあ、でも怪我の経緯が経緯だからな。どう説明したらいいものかと悩んでいる間にお前が帰ってきた音がしたから、私が倫他に逃げろと言ったんだ。倫他の身体能力なら、二階の窓から脱出できるだろうと踏んで。だが、倫他はすぐに救急車を呼べば私の応急処置が間に合ったのではないか……と、気に病んでいたらしい」

「叔父さん、ずっと父さんがあのまま死ぬと思ってたからね」

「縁起でもないことを言うな」

「あはは、ごめんごめん。……あ、来たみたいだよ」

「やあ、お待たせしてしまったかな」


 大きなお腹を抱えてポテポテと歩いてきたのは赤間あかまさんだ。


「産婦人科が混んでてねぇ、まいったまいった」

「加々美ちゃん、身体は大丈夫なのかい?」

「まあ、お兄さんよりかはマシですよ」

「そうか、それなら良い。……やはり、産むのだな」

「ウチがひとりで抱えるには、拝み屋の力が大きすぎるので。この子と二人でたのしく過ごしますので、応援して下さい」

「応援、するよ。今度こそ、ね」


 父さんと赤間さんも、叔父さんと同じく義理の兄妹だ。

 すこしだけぎこちない会話を邪魔しないように息をひそめていたら、赤間さんと目があった。


「えっちゃんも、ありがとう」

「えっ?」


 そうだ、赤間さんも僕のことをその渾名で呼んでいた。

 あんまり会わないから、すっかり忘れていた。


「倫他とウチは、歪な関係だからね。……無茶なお願いもしちゃったし。結局ウチも、やることなすこと裏目にでるタイプなのよね〜」

「いや、そんなこと……」

「そんなことないって? やさしいね。……でも、今回はそのやさしさに救われた。世の中なんて死ぬまでの暇つぶしだと思って諦めていたけど、少しだけ……未来が、たのしみになったよ」


 赤間さんは綺麗に切り揃えたおかっぱ頭を僅かに伏せて、続ける。


「倫他と一緒に生きる未来を……ウチも、願って良いんだね」

「赤間さん……」

「あ、そうだ。これこれ」


 切り替えの早い赤間さんは、斜めがけにした鞄の中から白い封筒を取り出した。

 そのまま僕に手渡す。


「なんですか、これ?」

「倫他からの預かりモノだよ。バイト代だって」


 あぁ……そういえば、最後の運転の時は貰い損ねていたっけ。

 中身を滑らせると、運転時間には見合わない高額紙幣が数枚入っていた。


「喧嘩しちゃって手渡し辛くなったから、代わりに渡してほしいって頼まれてたの。すっかり忘れてたわ」

「……そうですか」


 いいのに、別に。

 こんなものより、ただ叔父さん本人が元気でさえいてくれれば……。


「倫他さ、中学も高校も帰宅部だったの」

「えっ?」


 暗い表情をしていた僕を気遣うように、赤間さんは唐突に話し始める。


「どうしてだと思う?」

「えー……? なんでだろ。興味のある部活が、なかったから?」

「ぶぶー。違います。その答えは……お兄さんから言いますか?」


 赤間さんに目で促された父さんは、その話題を引き継いだ。


「……倫他は、いつも放課後になると一目散に家に帰ってきていた。その理由は……越生、お前が家で待っていたからだ」

「僕?」

「当時、お前は幼稚園か、小学生か……どちらにせよ、倫他より早く家に帰ってきて留守番をしていただろう? お前がさみしい思いをしているんじゃないかと……倫他は毎日、走って帰宅していた。……覚えて、いないか?」

「………」


 記憶が曖昧なのは、きっとそれが余りにも日常だったから。

 学校から帰ってきて、宿題をしたり一人遊びで時間を潰していたら……そのうち、息を切らした叔父さんが帰ってくる。

 「えっちゃん!」と玄関を開けるから、僕も「叔父さん!」と出迎える。

 僕はそれが、どこの家庭にもあるありふれた情景だと思っていたけれど……。


「ううん、ちゃんと、覚えているよ」

「そっか。倫他はいつもさ、その時の記憶を頼りにウジウジ生きてきたようなタイプだから。分かってくれとは言わないけど、でも……」

「大丈夫です、僕は分かってます」


 赤間さんの言いたいことは杞憂だと伝えるため、僕はハッキリと言い切る。


「ずっと叔父さんのこと……待ってますから」

「……倫他が聞いたら、泣いて喜ぶわね」


 赤間さんが微笑む。

 それが実年齢とはかけ離れた幼い容姿の赤間さんが見せた、はじめての年相応の笑みだった。


「そうそう、本題は違うのよ。お兄さん」

「なんだい、加々美ちゃん」

「ウチ、やっぱり小籠になりたいです」

「……それはまた、なんで……」

「前に誘ってくれたでしょう? あの時は断るなどという無礼をしてしまいました。すみません。勝手な願いですが、聞き入れてもらえませんか?」

「そ、それは……不可能ではないが……」

「ウチと倫他は兄弟だから、法律上はいつまでもこのままなんです。でも、小籠に入れてもらえれば、同じ名字になれる。ウチはこの子と一緒に、小籠で倫他を待っていたいんです」


 赤間さんの考えを聞いて、父さんの強ばった表情がゆるんだ。


「そうか……。そういう、ことなら」

「ありがとうございます」


 赤間さんは父さんに深々と頭を下げて、それから僕にズイと右手を差し出した。


「じゃっ! そういうことだから」

「そういう……こと?」

「ウチが未来の姉よ。よろしくね。今後は加々美さん及び加々美ちゃんと呼ぶように」

「か、加々美……さん」


 真子よりもさらに小さくて細い、小学生みたいな手を握る。

 でもその見た目とは裏腹に、加々美さんの手はしっかりとしていて肉厚だった。


「今後は出戻りシングルマザーの姉ということで、ひとつよろしく。ま、こんなのは巷に溢れるよくある話よね〜」


 言いたいことを一方的に喋って、加々美さんはまた大きなお腹を抱えてポテポテと去ってしまった。

 残された僕と父さんは、しばらく呆然とその背中を見送る。


「……えっと、僕、おじさんになるの、かな?」

「たぶんな……」



 少しだけ目を閉じて想像してみる。

 性別は分からないけれど……五歳くらいの子供が、僕に向かって走ってくる。

 「おじさん!」

 と呼ばれるから、僕はその小さな身体を抱き上げる。

「きょうはおまつりのひだね!」

 わくわくと瞳を輝かせながら屋台を眺めるその子を宥めながら、僕は神事の扉を開く。あとで一緒にまわろう、と約束して。



 ……うん、いい感じだ。


「なんだ? 越生。一人で笑ったりして」

「べつにいいでしょ。明るい未来を、想像しているんだよ」


 未来は誰にも分からないけれど、一つだけ言えることがある。


 僕の叔父さんは、ノロイの残滓らしい。

 でも、まだ、生きてる。




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