第22話侵略活動開始!

 「おいっ!グレイマン!」

 静かなこの町の静かな家に木霊する僕の絶叫。

 「まだいるんだろっ!なぁ!無言でどこか行くなんてことはしないよな!」

 僕は繰り返す。

 いつもはしつこいくらいに僕を誘い出すくせに。

 今日だって学校まで弁当を届けに来たくせに。

 「返事くらいしろよ!今さら日本語が通じないなんて言わせねぇよ!」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 返ってくる音は常に回る換気扇の音。

 聞き慣れたその音が耳を侵略する。

 聞き慣れたはずなのに耳障りに感じる。

 ・・・・・・・・うざい。

 僕の中でそんな単純な感情が熾火のようにパチパチと小さく燃えていた。


 「なに!一体何なのよ?」

 僕の叫びからほんの数秒程で駆けつけてきた黒髪ロング少女と猫。

 あの電話の後猫の青ざめた顔から放たれた『宇宙人ちゃん誘拐されたかも』という一言で教室を飛び出した僕を追いかけてきたらしい。

 黒髪ロング少女の開口1番のその言葉通り、客観的に見れば何が何だか分かったもんじゃないだろう。

 それは僕も同じで。

 普段の僕ならうちゅうじんの誘拐なんて訳の分からない言葉で動かされるほどちょろい男ではない。

 だが僕はこの町に来てうちゅうじんと他人とは言えない関係、通称『保護対象』となってしまった。

 そんな彼女が誘拐されたと聞けば一目散に助けに行くのが筋であろう。

 ・・・・・・・・が、やはり訳が分からなかった。

 誘拐?

 誰に?

 何のために?

 ・・・・・・・・嫌な予感はしていた。

 今日はどこかおかしかった。

 猫のあの態度にも異変を感じていた。

 でも僕は見て見ぬふりをした。

 それが僕のポリシーだから。

 「た、タマのせいにゃ。あの時言わなければ。興味本位であんなこと聞かなければ!」

 血の気が引いたような顔で慄然する猫。

 僕はその姿を睥睨するしかなかった。

 「本当にごめんなさい!」

 そして猫は普段の微睡む姿から想像もつかないような大きな声で僕に頭を下げた。

 「ち、ちょっと!なに!ほんと何が起こっているの!」

 その光景をあたふたと見まわす黒髪ロング少女の瞳にもうっすらと涙が浮かんでいた。

 「とにかく1度話し合おう。」

 僕は2人を家へ招いた。

 異変を見て見ぬふりをした僕と、本能の赴くままに自分の好奇心を解決した猫。

 どちらが悪かなんて決めきれるはずがない。

 

 家の中には誰もいないと思っていた。

 僕の絶叫は紛れもなくこの家の中へ向けて放ったが、その声量はこの町の彼方にまで及ぶほどを想定していたから。

 もしグレイマンやおねさんがいるのならば何かアクションがあるはず。

 だからこそ僕は家に2人を招いた。

 誰もいないのなら別に許可を取らなくてもいい。

 ・・・・・・・・まぁ、誰の連絡先も知らないから取れないんだけど。

 やり方は色々あるのだろう。

 でも今の僕にはそんなことを考える余裕はなかった。

 閑話休題。

 僕はリビングへ通じる引き戸を開いた。

 「ミッキー。近所迷惑よ。」

 そこにはリビングの向かいであるキッチンに立つおねさんがいた。

 しかし僕にはそのことに驚く余裕すらも与えられないらしい。

 「た、煙草・・・・・・・・」

 おねさんの手元には添えられるようにして煙草があり、堂々と紫煙を上げていた。

 「あら?ミッキーも隅に置けないわね。女の子を2人もはべらせちゃって。私も頑張らないとね。」

 いつもは聞き流せる冗談も、いつもは笑える冗談も今の僕にはいら立ちしか与えない。

 燻る紫煙が僕の中に潜む熾火を少しずつ強くしている気がした。

 落ち着け。落ち着くんだ。

 僕は自己暗示で憤る気持ちを抑え込む。

 「どうして僕の声を無視したんですか?いつもは玄関の扉を開ける小さな音に反応して僕に飛び掛かってくるのに。」

 「黒髪ちゃん、猫ちゃん喉渇いたでしょ?何か飲みたいものある?水かウォーターならあるわよ。」

 いつもの艶めかしい声。

 どうやらはぐらかすつもりのようだ。

 なら・・・・・・・・

 「単刀直入に聞きます。グレイマンはどこに行ったんですか?」 

 僕は声を荒げ、この家に蔓延る換気扇の音をかき消した。

 後ろの2人は何も言えないといったところだろうか。

 それもそうだろう。

 これは僕たちの問題だから。

 

 僕の問いは解消されることなく紫煙とともに換気扇の先へ。

 謹聴の構えでいた僕はもはや呆れることしかできなかった。

 もし本当に誘拐されているのならこの時間は無駄だ。

 一刻を争う事態に足手まといは必要ない。

 僕の中で何も解決出来てはいないが足はまだ動く。

 もしかしたらまだ近くにいるのかもしれない。

 シンリャクカツドウ中なのかもしれない。

 「おねさん。今日は帰るのが遅くなります。それでは。」

 僕は体の向きを変え、呆然と立ち尽くす2人の手を引いた。

 「ねぇ。これでいいの?」

 「あぁ。戦場では見切りが大切なんだ。これは戦場カメラマンとして学んだことだ。」

 「ふんっ。笑えないわ。」

 

 引き戸に手を添える。

 後は引くだけ。

 銃の引き金なんてたいそうなものじゃない。

 だから簡単。

 でも今日は・・・・・・・・目的地がない。

 先の見えない道をひた走ることになるだろう。

 僕にできるだろうか。

 「ミッキーっ!」

 背後から耳鳴りを起こしそうなほどに高く、そして高圧的な声が響き渡る。

 その後すぐにリノリウムの道を踏みしめる音が木霊し、そして僕のすぐ後ろでそれは止まった。

 「何をするつもりなの?」

 「1度彼女たちを駅まで送ります。」

 「それで?」

 「その後はグレイマンを探しに行きます。」

 僕はおねさんの方へ向き直り、宣言した。

 迎えに行くとは言えない自分が情けないのは百も承知だ。

 見つからない時の保険を考えている時点でまだ覚悟が決まっていないのかもしれない。

 でも体は疼いている。

 「どうしてあの子を探しに行くの?」

 おねさんは鷹揚と話しているが、その語気はどこか強く、双眸は僕の奥底を見ているようだった。

 「そ、それは・・・・・・・」

 「あの子が可愛いから?とびきりの美人だから?あのキラキラした水灰色の髪に青い目。整った顔立ちに、守ってあげたくなりようなか細い体に白磁のような白い肌に魅せられたから?」

 おねさんの強い眼光にひるんだ僕にさらに追い打ちをかけてくる。

 しかしその口調はどこか悲しそうで。

 「ち、違う。」

 「じゃあ何?ミッキーが地元を離れ単身この町に来た時に生まれた孤独感、寂寥感はあの子が拭った。でも今のミッキーには黒髪ちゃんも猫ちゃんもいる。ならもうあの子に固執する必要はないじゃない。偽善?同情?もしそんなのなら・・・・・・・・私はミッキーを殺してしまうかもしれない。」

 穿った視線を送り続けるおねさんは何かを期待しているようで。

 その言葉の奥底からグレイマンが大好きなことが感じられる。

 僕は殺害宣言をされているのに何故か心がぽかぽかとしてきた。

 あぁ。僕ってドМなのかもなぁ。

 「偽善?同情?そんなことするわけがない。なんでそんな殊勝な事してやらなければならないんだ。夜中に無理やりいろんなところに連れて行かされ、挙句には家の前で雷に撃たれそうになったんだ。そのくせごめんも言えない、お礼も言えないやつに偽善を働くことも、ましてや同情してやることなんてできるはずがない。僕はあいつに怒っているんだ。いつもはなんだかんだ許してやっているけど今回は許せない。あいつは勝手に僕たちの下を離れたんだ。だから僕は叱ってやらないといけない。僕はあいつの下僕らしいからな。」

 僕は思いのたけをまくしたてた。

 あいつのことを話し始めると傲岸不遜に立ち尽くすあいつが見えた気がした。

 普段ならがっくりくるようなそんなシチュエーションでも今はなぜか笑顔になれた。

 やっぱり僕はあいつに侵略されていたらしい。

 「っはは。」

 だめだ。笑いがこらえきれないや。

 「あっははははははは!ミッキーはやっぱりミッキーね。」

 おねさんは僕の肩をバンバン叩き破顔一笑する。

 その狐のような細い目がキラキラと輝いていた。

 「だめねぇ。大人って。」

 そう言っておねさんは僕たちに背を向けた。

 「ミッキー急ぐ必要はないわ。あの子の居場所なら知っているから。身の安全も保障されてる。というかむしろ生活の質が上がっているくらいよ。」

 「そうですか。」

 「ええ。だからとりあえずその子達を駅まで送ってあげなさい。」

 「ちょっと待つにゃ!」

 まとまりかけていた僕たちの会話に水を差すかのように割り込む猫。

 僕はそんな猫に無意識にも強い視線を送ってしまった。

 「タマもお手伝いするにゃ。」

 やっと少し弛緩した空気が一変、一気にピリつく。

 僕は・・・・・・・・いや僕もおねさんも同じことを思っているのだろう。

 前述したとおりこれは『僕たちの問題』である。

 猫には謎の罪の意識があるらしいがそれとこれとは別である。

 「猫ちゃん。あなたには関係のないことなの。」

 「そうだよ。それにここまで来てくれただけでも感謝してるし。これ以上迷惑かけられないよ。」

 「そういう体裁を取り繕ったのは嫌いにゃ。」

 猫は僕にそして背を向けるおねさんに冷たく言い放つ。

 「タマは無償の愛なんて信じにゃい。だから取引にゃ。」

 「取引?」

 「そうにゃ。タマはあの子を救う大いなる手助けになる自信があるにゃ。」

 その口調は淡々と、それでいて何故か僕を扇動する。

 「タマはのことをよく知っている・・・・そう言えばわかってくださるのではないでしょうかにゃ?・・・・おばさん?」

 その自信満々な口ぶりから虚仮威しでないことは伝わったが・・・・・・・・最後の不穏当なおねさんの呼び方は・・・・・・・・

 「へぇー。いいわ。やってみなさいな。マイペースで自分のテリトリーでしか活動できない根暗な猫にやれるもんならね。まぁにだけはならないでほしいわねぇー。」

 「フフフ」「にゃにゃにゃ」

 そんな不敵な笑みを浮かべながら牽制しあう2人に僕は胃がキリキリするのを耐えることしかできなかった。

 「・・・・・・・・あのぉー。私もお手伝いしたいなぁ・・・・・・・・なんて。」

 「おみゃえは帰れにゃ。おみゃえは猫の手になるだけにゃ。」

 「いー------やぁぁぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「黒髪ちゃん。あなたは可愛いから許す。」

 そんなこんなでこれから始まる。

 僕たちの侵略活動。

 目指すは宇宙!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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グレイマン少女の侵略活動 枯れ尾花 @hitomu

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