第21話くどい

 空は相変わらずどんよりと厚い雲が覆いかぶさっている。

 春の陽気な面影はなりを潜め、根拠のない不安が心を苛んでいる気がした。

 少し微睡む体に鞭を打つどころか眠気が増すばかりで。

 僕は窓の外を見るのを辞め、手元の活字に集中することにした。


 時間がたつほどに重くなる瞼に耐えながら過ごした2時間はやはり長く、それはいつもと変わらない。

 興味のない話を強制的に聞かされているその環境は、さながら寝てはいけない場所で母の子守唄を聞かされているようなそんな感覚に陥る。

 無慈悲なその唄は僕のみならず、範囲魔法のようにクラス中の人間に作用するわけで。

 内申点を気にしない大バカ者(主観)はグーグーと居眠りをしていた。

 僕には、残念ながらというべきなのかは分からないがそんな振り切った考え方はできないので血眼になりがら授業に耳を傾けていた。

 何度も言うように僕の席はドア側の1番後ろの席。

 誰が寝ていて、誰が寝ていないのかは一目瞭然である。

 だから僕は隣の猫がいつも寝ていることを知っているわけで。

 ・・・・・・・・しかし、今日の午後の授業は眠っていなかった。

 姿勢は相変わらず机に突っ伏していたものの、寝息も聞こえなかったし、位置が定まらないのかしきりに動いていた。

 先生から見れば眠っているように見えるのは少し損かもしれないが。

 彼女の様子がおかしくなったのは昼休み・・・・・・・・グレイマンがグレイちゃんに変わった辺りから。

 なにか喉に引っかかっているといった感じの表情をしていた。

 ・・・・・・・・魚の骨じゃないことを祈るばかりだ。

 

 『放課後、少し残ってほしいにゃ。話がある。』

 6限目の授業が終わり、そんなセリフを残した猫。

 僕は言われるがまま教室に残っていた。

 あんな顔されちゃ断れねぇよなぁ。

 その時の彼女の顔はどこか焦燥感、寂寥感、そして憔悴したような複雑で様々な感情が混じった何とも言えない悲痛なものだった。

 一体何があったのか、何を知ったのか。

 しかしそれは間違いなくあのグレイマンのことで。

 ある意味身内といえるあいつのことで迷惑をかけたのなら僕は猫の言いなりになる責任がある。

 ・・・・・・・・というのはおそらく建前なんだろう。

 閑話休題。

 僕を待たせる当の本人の姿は現在ない。

 猫は終礼の時間にもいなかった。

 それなのに先生は何も言わない。

 ・・・・・・・・どうも猫に対してこの学校は甘い気がする。

 というか遠慮している気がした。

 「ねぇーまだなのぉ?」

 少し遠くの方で・・・・といっても教室内なので大した距離はないが、途切れることなく聞こえる貧乏ゆすりの次は気怠そうな声。

 靡かないはずの無風の教室でその長く艶やかな黒髪を手で払うしぐさをする。

 残念ながらその教室には光が差し込まなかったものの、彼女は相変わらず絵になる。

 というかむしろ彼女には曇った日がお似合いなのかもしれない。(良い意味で)

 「君も猫に言われて残っているの?」

 僕は質問に質問を返した。

 なんせ彼女の質問には答えられなかったから。

 すると彼女は驚いた顔をし、そして・・・・・・・

 「ま、まぁね。そういうこと。・・・・うん。そういうことにしておくわ!」

 彼女は意図してこんなにも分かりやすいことをしているのか、それとも何か裏があるのか。

 初めて会った時のクールな雰囲気が今となっては噓のようで。

 僕は彼女のことをいまだ掴めていない。

 ・・・・・・・・まぁ会って2日目だしね。

 

 「すまないにゃ。お待たせにゃ。」

 毎度おなじみの引き戸を引く音と、同時に現れる登場人物。

 それは黒髪ロング少女とのやりとりから程なくしてのことだった。

 「・・・・・・・・ってなんでおみゃえもいるにゃ!お前呼んでないにゃ!帰れにゃ!」

 猫は黒髪ロング少女を発見し、その瞬間まるで機関銃のように連続で絶え間なく叫び、最終的に帰宅を命じた。

 ・・・・・・・・言い過ぎやろ。

 僕はすかさず黒髪ロング少女の方へ向く。

 なにかフォローできることがあるかもしれない。

 「う、うるさいわね!別にいてもいいでしょ!なに?なにかやましいことでもするのかしら?」

 彼女はこの教室内の優劣を一気に変えるべく猫を煽る。

 やましいことなんてあるはずがない。

 でも・・・・・・・・もしあったなら・・・・・・・・

 「そんなわけないにゃ!」

 声を大にして否定された。

 あるわけないと思っていても男という生き物は期待してしまうものだと世の天然色仕掛け女には理解していただきたい。

 少し落ち込む僕をあざ笑うかのように嫣然とする黒髪ロング少女。

 僕はこいつを見捨てることにした。

 「あれ?でもさっき聞いたとき、猫に呼ばれたみたいなこと言ってなかったっけ?」

 僕は・・・・・・・裏切った。

 大きな瞳を細め、鋭い視線を送られたがお構いなし。

 昨日の分の仕返しもできたと思うとすっきりとした。

 「まぁ、いいにゃ。別にいても問題ないにゃ。」

 「・・・・えっ!いいの?!」

 「ふんっ!渡辺君。覚えておきなさい。私を仲間外れにしようとしたこと後悔させてあげるわ。」

 あんなに大きな声で存在を否定した猫が簡単に手のひらを返しやがった。

 そのせいでなぜか僕が黒髪ロング少女をのけ者にした主犯格みたいになっている。

 あぁ。そりゃこんなことも言いたくなる。

 ほんと・・・・・・・・「「「なんて日だ!」」」

 「・・・・・・・・心を読むなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 閑話休題。

 話が脱線してしまうのは僕たちの悪い癖なのか。

 今日こうやって放課後に残っている意味を忘れそうになる。

 ええっとーたしかぁー・・・・・・・・

 そう、『放課後、少し残ってほしいにゃ。話がある。』と猫に言われたから。

 つまり未だにその謎は解き明かされていない。

 はぁー。今までの時間を返してほしい。

 まぁ楽しかったんだけど。

 「それで?どうして僕を放課後に残したの?」

 「『達』が抜けてるわよ?渡辺君?」

 相好は朗らかに、しかしその裏はまるで般若のようで。

 ってもう彼女をいじるのはやめよう。

 話が一向に進まない。

 「それで?どうしてを放課後に残したの?」

 「う、うん。実はにゃ・・・・・・・・その前に確認したいことがあるにゃ。」

 猫は改めて僕に向き直る。

 そのアンバー色の慧眼は僕の黒い目を捉える。

 姿勢が妙に正され、緊張感が走る。

 「昼休みに聞きそびれたことなんだけど・・・・・・・・あの宇宙人とはどういう関係にゃ?」

 『あの宇宙人とはどういう関係』という第三者が聞けばふざけているのかと思うようなセリフは僕の心にずしりと突き刺さった。

 心臓をレイピアに突き刺されたような、そんな原因のわからない痛みが体を苛む。

 ・・・・・・・・家族・・・・・・・・とは言いずらい。

 かと言って友達でも、ましてや恋人でもない。

 それでも他人とは言えない間柄。

 まさに名状しがたい間柄ではあるものの、もし名前を付けるのなら・・・・・・・・

 「保護対象・・・・・・・・みたいな?」 

 「「え?」」

 2人が唖然としているのが分かった。

 そして訝しむような視線を送りつけられる。 

 それもそうだろう。

 日本において・・・・・・いや世界中において紛れもなく稀有な関係で、それでいて少し危険なにおいのする間柄。

 そんな存在が今、目の前にいるのだから。

 だがしかし、変な誤解は解くべきである。

 「誤解しないでくれ。エッチな意味は一切ない。すごく純粋・・・・・・・・そう!ピュアな関係。日常系アニメを見てほっこりするのと同じくらいの関係性だと思ってくれればいい。」

 僕は必死に説得を試みた。

 ・・・・・が、残念ながら功を奏したとは言い難かった。

 「きゃー必死じゃん!なによピュアな関係って!あれでしょピュアってタイトルで付けといて実際はエロいアニメーみたいな感じでしょ。これなら親と見れるだろと思って油断させといて家庭を森閑させるやつでしょ!」

 黒髪ロング少女は大げさな身振り手振りで僕を小馬鹿にする。

 それはそれは嬉しそうで、その柳眉は山なりになっていた。

 ・・・・・・・・クソアマがぁぁぁぁぁぁ。

 女の子といえまだ出会って2日目の浅い関係。

 仏の声も届くとか届かないとか言われているとか言われていないとかの僕ですらこいつを慟哭させてやろうかと思った。

 しかし今日の風は彼女には向かい風だったらしい。

 「おみゃえうるさいにゃ!話が進まにゃい。邪魔するにゃら帰れ!」 

 ケラケラとあざ笑う彼女に肉薄せんとばかりに怒鳴る。

 その衝撃に耐えられなかったのか彼女の瞳から・・・・・・・・もう知らねぇ。

 放っておこう。自業自得だ。

 猫はコホンと1つ咳ばらいをし、手を顎に添え俯く。

 「・・・・血のつながりはにゃい・・・・と。」

 「え?今なんて?」

 「な、なんでもないにゃ!にゃら、あの宇宙人について何か知っていることはあるかにゃ?」 

 まるで何かをごまかすような身振り手振りを交え僕に新たな話題を振ってきた。

 ・・・・・・・・何か知っていること・・・・・・・・か。

 前述したとおり僕は彼女のことを全然知らない。

 知っていることといえば僕が出会って自ら発見した中身がすっごい美少女で世間知らずでドジでそれでも憎めないこと。

 でもそれは僕の主観交じりの物で、もし他の人が僕と同じように彼女と接したときには違う意見が出るだろう。

 だから僕は彼女のことは何も知らない。

 生い立ちも親の名前も出身地も。

 「・・・・・・・・何も知らねぇな。」

 そんな自分が不甲斐なく思えてきた。

 「そうか・・・・・・・・にゃ。なら今はまだその時じゃにゃいのかもしれないにゃね。」

 「どういう意味だ?」 

 「さっきまでのことは忘れるにゃ。予定変更にゃ。」

 猫はニパァっと笑い、ひとりでに頷く。

 それはまるで自分の中で何かを納得させたような、そんな気がした。

 「ほらおみゃえも。いつまでもめそめそするでにゃい。おみゃえが泣き虫になっても価値は変わらないにゃ。」

 自分が原因とは露程も思っていないのか、端っこの方でうずくまる黒髪ロング少女を励ましに行った。

 泣き虫になって価値が変わらないって・・・・・・・・まさかね。

 昨今話題になったカード『泣き虫メッ〇ン』のことでは・・・・ないよね?

 ないと信じたい。

 ゴホン。腹減った。

 背中をさすられる黒髪ロング少女はどうやら復活したらしい。

 先ほど『別に泣いてないからっ!』と自分に言い聞かせるように叫び立ち上がった。

 「そ、それでっ!結局あんたはなんのために渡辺君を残したわけ?」

 「実はにゃ。朝から感じてたんにゃけど。」

 ゴクリと生唾を飲む音が聞こえたような聞こえないようなでももしかしたら聞こえたようなそんな感じの雰囲気が漂う。

 無論僕は唾を飲み込んだ。

 さっきまでの緊張感のせいで喉が渇いていたから。

 バン!っと何かを叩く音が鳴り・・・・そして・・・・ 

 「ヒャッ!・・・・びっくりしたにゃぁ。」

 「お前が鳴らしたんだろっ!」

 新喜劇かと言いたくなるほどにベタなことをし始める。

 これが彼女なりの気遣いだと気付くには僕たちの関係はまだまだ浅かったみたいだ。

 

 「実はにゃ。朝から感じてたんにゃけど。」

 少し間が空き、彼女はもう1度同じ環境を作ろうとしていた。

 そろそろ帰りたい・・・・とは言いずらい。

 なぜか分からないが黒髪ロング少女の顔が真剣だったからだ。

 何を期待しているのだろう。

 さっきから一言も話さない。

 彼女から話を振っておいて。

 僕が黒髪ロング少女に目を奪われていると、不意にビシッと指を指された。

 「な、なに?」 

 「凄くいい匂いがするにゃ!なんだか豊洲市場にいるような、そんな気すらするくらいに!なんでにゃ?なんでにゃ?!」

 「い、いやぁ・・・・えっ?豊洲市場?」

 「是非とも結婚を前提に結婚したいにゃ!」

 「け、けっこ」「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 僕の言葉は絶叫にかき消された。

 その光景は現代の政治を暗喩しているようで。

 最近は能力実力よりも知名度で当選する輩が多い。

 それもこれも若者のせいだというが。

 「あんたぁ!何言ってんの!わ、渡辺君と結婚だなんて・・・・破廉恥!時代錯誤も甚だしいわ!」

 「あっ電話にゃ。」

 「聞きなさいよっ!」

 僕のドキドキはそんな言い争いのおかげで雲散霧消した。

 ・・・・・・・・これでよかったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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