*5-1-3*

 艦体の振動に合わせて明滅する照明。地鳴りにも似た音と共に足元は大きく揺れる。

 敵艦からの攻撃と波の影響によって、激しく揺れるサンダルフォンの航空格納庫に収められた航空機内にはマークת一行と国連の2人、ヴァチカンの2人の姿があった。

 共和国との決戦の火蓋が切って落とされてからというもの、この手の振動が収まることがない。

 報告に上がる内容でしか状況を掴めぬ中、一行はただひたすらに自分達の役目が訪れる時を待ち続けていた。

「おい、本当に大丈夫か!? 沈んだりしないだろうな?」

 ルーカスが言った途端、縦型の振動が全員の足元を襲う。

「っ! 危ない! バランスを保つのがやっとってところだな。不安だろうが、絶対に座席から離れるんじゃないぞ」

「離れたくとも離れられません!ですが固定されている方がより一層不安を感じます。 っで!? 俺達の役目はいつになったら訪れるんだ?」

 ジョシュアの言葉に頷きつつ、ルーカスは耐えかねた風にマリアへ問うた。

 対するマリアは実に涼し気な表情で背もたれに身を預けて座り、足組をしつつ退屈そうな表情で言う。

「そう慌てることはない。それより、逐次喋っていてはいずれ舌を噛むよ? 少しは落ち着きを持つと良い。為すべき目標を達成したいなら、常に冷静さと落ち着きは欠かさないことだ」

 マリアの横ではアザミがやはりすまし顔のまま優雅に腰を下ろし、小窓の外に広がる格納庫内の様子を見下ろしている。

「えー、へいへい。これだ。ったく、玲那斗からも何とか言ってくれ」

「マリアの言うことも一理ある。だが、肝心なのは俺達に役回りが回ってくるのかというところだけどな」

 真剣な表情で振動に耐えつつ、玲那斗はルーカスへ言った。

 シートベルトで座席に固定されているとはいえ、サンダルフォンの船体が揺れるたびに放り出されそうになるほどの衝撃が絶え間なく襲ってくるという有様だ。

 この調子で状況が継続したとして、本当に沈むこと無く出番が回ってくるのか不安になるのも当然といったところである。

 そのようなマークתの不安を他所にマリアは無邪気な笑みを湛えながら言った。

「焦らずとも“その時は必ず来る”。私の未来視を信じたまえよ。いや、貴官らに言うのであれば、私ではなくイベリスを信じろと言った方が効果的かな?」

「あぁ信じているとも! イベリスのことを疑ったことなんてないさ。俺達が信じられないのは…… っと!っぶない!」

 ルーカスが言いかけると、再び巨大な振動が格納庫内を襲った。

 揺れが収まるか収まらないかというタイミングで艦内警報が鳴り、各部署への報告が一気に慌ただしくなる。

『総員、対衝撃用意。繰り返す、対衝撃用意』

『機関全速。側方より迫る艦船を回避しつつ、本隊より先行する』

『荷電粒子砲発射態勢。砲塔付近の隊員は速やかに退避し、所定の位置にて待機せよ』


 一行が耳を澄ませて艦内放送に聞き入る中、マリアは1人別のことを思案していた。

『アンジェリカの奴、サンダルフォンにではなく連合艦隊に向けて荷電粒子砲を撃ったか。まるで心の読めない気まぐれ猫だな。だが、その遊び心を選択したことが決定的な君の敗因だ』

 余裕の表情を浮かべ、笑みまで垣間見せるマリアを横目にロザリアが言う。

「准尉さんは少しお喋りが過ぎるかと。こういった場合に女性陣より騒がしい殿方など聞いたこともありませんわ」

「そりゃそうだろうさ。女性男性の問題じゃない。数多の修羅場をくぐってきただろうあんた達と違って、俺達はこんな状況に放り込まれたのが初めての経験だからなっと!」

 ルーカスが言い終わるか否かというタイミングで、サンダルフォンが航行速度を加速させた影響により全員の態勢が同じ方向へと引っ張られた。

 揺れが収まった後、一連の様子を見ていたフロリアンがルーカスに向けて言葉なく、手振りだけで“落ち着きましょう”と合図を送る。

 それを見てマリアが笑いながら言う。

「まったくもって、どちらが上官なのか分からないね。アメルハウザー准尉、今しがたロザリアが言ったように、落ち着きを持った方が良い。“言葉の多さは虚しさを増すだけで、我々に何の利益をもたらすこともない”。それに、役回りが訪れるまでに君達の誰かが負傷してもらっても困る。准尉、君の場合はそのままだと1分後に頬の内を噛む」

 未来視による確定事項。枝分かれした別未来を獲得し、痛い思いを回避する為には即座に行動を改めるしかない。

 ロザリアとマリアに窘められ、渋々といった風にルーカスは引き下がる。

「旧約聖書に確か、んな言葉があったな?」

「コヘレトの言葉だ」

 ルーカスの言葉にジョシュアが言うと、大きく頷きながらルーカスが続ける。

「黙して語らず、機を待てと。あー、分かった分かった。騒ぐのは止めにしよう。だが、ここらで俺達の取るべき行動についてもう一度確認させてもらいたい。落ち着いて話をする機会こそ、今後訪れるかもわからないからな」

「もちろん。開かれた協議や確認は重要だ。歓迎するよ?」

 笑みを潜めたマリアは視線をしっかりとルーカスへ向けて言った。

 ここからが重要事項の確認となる。その場に集う全員が2人の言葉に耳を澄ませた。

「OK。では確認だ。俺達の目的はグラン・エトルアリアス共和国要塞、アンヘリック・イーリオンへ今一度直接乗り込むことである」

「然り」

「海戦の隙を見て航空機で直接共和国へ乗り込む為、その機会を逃すことが無いように常時ここで待機をしていると」

「それもまた、然り」

「っで、その機会というのはいつ訪れる予定だ?」

 一同の目線がマリアへと集中する。彼女の未来視では何が捉えられているのか。その時とはいつ訪れるのか。

 マリアが言う。

「間もなく、としか。その時が来ればイベリスが動く。先に君が言った通り。今のところ、我々はただ黙して待つのが最善だ」

 彼女が言い終えた時、ジョシュアが挙手をして言った。

「計画ではアルビジアもアンヘリック・イーリオンへ同行することになっているはずです。しかし、彼女は今甲板上で敵艦船群と直接的な交戦状態にある。機会を逃さず、どのタイミングでここに連れてくるのか聞かせてもらっても?」

「それもイベリスの判断次第といったところだね。共和国軍と激しい交戦状態にある中で迂闊にアルビジアを下げるわけにはいかない。

 カローンに対してはアイリスとアヤメがうまく立ち回ってくれているが、ミサイルやその他の兵器についてはアルビジアの力なしでは防ぐことも回避することも難しいだろう。

 アイリスとアヤメは自身が持つ異能の効力も相まって、意思を持たぬ者の動きを掴み取ることを極端に苦手としているからね。それと、一点攻撃ではない範囲攻撃を防ぐ手段も乏しい」

 肝心な部分に対しては具体性のない答えだ。呻りながらジョシュアは問いを終えるが、隣で話を聞いていた玲那斗が後を継いで言った。

「聞けば聞くほどに、前提が難しいミッションだと感じる。そもそも、ネメシス・アドラスティアやアンティゴネの攻撃を回避しつつアンヘリック・イーリオンに辿り着くこと自体が至難の業のはずだ。飛び立てば墜とされる。アンジェリカが俺達を見逃すとは思えない。

 けれど、君は何の迷いもなく俺達が城塞に辿り着くことが出来ると確信している節がある。であるなら、危険な賭けに固執することのない君のことだ。その目が確定的な未来を捉えていることは間違いないのだろう。俺達はそれを信じるしかない。

 ただ、そこで疑問に思うはひとつ。それほどまでに確定的に成功すると認める未来の行動について、具体的にどのタイミングにおいて行動を開始すべきなのかがいつまでも明確にならないことだ」

 玲那斗の問いにロザリアが同調して言う。

「わたくしも気になるところではあります。アンジェリカの動きが読めないから慎重に動いているという点についてならば、同類であるわたくしにも趣旨が理解できるというもの。

 しかし、この行動においては本来アンジェリカの意思や意図とは関係なく実行しようと思えばできるもののはず。玲那斗の言う通りに至難の業といえど、イベリスやアルビジア、そしてアザミ様の力があれば無理やりにでもアンヘリック・イーリオンへ辿り着くことだけは叶いましょう。

 であるにも関わらず、じっとして動こうとはせず、ただひたすらに機を待ち続けている。

 実行できるが敢えてしない。行動に対するリスクが非常に高い且つ、危険を回避する為の労力が多大にかかるという点が大きな理由のひとつ。加えて、早期に動き出すメリットより、機を待って得られるメリットの方がより重要であるから。そのようにわたくしは受け取っております。であれば考え付く仮説はひとつ。

 後述した機を待つことで得られるメリットとは、その高いリスクを極限まで低下させる出来事の発生を指している。そう、貴女は何かを待っている。違いますか?

 いえ、具体的に言うと“視えているけれど視えていない”不確定要素がひとつかふたつありますわね?

 確定的に起きる未来の事象ではあるが、それが“いつ起きるのか”については貴女自身も分からない。故に待つしかないと」

 2人に問われたマリアは静かに目を閉じ、小さな息を吐く。

 そうして再び目を開き、その場の誰に目配せするでもなく言った。

「私の心を視通すことが出来ない君が、そのように深くまで私の心情を汲んで言及するとは。求められる言葉以外を述べなかった君が、そうして自らの意思のみに基づいて言葉を発することが出来るようになったのは、偏にこの場の誰かの影響によるものかな?」

 マリアが言うと、ロザリアは“余計なお世話だ”という不満を顔に出して静かな抗議をしているようであった。黙り込んだ主をアシスタシアは横目に見るが、涼しい顔をしたまま反応を示そうとはしない。

 フロリアンを始めとして誰もが“この場の誰か”の正体に気付いたが、言及された当人であるルーカスはまるで何も気付いていない様子だ。怪訝な顔をして周囲を見回している。

 よもや当人だけが気付かないとは。

 彼のあまりの鈍感さを見たマリアは、ロザリアの心情を慮って首を幾度か横に振りつつ話を逸らして言った。

「いずれにせよ、私が答えるまでもない。もうじき答えはつまびらかになる。“光は正しき者の為、暗闇の中にも顕れる”とね」


 そのようにマリアが余裕の表情を湛えて言った直後である。

 唐突に艦の機関音が停止し、格納庫の照明が落ちたかと思うと非常用赤色灯のみが灯された。動力によらず、ただ滑るように航行する感覚は明らかに慣性航行をしていることを示している。

 何事かとマークתの全員が小窓の外を覗く中、理由を伝達する艦内放送が響き渡った。

『荷電粒子砲発射に伴い、各所エネルギー供給の一部を制限する。供給再開まで30秒。機関再始動まで、残り60秒』

 不安げな面持ちのマークתを尻目に、マリアはぽつりと言う。


「どうやら、その時が来たようだ」


 非常灯に照らされた格納庫から差し込む灯りによって、不気味なほど赤く染まった航空機内。

 そこで、まるで勝利を確信したかのようにマリアは不敵な笑みを浮かべるのであった。



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