*2-6-2*

 凄まじい衝撃がサンダルフォンの巨大な船体を揺らし、激しい振動によって睡眠の最中にあったマークתの全員が目を覚ます。

「何だ!何が起きた!」

 目を擦りながらルーカスが言う。

 部屋で明滅を繰り返す赤い警告灯に鳴り響くサイレン。ただ事ではない異常事態が発生したと誰もが瞬間的に理解する。

 衝撃によってベッドから振り落とされそうになった玲那斗であったが、すぐ傍でイベリスが庇うように支えた。

「すまない」

「良いのよ」

 玲那斗はイベリスに礼を言いながら、この時イベリスの瞳が青紫色からグレー色に戻る瞬間を見逃さなかった。

 彼女はつい先程までどこかに分身体を投影していたのだろうか?

 玲那斗が思案を巡らせる中、ジョシュアが部屋を見渡して言う。

「全員無事か?」

 玲那斗とフロリアン、アンディーンが順に返事を返す中、ルーカスがふとイベリスを見て言った。

「アルビジアは?」

「彼女なら甲板上よ。10分ほど前から悪い予感がしていたの。その時、彼女も目を覚まして同じように〈嫌な感覚がする〉と言って」

「1人で甲板上まで行ったのか?」

 玲那斗がイベリスに良い、彼女が静かに頷いたと同時にサンダルフォンの艦内放送用のスピーカーから甘ったるい少女の声が響き渡った。


『ん~ぁあーマイクてすってすっ♪機構の皆さんこんばん、わぁ!^^いあ、いあ!公国の貴族たるもの挨拶は高貴に振舞うべきかなぁ、なんて☆ご機嫌麗しゅう、皆の衆!』


 声の主が誰かなど確認する必要すら無い。

「アンジェリカ……」

 スピーカーに目を向けて玲那斗は言った。

 皆が口を閉じる中でアンジェリカは意気揚々と機構の全員に向けて話しを続けている。

 この時、ルーカスも同じようにスピーカーに目を向けていたが、それと同時に小さな窓から見える外の様子が視界の端に入った。

 そこで目に飛び込んできたのは衝撃的な光景である。

「ミラーシステムが稼働している?しかも多くが損壊している!」

 彼の言葉に全員が窓の向こうへ目を向け、何が起きているのかを見て取った。

 サンダルフォンの持つ最新鋭の調査システムがこのタイミングで稼働していることも衝撃であったが、何よりもそれらの飛行端末が無惨にも落ちていく光景が全員の度肝を抜いた。

 外では空から降る流星の如く、真っ赤に燃えるミラーシステムの残骸が次々と海へ落下していく景色が広がっている。

 システムの残骸や鉄片が海面へ次々降り注ぐ光景を見て玲那斗が言う。

「アルビジアは甲板上だと言ったな?すぐに迎えに行かないと!」

 しかし、言い残して走り出そうとする彼を制止してイベリスは言った。

「待って!外は危険よ。私の力で彼女を迎えに行くわ」

「届くのか?」

「大丈夫。今夜マリアとそこで話をした時に距離は掴んでいるから、問題ないと思う」

 巨大なサンダルフォンの船体は全長350メートルもある。イベリスの分身体の限界投影距離が200メートルであることを踏まえ、生活区画にある自分達の部屋からではぎりぎり届くかどうかといった距離に違いない。

「私を信じて。それに、みんなが行くのはやはり危険すぎるわ」

 玲那斗はジョシュアに目配せし、彼の了承を取り付けて言う。

「分かった。頼む」

 その言葉を聞いたイベリスはすぐに能力を発動したらしい。彼女の左目が青色から順に移り変わり、間もなく赤色に輝いた。


 この間、ルーカスとフロリアンは状況を把握する為に手元のヘルメスで艦内情報の収集を試みていた。

「今のところ何が起きたのかはさっぱりだな」

「はい。衝撃を感知して警報が作動したこと以外に有効な情報は……いえ、前方40キロ先に艦影を捉えたみたいです。空飛ぶ戦艦?」

「ブリッジの映像を出します」

 フロリアンの言葉を聞き、ルーカスがホログラムモニターを立ち上げてブリッジが受信している映像とまったく同一の映像の再生を開始した。


 相変わらず艦内放送で流れるアンジェリカの声に加え、モニターから次に聞こえた来たのは予想外の言葉であった。


『敵艦艇に類似する設計データがプロヴィデンス上に3隻ほど登録されています。コード:サンダルフォン、メタトロン、ミカエルです!』


 何だって?

 同一設計の艦艇がグラン・エトルアリアス共和国の艦として空を飛んでいる?


『きゃはははは☆傑作ぅ!最初にそこ、気付いちゃうんだ?ご名答ぅご名答ぅ☆褒めて遣わす!やったね、星を3つ上げよう。あと2つ頑張ってね?』


 およそこの場には似つかわしくない無邪気さを伴った声が響き渡る。

 その後はマリアの声がモニターから聞こえ、アンジェリカと会話を始めたという状況が伝わって来た。


 ここに至ってイベリスは、先ほど隣の部屋で彼女達を話したことをマークתの全員に伝える。

「みんな聞いて。私はついさっきまで隣のマリア達の部屋に自身を投影していたの。嫌な予感が拭えなくて、マリア達の意見を聞きたかったから」

「彼女は何と?」

「“自分が手配した国連軍の艦隊がおそらく全滅した”と」

「国連軍が全滅?アンジェリカの仕業か」

「きっとそうだって言ってたわ。マリアは未来を予知することが出来る。確定された未来を視ることも。それで“人を殺す為に作られた光が全てを溶かす景色が見えた”と、彼女もアイリスも言っていたわ」

「アイリスは人の心にある言葉を感じ取ることが出来るんだったな。2人揃って同じように感じ取ったということは……」

 玲那斗が悲痛な表情を浮かべながら言った時、丁度マリアが国連軍の艦隊についてアンジェリカに問い掛けたところであった。

 質問に対し、アンジェリカはケタケタと楽し気な笑い声を発しながら言う。


『聞かれたからには答えてあげるのが情けというものだと思うから?敢えて包み隠さず答えちゃおう☆うん、沈めた!全員^^』


 確定した。

 国連軍の艦隊はグラン・エトルアリアス共和国、アンジェリカの手によって既に全てが沈められてしまっている。

 彼女は国連軍艦隊を手にかけた後で自分達の元に来たらしい。機構の艦隊と国連軍の艦隊は距離にすればおよそ1000キロ弱の位置関係にあったはずだ。

 空飛ぶ戦艦が飛行機と同等の速度で航行できるのであれば、およそ1時間程度前に彼らは沈められたというところだろう。

「わざわざ殺したのか。自分達にそれを見せつける為だけに、彼ら全員を!」

 深い憤りを覚えてルーカスは叫んだ。

 ノーフォーク海軍基地から派遣された第8空母打撃群を中心とする15隻の大艦隊。

 乗り込んでいた兵士の数は数万人に及ぶだろう。その尊い命が、おそらくは一瞬で失われたのである。


 グラン・エトルアリアス共和国の艦船が国連軍を葬り去ったという事実を聞いたアンディーンは悲し気な表情で下を俯いたまま、何も言葉を発しなかった。

 一瞬、彼女と視線を交わしたジョシュアが首を横に振り〈考えるな〉という意思を送る。アンディーンは静かに頷いてみせたものの表情は変わることは無い。


 それぞれが怒りや悲しみといった表情を見せる中、モニターからは次にマリアはアンジェリカに対してどうやって機構の通信回線に割込みをかけてきたのかを問いただす様子が映し出された。

 ただ、その質問の直後にアンジェリカが放った言葉に一同は凍り付くこととなる。


『あぁ、そういうこと?』


 モニター越しからでもひしひしと伝わる冷酷な重圧。アンジェリカは、明らかに先程よりも残酷で冷徹に見える嘲笑を浮かべ、全ての人間を見下すような目を向けたまま言い放ったのだ。


『貴女が問いたいのはこういうことでしょう?今この瞬間もだけれど、どうして私達が“神が全てを視通す目”に割込みを掛けることが出来たのか。でも、答えは実に単純明快なのよ。貴方達、機構が有り難がって使っている“それ”。プロヴィデンスは元々私達、グラン・エトルアリアス共和国のものなのよ』


 次いで、アンジェリカは言葉を言い終わると共に右手をぱちんっと弾くが、直後にルーカスは自身の持つヘルメスに起きた異変をすぐに見て取った。

「そんなバカな」

 ルーカスの言葉を聞いた全員が自身の持つヘルメスを取り出し、モニターを起動して見つめる。


 サンダルフォンのシステムプログラムが再起動をするのと同じくして、ヘルメスも強制的な再起動をかけられたのである。

 そうして起動し終わったヘルメスのモニターには〈Providence〉という名称の直後に〈MDCCLXVI〉という見慣れない名称を表示するという変化が生じていた。


『データベースへのアクセス権限が書き換わっています。〈Open-Secret〉の上位にカテゴリー〈Classified〉を確認』


 ブリッジにいた隊員の報告を聞き、全員がプロヴィデンスのデータベースに保管された情報へのアクセスを開始する。

「見たことも無い情報だらだけだ。Secretの上位権限?」

 唖然とするルーカスのすぐ近くでフロリアンが声を上げる。

「プロヴィデンスにアンジェリカの生体データの登録があります。僕達がこれまで参照していた〈対象A〉でなく、彼女のデータそのものが」

「酷い種明かしもあったもんだな」

 左手で頭を抱えながらルーカスは言う。

「ってことは、ミクロネシア連邦支部にアンジェリカが立ち入った形跡があると話した件。あれは彼女が何らかの“手段”を講じ、セキュリティを掻い潜って支部に潜入したのではなく……」

「機構の隊員と同じように、堂々と正面から立ち入った。ということか?」

 ルーカスの話を引き取りジョシュアが言った。

「その通りだと思われます。我々の登録と同じようなデータが存在するということは、彼女も機構の隊員とまったく同じように支部やセントラルに立ち入ることが出来ると考えるのが自然です。加えて、これまで秘匿されていた上位権限へのアクセス権も有し、現に事実として今我々の専用回線への介入を行っています」

「ということは、グラン・エトルアリアス共和国は機構の艦船全てを乗っ取ることが出来るんじゃないか?」

 玲那斗がふと思い浮かんだ懸念を言う。しかし、直後にスピーカーから聞こえたアンジェリカの声によってその不安は一瞬で霧散した。

 既に彼女達、グラン・エトルアリアス共和国がプロヴィデンスに対するアクセス権の大半を放棄していると言ったのだ。


 一同がほんの僅かながらではあるが、安堵の息を漏らした時、ふとイベリスが言う。

「戻って来た。彼女にお礼を言わなきゃ」

 全員がイベリスに目を向けたと同時に部屋のドアが開く。皆がイベリスに向けた視線を一斉にドアへと向け直すと、そこにはアシスタシアと彼女の肩にもたれかかるアルビジアの姿があった。

「ありがとう、アシスタシア」

「いえ、私はロザリア様の命に従ったまでのことですから」

「貴女も意外と素直ではないのね」

「私を作った主人によく似たのでしょうか」

 そう言いながらアシスタシアはアルビジアをベッドまで連れ、腰を下ろさせる。

「みんなごめんなさい。勝手なことをして」

 アルビジアは今しがたスピーカーから流れたアンジェリカの言葉を聞いていたらしい。

 元々船には直撃しないように撃ち込まれたミサイルを、自分が手出ししたことで命中させてしまうかもしれなかったということについて謝っている。

「いいや、アルビジアは俺達全員を守ってくれたんだ。気にする必要はない」

 玲那斗が言う。

「今、ヘルメスから新たに確認出来る情報を調べた。奴らが撃ち込んできたミサイルってのは極超音速ミサイルと呼ばれるものだ。名をヒューペルボレアというらしい」

「ヒュペルボレイオス……北風の彼方に住む者達。ギリシャ神話に語られる名か」

 ルーカスの言葉にジョシュアが言う。

「極超音速ミサイルの航行速度はマッハ5以上で、おおよそマッハ12相当であると言われている。あー、詳しい話は省くが、その速度からして実際に5メートル横を通過してみろ。当たらずとも艦は衝撃波だけでひっくり返っちまう。仮にアルビジアが何もしなかったとしたら、今ここで俺達は奴の話を聞ける状況ではなかった」

 ルーカスの言葉に救われたというような表情を浮かべてアルビジアは言う。

「ありがとう」


 だが、落ち着いた空気を返すようにアシスタシアはアンディーンに目を向けて言った。

「マックバロン准尉。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」

「え?はい。何なりと」

「先のアンジェリカの話ではなく、私はクリスティー局長の言った“大切な仲間を殺してしまうところだったからか”という問いの方が気に掛っています」

「おい!」意図を察してルーカスが止めに入る。

「今、この場で答えて頂きたい。貴女は出身国であるグラン・エトルアリアス共和国と今回の件について自身は何も関係がないと、証明できますか?」

 凛とした様子は見る影もなく、怯えるような表情をしたアンディーンは黙り込んだ。

 全員の注目を集める中、彼女は言葉を発しようと唇を動かす。

 だがその時であった。


 ふいにフロリアンがホログラムモニターを指差して言ったのだ。

「見てください!あれは……」

 一同がモニターに注目を向けると、そこには海中を割って浮かび上がる巨大な施設のようなものが映し出されていた。

 誰が何を言わずとも、その“施設”というものが何なのかは一目瞭然であった。


 上空を旋回するドローンが捉えているのであろう映像では、施設中央の円の周囲に3つの扇状の図形が等間隔に並べられた象徴が大きく描かれているのが見て取れる。

 そして施設内には所狭しと砲身のようなものが突き出し、そこにははっきりとミサイルが設置されていた。

「核ミサイル、発射施設だと……?」

 ジョシュアが言う。

 グラン・エトルアリアス共和国が国際連盟を脱退し、核兵器禁止条約を一方的に破棄した後にアメリカが発表した内容を思い出す。


 グラン・エトルアリアス共和国は秘密裏に核兵器を保有し、世界を核の脅威に陥れようとしている。


 ホワイトハウスが発表した声明が真実であることが明かされたのだ。同時に、マリアが会合で〈マリアナ海溝に注視するようメタトロンへ伝達しろ〉と指示した理由も明示されたことになる。

 スピーカーからはアンジェリカの冷たい声が響く。


『これが何かなんて、言うまでもないわよね?核ミサイル発射施設アストライアー。貯蔵されるミサイルの名は〈ヘリオス・ランプスィ〉。

 遠い昔、ソビエト連邦が大量破壊の道具として生み出した単一破壊兵器、コードネーム〈イワン〉。AN602。通称ツァーリ・ボンバより圧倒的に高い威力を持つ核ミサイルよ。

 威力を具体的に伝えるなら、1発撃ち込むだけで一つの国家が跡形もなく滅びる代物といったところね。

 もし、貴方達が私の申し出を断るというのなら、今ここでミサイルをどこかの国に無差別に撃ち込んだって良い』

『それは単なる脅しかい?それとも、本気であると受け取った方が良いのかな』

 アンジェリカの言葉に、静かにマリアが返す。

『好きになさい。でもそうね、ではこうしましょう。先に貴女達の処遇に関係はしないと言ったけど、少し訂正するわ。星を1つ取り損ねた報いよ』

 そう言うとアンジェリカは右腕を掲げ、再び指を一度弾いた。


 瞬間、全員の視線がモニターに集まる中でミサイル発射施設の砲身に火が灯り、凄まじい勢いで1発のミサイルが水平線の彼方へと打ち出された。


『貴女が取りこぼした星が今、どこかに向けて打ち上げられた。太陽神の輝き、星の如く輝く者。結末を見て、答えを聞かせてちょうだい?ねぇ、マリア』



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