第6節 -輝く天使の輪の中で-

*2-6-1*

『ここで会ったが5か月ぶり☆名前なんて名乗る必要無いよね?忘れてないよね?大丈夫ぅ?´・・`』


 言われなくても忘れる訳がない。

 ふざけた口調で喋り続ける彼女の声を聴き、マリア達はブリッジへと走った。

 何かが爆発した衝撃波の影響によるものだろう艦の激しい揺れをものともせず、ただひたすらに真っすぐに。

 彼女達の中で、とても動ける状態ではなかったアイリスはベッドに寝かせたままにし、イベリスは分身体を消滅させて隣の部屋の本体へと統合され戻っていった。

 ロザリアとアシスタシアはマリアとアザミの後を追って共に走っている。

 

『私の名前はアンジェリカ。グラン・エトルアリアス共和国 総統、アンジェリカ・インファンタ・カリステファス。機構の皆の中で、初めましての方はどうぞ宜しくぅ☆きゃるん☆』


 この女には聞かなければならないことが山のようにある。

 マリアは苦虫を噛み潰す表情のままブリッジへと走り続け、そして辿り着いた。

 急いで室内に入り、艦長席に座るフランクリンの隣へ駆け寄る。

 すると、ブリッジに投射されたホログラムモニターには愉快そうな笑みを浮かべて座るアンジェリカの姿が映し出されていた。

 桃色髪の特徴的なツインテールの髪型。相変わらずの学生服と軍服を合わせたような服装に、ヒュギエイアの杯を悪意を以って改変したのであろう紋章が施されたローブを纏う少女。

 楽し気に笑う紫色の瞳は淡く輝き、しかしそれでいて獲物を追い詰めた後の獣のような冷たさを放っている。


 唐突に通信を送って来た彼女に誰もが驚きを浮かべる中、哨戒を担当する隊員の1人がレーダーを見て、さらなる驚愕の表情を浮かべながら言う。


「前方およそ40キロメートル先に巨大な熱源を3機確認。巨大、というものではありません。なんだこれは……船?」

「戦艦が、空を飛んでいる?」

「敵艦と認識。中央艦、推定全長500メートル超。高度400メートルを飛行中です。両舷300メートル間隔で全長400メートル超の艦艇の姿2隻有り。有り得ない。あんなものが空を飛ぶだなんて」

 狼狽える声ばかりが聞こえる。呆然としたまま手を止める者、ざわめく者達で溢れるブリッジの様子を見かねたようにフランクリンが言う。

「狼狽えるな。状況を知らせろ」

 沈んだ声で言うが当然、怒りを湛えてというわけではない。

 むしろ、先ほどから展開していたミラーシステムが存在を感知していなかったのだから、責任が彼らにあるわけでないことは明白だ。

 自身の隣にいる彼女ですら予見できなかったはずである。こんなもの、誰だって予見できるはずがない。

 故に、先の言葉には“為すべきことを為せ”というフランクリンなりの暗黙の意味が込められている。

「はっ!申し訳ありません。報告を続けます。敵艦、プロヴィデンスデータベース照合。該当データ無し」

「残存のミラーシステムによる解析の結果、返ります。敵艦の出現パターンより“擬装”による新型ステルス機構を搭載しているものと推測されます」

 フランクリンの声を聞き、我に返ったように隊員達は報告を継続する。

 だが、1人の隊員が何かに気付いた様子で躊躇いがちに言う。

「いえ、少々お待ちを。敵艦艇に類似する設計データがプロヴィデンス上に3隻ほど登録されています。コード:サンダルフォン、メタトロン、ミカエルです!」


 ブリッジに集った一同の顔が強張り引き攣る。一体どういう意味だ?

 すると、しばらくニヤニヤ顔のまま機構側のやり取りをただ聞いていたアンジェリカが堰を切ったように笑い出しながら言った。

『きゃはははは☆傑作ぅ!最初にそこ、気付いちゃうんだ?ご名答ぅご名答ぅ☆褒めて遣わす!やったね、星を3つ上げよう。あと2つ頑張ってね?』

 楽し気に笑う彼女をきつく睨みつけながらマリアが前に歩み出て言う。

「5か月ぶりの再会が、よもやこのような海の上になろうとは思いもしなかった。随分と楽しそうじゃないか、アンジェリカ」

『おぉ、マリア!お久しぶり☆何年ぶりだっけ?』

「その様子だと、ミュンスターで私が直接言葉を交わした方のアンジェリカではないようだ」

『うんうん^^それもご明察☆あんじぇりーな、あんじぇりーな。でも安心して?愛しい私の半身も今、貴女のお話はきちんと聞いているから~♪』

「そうか。まぁ、そうだとしても別にどちらでも良い話ではあるが」

『辛辣ぅ!そういう人を傷付ける物言いはー、めっ!なんだよ?´・・`あと、マリアの後ろで黙っている司教のお姉さん、ちょっと怖いからー何か喋って欲しいなぁ。なんてね☆』

 思わぬ指名を受けたロザリアは面倒くさそうに言う。

「はぁ……別にわたくしは貴女に聞きたいことなどありませんわ。敢えて言うなら、この場ではマリアの言うことに素直に答えてくださいまし」

『南の島でお話して以来だって言うのに冷たいなぁ~。なんだか出オチしたみたいで嫌だから、ちょっと仕切り直しさせてもらっていいかなぁ?ダメ?あと、甲板上で倒れてるアルビジアを誰か早く助けに行って上げた方が良いと思う。これはガチ☆でね^^』

 するとロザリアがアシスタシアに視線を送り、意思を汲んだアシスタシアはすぐに外へと向かって駆け出した。


 アシスタシアを見送った後、マリアはアンジェリカの言うことを全て無視したまま話を続ける。

「諸々のことは省かせてもらう。私が聞きたいことは3つ。まず1つは国連軍の艦隊についてだ。現在行方知れずとなっている彼らについて、君は何か知っていることがあるかい?」

『それは聞いちゃうよね~☆レーダー偽装にも気付いたんだね?絶対の法を見破るなんて恐ろしい子!偉い偉い。それはそうと、聞かれたからには答えてあげるのが情けというものだと思うから?敢えて包み隠さず答えちゃおう☆うん、沈めた!全員^^』

 長い前口上の後で、無邪気に言うアンジェリカに構うことなくマリアは言う。

「そうか。では次に、今君が通信を送っている回線は機構の専用回線のはずだ。通信に介入する為には高度なセキュリティを突破する必要があるわけだが、現時点でそれは不可能に等しい行為だと考える」

 マリアが質問を言い終わる前に、アンジェリカは表情をすっと変えて物静かに呟いた。


『あぁ、そういうこと?』


 ブリッジに冷たい空気が漂うのを誰もが感じ取った。

 アンジェリカは、明らかに先程よりも残酷で冷徹に見える嘲笑を浮かべ、サンダルフォンのブリッジに集まる全員を見下すような視線を送りながら言った。

『貴女が問いたいのはこういうことでしょう?今この瞬間もだけれど、どうして私達が“神が全てを視通す目”に割込みを掛けることが出来たのか。でも、答えは実に単純明快なのよ』

 状況を楽しもうとするように悪意ある笑みを浮かべて言う。


『揃いも揃って間抜けな顔をして。まだ分からないのかしら?貴方達、機構が有り難がって使っている“それ”。プロヴィデンスは元々私達、グラン・エトルアリアス共和国のものなのよ』


 アンジェリカが言葉を紡ぎ終わった時、その場にいた誰もがあまりの衝撃に言葉を失った。

 プロヴィデンスの本当の持ち主がグラン・エトルアリアス共和国であるという彼女の言い分を、誰もが素直に受け入れる気持ちになれるはずもない。

 そのような心情を読み取ったのか、アンジェリカはくすくすと笑いながら言った。

『現に、貴方達が使用している暗号化された秘匿回線に割込みを掛けている事実を以てしても信じられないというのなら、別の方法ですぐに証明してみせましょう』

 アンジェリカは言い終わると共に右手をぱちんっと弾く。

 すると、サンダルフォンのシステムの一部が勝手にプログラムを実行し、強制的に再起動を始めた。

 起動し終わったシステムは〈Providence〉という名称の直後に〈MDCCLXVI〉という見慣れない名称を表示するという変化こそあったが、機構のロゴマークであるプロヴィデンスの目を映し出した後にいつも通りの起動を終えたように見える。

 しかし、1人の隊員がすぐに異変に気が付いた。


「データベースへのアクセス権限が書き換わっています。〈Open-Secret〉の上位にカテゴリー〈Classified〉を確認」

 彼に続き、連鎖的に他の隊員も異変に気付いて口々に報告を上げる。

「これは……敵艦識別名称、プロヴィデンスに登録有り。カテゴリー〈Classified〉よりデータ参照。グラン・エトルアリアス共和国 艦隊旗艦〈ネメシス・アドラスティア〉。及び強襲揚陸防巡艦〈アンティゴネ〉。両艦艇共に我々のシオン計画における艦艇建造の基礎となっている模様です」

「信じられない。サンダルフォンのミラーシステム発展型ともいえる装備が敵艦に搭載されている模様。名称〈アイギス -ミラージュ・クリスタル-〉。レーザー反射偏向機構を備えた自律稼働型防御兵装との記載」

「ハンガリーの難民狩り事件にまつわるデータより、擬装……いえ、登録名称〈ハーデスの兜〉を確認。他にもミクロネシア連邦で使用されたグレイ、イングランドで使用されたCGP637-GG、ドイツで引き起こされた事件に関わるとみられる実験データも確認」

「ケルジスタン共和国を襲撃したステルス戦闘機と思われるデータ登録もあります。機体名〈カローン〉。第7世代戦闘機として開発されたとの記載」


 ホログラムモニター越しにくすくすとした笑いを堪えながらアンジェリカは言う。

『少しは信じる気になったかしら?それらのデータは私達から貴方達への贈り物よ。その船、サンダルフォンというのかしら。その船にだけ、プロヴィデンスが本来持つ最高機密データベースへのアクセス権限を付与してあげたわ』

 後の調べで分かってはいたものの、ハンガリーの事件に関する明確なアンジェリカの関与があったことを直接突き付けられたマリアは、その瞳に怒りを宿しながら言った。

「なるほど。機構の持つシステムの所有者、いや、元となった試作機の開発者が君達グラン・エトルアリアス共和国の人間であることは重々理解した。それで?君達はその気になればこの船のコントロールを奪うことすら出来るということかい?」

『まっさかー。確かにプロヴィデンスは私達のものだった。けれど、そんなつまらないおもちゃに頼らなくても私達は私達のやり方で発展を遂げることが出来るという確信があったの。

 故にデータ参照に関するアクセス権限や、こうして通信に割り込む権限以外のものは遠い昔に全て破棄してしまったわ。

 そして、たった今。データ参照に関わる権限も破棄して、いよいよ貴女達とおしゃべりに花を咲かせる為の通信へ割込みするだけの権限しか私達には残されていない。

 プロヴィデンスに残った権限を貴方達に悪用されて、私達共和国の管理するデータベースにアクセスされてしまう方がよほど問題だものね?まぁ、出来ないでしょうけれど』

「それなら良い。もう1つの質問を気兼ねなく尋ねることが出来る」

 マリアが言うと、アンジェリカは溜め息交じりに答えた。

『残念ね。せっかくアンジェリカがわざわざ貴女に花をもたせる為に“あと2つ頑張って”と伝えたのに。1つを丸々私に答えさせたんだもの。もう1つの質問というけれど、この際ついでに言わせてもらおうかしら。貴女がしたい最後の質問はこう』

 アンジェリカは明らかに悪意を持った眼差しをマリアへと投げかけて言う。


『“私達をどうするつもりだ”でしょう?』


 マリアは何も言わない。

『やっぱり。言い換えたら、そう。どうしてここまで来たのか、と。そう問いたいのではなくて?マリア。惜しかったわね?残りの星2つは私が答えたから貴女は星3つ止まり』

「その星の数が私達のこの先に何か影響を及ぼすとでも?」

『NOよ。これはただの遊び。せっかくお話するのだから、少しは退屈しのぎの要素もあった方が楽しめると思っただけ。それに、どうするもこうするも、私達はただ貴女達を迎えに来たのよ』

「ミサイルを撃ち込んでおいてよく言う。先のあれは君達が放ったものなのだろう?」

『また質問?というより、船の中にいてよくあれがミサイルだって分かったわね。そこは褒めてあげようかしら。星1つ追加で4つにしてあげましょう。

 ちなみにあのミサイルについては誤解というもの。気を効かせたつもりのアルビジアが真っ二つにしてくれたみたいだけれど、別にあの子が何をしなくても貴女達の乗る艦のブリッジ左5メートルを掠めて行くはずだったものよ。

 むしろ、彼女が手を出してしまったことで予期せぬ命中をする可能性だってあったのだから、こっちの方が肝を冷やしたわ』

「大切な仲間を殺してしまうところだったからかい?」

 マリアの挑発的な言動に、アンジェリカはただ微笑みだけを返した。

『ともかく、あのミサイルはアンジェリカからの要望でね?せっかく自分が挨拶をしに行くのに、みんなが寝たままだとつまらないって。だから、目覚まし代わりに1発ほど無駄弾を差し上げたというわけ。理解できたかしら?』

「十分に。君達がろくでなしだということは以前から知っていたんだ。ただ、まさかそれほど構って欲しいという病を拗らせているとは思わなくてね。少し驚いた」

 安い挑発を聞き流し、アンジェリカは余裕の笑みを浮かべている。マリアは続ける。

「それはそれとして、遠路はるばる迎えに来たということは、このまま私達全員を共和国へ連れて行くという意思表示と受け取れば満足かい?」

『言葉通りにね』

 2人は淡々と言葉を重ねる。しかし、マリアはしばしの間を置いて言った。


「率直に言えば、君が1時間ほど前に国連の艦隊を沈めたことについて私は怒っている。誘いに乗るという気分ではないんだ。仮に断ると言ったら、どうするつもりだい?」


 マリアの言葉を聞いたアンジェリカは、何を言うわけでもなく左腕を真横に伸ばし、近くにいた下士官に何かを命じるようなそぶりを示した。

 するとホログラムモニターの映像が切り替わり、どこかの海洋を大映しにした。

 おそらくはドローンが上空から撮影している映像なのだろう。ある1点を中心に据えて周囲を旋回するように映し続けている。

 彼女の意図が呑み込めず、サンダルフォンのブリッジにいる全員が口を閉じたまま黙ってモニターを見つめる。

 そこでおもむろにアンジェリカが口を開いて言う。


『ここは太平洋の一画。マリアナ海溝周辺の“今”。貴方達に面白いものを見せてあげるわ』


 彼女の言葉が終わると同時に、暗い海面がさらに深い色に染まる様子が映し出された。

 やがて海面が自然の波のうねりとは異なる揺れを刻んで震え始めると、影は徐々に色濃くなっていき、そうしてついに海中から巨大な構造物がしぶきを上げながら姿を顕す。


 巨大な構造物を覆っていた海水が重力に引かれて海へと戻りゆく。

 徐々に露わになっていく謎の構造物の輪郭、姿。

 だが、構造物から完全に波が引くのを待つまでもなく、ブリッジにいる全員にはそれが何であるのかがはっきりと理解出来た。



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