* 1-2-2 *

 1人の少女は言った。

 善と悪とは、その者の立つ立場によって簡単に如何様にも姿を変えるものであると。


 善と悪。

 普遍的な概念であるそれは、人が考えるよりずっとあやふやで脆い概念である。

 ある人物の立場によっては、普遍的に善とみなされる正義は簡単に悪となり得るし、逆もまた然り。

 そのように危うく、一方では強固な思想思念となる〈善悪二元論〉によって人々は対立を繰り返し、今日まで争いという行為を繰り広げてきた。

 善悪二元論は、戦争という歴史において〈勝者だけが絶対的正しさの証明ではない〉という論理の根幹を示してもいる。


 だが、私は常々思う。

 そのように善か悪かのどちらかの立場に立って互いの主張を争うのであればまだ良いと。

 白か黒かの主張を争う先には良くも悪くも〈解決〉や〈妥協〉という結果結末があるのだから。


 現代における一番の問題は、簡単に立場を変えることで思想すら変えてしまう脆き善悪二元論ではない。

 この時代に至って真に危機となる思想とは“無関心”である。



 〈自分には関係のないことだから〉



 対岸の家が燃えていたとしよう。

 その火事という災厄を対岸から眺めるだけの人にとってはそれで良いのかもしれない。だが、火事に遭った当人たちにとっては、〈関係ない〉という言葉は呪いの言葉以外の何物でもない。



 〈自分には関係のないことだから〉



 誰にも手を差し伸べず、誰の気持ちに寄り添うことも無く、誰の立場に立つことも無いという無関心さ。

 関心を示さず、行動を起こさず、関与をしなければ〈責任を被る必要がない〉。

 個人のみならず、世界に存在する国家ですらあらゆる問題から目を背け、解決に臨む〈振り〉をしながらこれまでの歴史を歩んできた。


 これは世界が加担した〈罪〉のひとつだ。

 世界が背負う〈罪〉そのものだ。


 〈あんなことになって可哀そうだね〉


 他国の戦火を見て、何もかも失った人々を見て大衆は皆そう考える。

 だが、それは無関係の立場であるからこそ湧き上がる感情だ。

 突き詰めて〈自分には関係のないことだから〉である。

 善にもならず、悪にもならず、中立という立場を装う傍観者。

 これこそが、世界にとっての“悪魔”というべき存在。忌むべき存在。


 誰も関心を寄せない出来事が、解決をするはずがない。

 誰もが諦めている事象が、解決をするはずがない。


 何十、何百、千年を過ぎても変わらないもの。変わろうとしないもの。

 

 人というものの思想、論理、思考、本能。

 人間という存在そのもの。

 

 なんと、嘆かわしきかな……

 

 しかし、そのように変わらない世界を見て、立ち止まったままの世界を変えたいと願う1人の少女がいた。

 憂いを隠さず、自らの意思によって変革を願う彼女は、声なき声で叫び続ける。

 無知や無関心という暴虐は許さない、と。


〈予言の花〉と呼ばれた彼女は力なく嘆きを語る。

 美しき〈預言の花〉は力を以って世界を覆そうとする。


 目に見える現実は実に空虚で、まるで〈存在しない世界〉に等しいものだと言い、自らの描く〈理想の世界〉を望み、果てに彼女は……


 変わることを拒む人類に希望を抱かず、人類が生み出した呪いによって〈人の手によらない世界統治〉の実現を望むに至る。

 

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