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 西暦2031年12月。

 戦争に紐づいた地球規模の問題は、相も変わらず世界各国の頭を悩ませる巨大な問題として人々の眼前に横たわり続けていた。


 その最たるひとつが難民問題である。西暦2015年に100万人を超える難民が地中海や欧州南東から欧州連合を目指して流入した〈難民危機〉と呼ばれた事件は記憶に新しい。

 戦争の惨禍によって祖国を追われ、生きるために移住を余儀なくされる人々。彼らは安寧の地を求めて欧州各地へと助けを求めて旅立ち流れていく。


 当時、ドイツを始めとした欧州連合各国入りを目指した難民の多くは、セルビアからハンガリーのアシュトホルムという町を経由しての移住を目指していた。

 アシュトホルムから日に1万人近い難民の流入が起きたことによって、国家としての危機に瀕したハンガリーでは即座に緊急事態宣言が発令された。

 以後、両国国境には2015年から2年の内に強靭な鉄のフェンスが長さおよそ170キロメートルに渡って敷かれ、難民の流入を食い止めるという事態が起きている。


 近隣諸国のいくつかは、ハンガリーの敷いた鉄のフェンスに対する批判を繰り広げたが、それは当事者ではない国家であったからこそ言えたのだと私は思う。


〈自分には関係のないことだから〉


 事実、批判を繰り広げていたはずの国が難民流入の“当事者”になったとき、彼らが行ったことはハンガリーが行ったことより酷く、彼らに対して何か意見を言えるようなものではなかったのだ。


 難民の人権を考え、人道的立場から彼らを保護しなければならないという考えも正しい。しかし、かといって自国民を最優先で守るべき国家が、難民の流入によって自国民の安定を担保できぬほど疲弊し、最後に転覆するなどという話があっては本末転倒である。

 多くの国々が受け入れに対して消極的な姿勢を見せるのは主に後者の事由によるところが大きい。

 食糧危機、教育問題、経済的問題などの数々の諸問題も絡み合う複雑な難民問題は、長きに渡る協議の場を重ねて以後も解決の糸口すら見せぬまま、ただいたずらに時だけを消費し続け今に至る。


 自由と保護と受け入れを求めて声を上げ叫ぶ難民。

 国民の為に自国の安定を最優先に考えるべき国家。


 どちらが“善”でどちらが“悪”か。

 立場が変われば考えも変わる。


 そう。突き詰めて、何が正しくて何が間違っているという話ではない。


 善悪二元論では解決できぬ問題。答え無き問題。

 故に、歴史が西暦2030年に至った世界においても、解決の糸口すら見出せぬという構図は何ら変化を見せることもなかった。

 しかし、長き歴史の中で世界が何も手を打ってこなかったわけではない。2031年の冬、ハンガリーの首都ブダペストにおいて、この難民問題に一定の解決策を見出す為の国連特別総会が招集されることとなる。

 この総会には、国際連盟総会オブザーバーとして〈世界特殊事象研究機構〉も招かれており、国家という枠組みを超越した真なる意味で〈世界が一丸となって〉問題解決にあたるという意思を大衆に示す目的もあった。



 加盟国として総会に招かれたグラン・エトルアリアス共和国も、大統領であるアティリオ・グスマン・ウルタードや外交担当官などが総会に参加する為にハンガリーを訪れることが決定していたが、“私達”は彼らに先駆けて同国入りを果たしていた。

 私達がハンガリーを訪れたのは特別総会開催が開催される1か月と少し前のこと。2031年11月のことである。


 全ては“ある目的”の為に。

 やがて訪れる新たなる惨禍の時の為に。


 これは〈世界の破滅〉を導くために必要な過程だ。

 世界が背負う罪を罰する為の準備のひとつ。

 私達、グラン・エトルアリアス共和国が世界の中で〈最も強く〉なる為に必要な準備。

 ひとつずつ、ひとつずつ、確認すべきことを確かめた末にこそ答えはもたらされる。




 ドナウの真珠と呼ばれる美しきハンガリーの首都ブダペスト。

 その地で、ある目的の為の計画を実行した私達であったが、そのことによって不思議な運命の引き合わせを目撃することになる。

 あの日、あの時、寒気が肌を刺すように冷たかったあの街で、国際連盟、世界特殊事象研究機構、そして1人の青年の運命は交錯し重なった。


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