* 1-1-5 *

 数百年ぶりにリナリア島へ帰ろうと思い立ち、間違って辿り着いた場所。

 グラン・エトルアリアス共和国。この国で過ごした時間は実に有意義なものであったと思う。

 間違って漂着しただけのこの場所で、私は人生における最大の意義を見出してしまったのだ。

 この国の存在は、私達が失いかけた“存在理由”を取り戻すには十分過ぎるものだった。

 リナリア公国の滅びと共に果たすべき使命を失い、以後数百年以上に渡って浮浪者のように意味もなく世界各地を渡り歩くだけであった私達がついに見出したもの。


 それは〈世界の罪に対して罰を与えること〉であった。


 気付かなかっただけで、最初から答えはすぐ傍にあったのだ。

 おかしかったのは世界の方で、私達は何も間違えてなどいなかった。



 私達は計る。世界の罪の重さを。

 私達は問う。世界の罪の正しさを。

 私達は裁く。世界の罪の全てを。

 私達は望む。世界が重ねた罪の清算を。



 私達の夢、私達の理想、私達の存在理由。

 追い求めていたものを私達は……




『ヤット、ミツケタ』





 そうして時は巡り西暦2030年。

 私達がグラン・エトルアリアス共和国の実権を陰から握る〈総統〉の地位に就いてから280年の時が経過した。

 無限に等しい歳月を重ねる人生の中で、おそらくこの280年間こそがもっとも充実した時間であったに違いない。


 絶対の法やエニグマといった常人ならざる圧倒的な力を持つ私達は、1748年当時に同国を支配していた貴族の長から王位を禅譲され“総統”という新たな地位を得た後、同国の発展の為だけに全てを尽くしてきた。

 力を以ってこの国を支配することも出来たわけだが、私達はそのような道は選ばなかった。

 国の発展に尽力することこそ、自らの理想を叶える為の早道であることがわかっていたからだ。


 世界を破滅に導くために必要な準備はたったひとつ。

“誰よりも自分達が強くなること”。


 国として成長し、他国と渡り合う為の礎を築く。

 私の、私達の願いとこの国の民の願いは元々同じであり、同じである双方の願いを成就させる為に必要なことこそが“国家としての発展と成長”であったのだ。


 世界においてグラン・エトルアリアス共和国が主権国家としての地位を確固たるものとする為、総統として立った私達がまず最初に行ったことは“自らが歴史の表舞台に立たなくて済む”ような強力な内政基盤構築の実現である。

 誰よりも自分達が強くなるという目標だけをみるなら、人智を越えた力を持つ私が歴史の表舞台に立てばそれだけである意味目的は達成できてしまうのかもしれない。しかし、それは突き詰めて『私が強いだけ』であり、そうした方法では『グラン・エトルアリアス共和国が国として強くなる』という目的は永遠に達せられない為に意味が無い。

 そこで私は1748年当時まで公国を支配していたノームタニア、マックバロン、サラマドラスという貴族御三家による貴族共和制を廃し、国民主体の共和制を敷き、国民投票によって選ばれた大統領を中心に政府組織を構築し、政治的に表舞台に立つ役割を彼らに全て任せた。

 国民主体で選抜された人物による政権を樹立させることで、国家としての体裁が整っていることを国際的に示したのだ。

 このように誕生した政府に対し、私は政治的な運営の方法についてほとんど口を挟むこともしなかった。口を挟めば彼らは自らの頭で考えることを放棄してしまうだろう。それではやはり意味がない。

 万一、国家運営が行き詰まりを見せた時にだけ裏から手を回して下支えを行う。私達の行いとは、その程度の関与に留めておくべきだ。

 こうしたやり方は厳密にいえば〈政府組織より上位の権威機関が存在しないこと〉という主権国家の条件とは矛盾するが、それはあくまで内部から見た国の在り方についての話である。

 私達の理想において、私達の中でどの組織の誰が実際の主権を持っているのかなどまるでどうでもいいことであり、目的は〈他国と交渉ごとを行う際、一国家として渡り合う為に必要な基盤作り〉であるのだから、対外的に『グラン・エトルアリアス共和国は主権国家である』という事実さえ完成してしまえばそれで良いのだ。

 国際社会にこの国が〈独立国家であると認めさせること〉。それが何よりも重要な最初の一歩であったのだから。


 その上で私達は、かつて公国を統治していた御三家について、役割を失った彼らに対して別の役割を用意して与えた。政治の表舞台に立つことなく、裏から総統として国家の行く末を見る私達の側近として『貴方達が必要だ』と言い、彼らを迎え入れたのだ。

 これには理由がある。元々、彼ら御三家から王たる地位を禅譲されたとはいえ、いつ彼らが寝返り、自分に対して不満をぶつけてくるかわからないという懸念は拭えなかった。

 つまりは反乱やクーデターの警戒である。起きる可能性を考えただけで実に面倒くさい。叛逆されれば皆殺しにすれば良いだけなので本来はどうでもいいことなのだが、国として発展することを目指す段階でそれが起きてもらっては困る。

 彼らの不満が将来に渡って噴出しないよう、政府という国家を統治する機関の重要な役職よりさらに上級となる地位の椅子を用意して座らせるというのは、そうした不測の事態に対する思惑を形にした保険であったのだ。

 それに、こんなに楽しい時間を提供してくれる場所が今後すぐに見つかるとも思えないし、楽しみを提供してくれる場が無くなってしまうのはもっと困る。

 ただの人間でしかない彼らはきっと、“特別な椅子”を用意するだけで満足することだろう。


 だが、私達の考えとは裏腹に彼らは実に忠義に篤い忠臣の類であった。

 なんというのだろうか。斜め上方向に、良い意味で裏切られたとでも言うのだろうか。まるで思惑を敷いた自分達の方が浅墓であったと思わされるほど、彼らの私達に対する忠誠は篤く絶対のものであった。

 喜ぶべき誤算。彼らの忠誠心は信仰といっても過言ではないものだったのだ。


 御三家の末裔によって構成される総統の腹心たち。彼らは自らを〈不変なる掟 -テミス-〉と名乗り、代を数えて今に至るまで、私達に対して絶対の忠誠を誓い続けている。

 彼らテミスが政治の裏舞台で名乗りを上げて以来、万一の時に私が彼らに伝え、彼らによって政府組織へ伝えられる命令は〈テミスの託宣〉と呼ばれ、この国においては何を差し置いても実行しなければならない最上位命令となった。


 では、貴族以外の国民はどうであったかといえば、何も問題なく実によく働いてくれた。

 文句も言わず、ただ自分達も豊かに暮らしたいという一心で、発展途上の国の基礎を作り上げてくれたし、よく支えてもくれたのである。


 この国の貴族も国民も、私達の目から見れば罪人というにはほど遠い。

 弱い国の中でも強く生き抜く彼らはとても罪人とは呼べない存在だ。

 故に、私達は彼らに〈愛-罰-〉を与えてやらない。

 これまでずっとそうであったように、これからもずっと。


 テミスという忠実なる臣下たちと、全てを理解した上で自らに傅き働く国民。

 私達は互いの理想を結実させる為に、彼らと共に長い長い年月をかけてひとつの国を育て上げていった。

 グラン・エトルアリアス共和国が正式に興り、世界に産声を上げて以後、内政基盤を盤石なものとし、テミスを通じて政を行い、同国が世界で生き残って行く為の基盤作りに奔走してきた西暦1750年から2037年に至るまで、ずっと。



 そうして出来上がった国はもはや、私達にとって理想の形となっている。



 国土面積1500平方キロメートル。西暦2030年代においても人口わずかに20万人の小国。

 私達が作り上げた理想国家は広大な世界の中において、大国の足元にも及ばない規模しか持たない。

 しかし、理想の国家とはそれでいいのだ。巨大すぎる国は人間の欲望に呑まれ、自ずと方向性を見失っていく。

 一部の汚職政治家と利益だけを求める資本家の結託によって、理念も理想も潰えた卑しい無法国家に成り下がるのは目に見えている。

 規模が小さければ小さいほど管理運営はしやすく、単一の意思は強固な信念となって継続していくものなのだ。


 唯一、そのやり方で問題が生じるとすれば、世界で戦争が起きた際にどういう立ち回り方をするのかについてだけであろう。

 経済不況やその他問題全てを考えたとしても、国が滅びる可能性を示唆する問題は突き詰めて〈戦争〉しか残り得ない。

 そのような戦争に直接加担すれば、物資も人的資源も乏しいこの国など一瞬にして滅びてしまうに違いないし、どこの勢力に加担することもなく傍観に徹すればあっという間に侵略されてしまうかもしれない。

 祖国であるリナリア公国が辿った歴史を忘れるべからず、である。


 定期的に勃発する世界大戦を、規模の小さな小国がどのようにかわして発展していくのかについては、私が総統の地位に就いた時点から頭の中にある命題ではあった。

 言い換えれば、この命題さえ克服できれば他に心配することは何も存在しないということでもある。

 そして実のところ、私は国家を成長させる過程の中で既にこの答えを導き出してもいた。


 人口わずか20万の小国が世界大戦を生き延びる方法。

 考えた末に辿り着いた答えとは、この国しか持ち得ない優れた科学技術力を有効利用するというものであり、自分達の持つ技術を惜しみなく他国の為に供与するということであった。

 繰り返すが、リナリア公国が他国へ一切力を貸さなかったことで滅びの道を歩んだことを忘れてはならない。

 反対に、グラン・エトルアリアス共和国は戦争に参加する全ての国に協力姿勢を見せることで滅びの道を回避することに成功したのである。


 英国における産業革命以前から、技術開発に対する力をエトルアリアス公国はある程度保有していたし、その上で私達が過去の歴史において学んだ知識を惜しまず彼らに伝聞したことによってこの国の技術開発基盤はより一層盤石なものとなっていた。

 今日に至っては、この国の科学技術こそ世界最高峰であると言っても過言ではない。

 この国は数百年に渡って優れた先進的な科学技術を生み出し続けることで他の国家では類を見ないほどの発展を遂げるに至り、そこに目を付けた大国は私の目論見通りありとあらゆる手段を講じてこの国とのパイプ作りに励んだ。

 その最中で莫大な利益供与が私達にもたらされたことも一度や二度ではない。


 人間というものは欲深く、力に弱い。

 いくら世界最大規模の大国と言えども、所詮は人間という単一個体の集合に過ぎない。

 自分達より遥かに進んだ科学技術力を持つ国を前にすれば、その技術によって得られる利益を自らのものにしようと“笑みを湛えて友好を示しながらすり寄ってくる”のは自明の理である。

 仏頂面の詐欺師はいないとはよく言ったものだ。


 大国は戦争に勝つためにこの国の力を欲し求めた。この国以外に世界で発見すらされていなかった技術を先行して手に入れ、世界に存在しなかった兵器を開発し、新たなる兵器を持って他国侵攻への武力とする為に。

 その為の戦争商人という立場になったグラン・エトルアリアス共和国は、どこの国からも攻撃されることなく-むしろあらゆる国家から守られる存在となり-、どこの国からも必要とされる存在として今日まで生き延びてきた。

 自らは戦火に介入することなく、他者同士の争いの中で安全に傍観できる地位を固めたまま、地球全土を火の海に包んだ巨大な大戦を幾度も乗り越えてこられたのも、こうした背景があればこそだ。


 兵器開発のみならず、ITなどの先進技術の輸出によって多大な貿易黒字をこの国が重ねていく中、エネルギー分野において海中地底に埋まるメタンハイドレートの抽出と、エネルギーとしての実用化技術をいち早く確立させたのも私達グラン・エトルアリアス共和国であった。

 2020年以後に世界が脱石油化へ向かう中、代替エネルギーとして注目されながらも費用対効果や危険性の側面から、誰もメタンハイドレートによるエネルギー供給の実用化が出来なかったというが、取り組んでみれば実に容易いことだったと思う。


 島国の弱点である資源の少なさ故、どうしても他国依存せざるを得なかったエネルギー問題を“島国であるからこそ”の強みによって自力解決したこと。

 遺伝子改良技術を発展させて動植物を生産し、国内のみでの食糧自給率をほぼ完ぺきに100パーセントに近付けたこと。

 ユティミスと呼ばれる自国通貨を発行したことによる経済安定まで成し遂げた私達は、今まさに地球における理想的国家の代表にまで上り詰めている。



 太古の昔、リナリア公国という国が成し得なかった〈完全中立の立場を堅持したまま世界で生き残る〉という絵空事のようなことをついに成し遂げたのだ。


 あぁ、そうだ。

 私達は正しい。私達は間違ってなどいない。


 私達だけが正しかった。


 現代世界のパワーバランスの礎を決定づけた第二次世界大戦以後、東西冷戦やユーゴスラビア紛争によってソビエト連邦やユーゴスラビア連邦共和国のような大国が次々と解体される中、この小国が無傷のまま発展を続けながら存続しているのは決して“奇跡”などではない。


 かつて、インファンタ家の当主としての役目を遂行することだけを求められた私達は、自らの理想を叶える為、あの日見た“美しい景色”をもう一度この目にする為に、一国家の実質的な君主として自らの力を出し惜しむことなく、“理想的な王”を演じて理想の国を建国し、〈世界を破壊する〉という夢にいよいよあと一歩というところまで迫っている。



 長い長い歳月を経て、準備は整った。

 全ての始まりから戴冠に至るまで。

 何もかも完璧な形で。


 一度は全てを失くしたと思っていたが、それすらも間違いであった。

 裁くべき罪も、罰を与えるべきものも常に私達の足元にあったのだから。


 私達は私達の理想を掲げ、今それらの罪を見下ろしている。

 世界に対し、ようやく私達の〈愛〉を与える時が来た。


 私達は世界に問う。しかし、もはや世界は私達の問いに答える必要などない。

 なぜなら答えは既に決まっているからだ。

 罪を重ね続けてきたこの世界は、私達が定めた〈絶対の法〉によって〈罰〉という裁きを受けなければならない。



 私という存在が、私達の想いが間違っていないということの最期の証明の為に。



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