第11話 まさかこいつ日サロ通いか?
……ああ、母さん。俺はこういうところがダメなんだろう。
こうと決めると止められない。
わかっているのに。不器用で頑迷だ。
母さんは俺を「要領が悪い」と言ったがそれだけじゃない。
愛嬌もないし、頭も固い。
自覚はあまりないが、思い込みも激しいらしい。
夜の歩道で白い犬を見かけてずっと話しかけていたら、コンビニのビニール袋だったことが何度もある。
小さな頃から喧嘩なんてほとんどしたことがない。
この先には、ここにいた屈強な男たちを何人も床に沈めた暴漢がいる。
そいつによって俺は殺されるかもしれない。
確かマジンだとか魔法だとか言っていた。
魔法というのは子供の頃にアニメや漫画で見たような不思議な力のことだろうか。
まさかと思う。
だが、ニナニーナの顔を見ると冗談を言っている風ではなかった。
そんなものが存在するなんてとても信じがたいが、群馬に伝統的に伝わる土着の呪術のようなものかもしれない。
「泥田! どこだ! 無事か!」
奥の部屋へ入るなり、俺はわざと大声を上げた。
もし泥田への暴行が続いているならそれを即座に止めさせるためでもあるし、俺の中の臆病の虫を追い払うためでもあった。
中には、うつ伏せに床の上に倒れている泥田と、いやに肌の黒い――ドス黒いと言った方が正確な、長身の男の二人だけがいた。
泥田は黒い肌の男の足首を右手でつかんでいて、必死に足止めをしているように見えた。
この部屋の向こう側には、扉がある。
おそらくあの扉から建物の裏手に出られるのだろう。
泥田は他の人間を守るために、人通りの多い表側にあの肌の黒い男を出すのを嫌って、裏口に誘導しようとしたのかもしれない。
ここで自らを犠牲にしてやつの相手を引き受けたのだ。
「……あ? だーれぇ? アンタぁ?」
黒い肌の男はだらりと首をこちらに傾けて言った。
冷え冷えとした声だ。
不思議な響きを持っていて、声が高いのか低いのかもわからない。
視線を向けられた途端、足下からゾクゾクと震えが駆け上がってくるのがわかった。
……あれがマジンか。
確かに普通の人間とは明らかに違う。
身長は2m近い。
ひどく癖のついた腰までの白髪は激しく痛んでいて、いばらようだ。
黒いと思われた肌はよく見ると赤茶けた色をしていた。まるで人の血を何度も塗り込めたようにも見える。
そして体中――二の腕や太股、胸の左側などに不可思議な紋様や文字が刻まれていた。
その異様な風体に俺はごくりと息を飲む。
まさか……。
こいつ……日サロ通いか?
そうとしか思えない黒く焼けた肌。
そして入れ墨。無造作に遊ばせた銀色に染めた髪。
聞いたことがある。ヤマンバ系だ。こいつはきっとヤマンバ系の若者だ。
ということは……これはオヤジ狩りか!
なんてひどいことを!
「お前……! どうしてここに……!」
扉口で考え込んでいる俺に気づいて、泥田が言った。
さんざんいたぶられたのだろう、体中血だらけで、顔面は岩のように変形していた。
「馬鹿が……! 俺がなんのためにこいつの足止めを……!」
「……ディーダさん!」
俺の背後からニナニーナが顔を出す。
それを見ると、泥田は絶望的な顔をした。
わなわなと震える唇で叫ぶ。
「なぜ……なぜ来た!?」
「っ……!」
ニナニーナは泥田の大声に、ビクッと肩を震わせる。
「クソがっ! 俺はあんたを守ろうと……! こいつはあんたを狙って……! なのになぜ!!」
泥田はギリギリと、折れるほど歯を食いしばる。
……あんたを狙って?
あのマジンはニナニーナを狙ってきたというのか?
オヤジ狩りではなく?
「うっさいなぁ?」
「くっ……!」
マジンは蹴るように足を振り、泥田に掴まれていた手をいとも簡単にふりほどく。
そしてそのまま足を頭上高く振り上げ、欠片ほどの慈悲もなく、泥田の後頭部にかかとを落とした。
「……がっ……!」
泥田は固い木床に顔面を打ちつけて、苦悶の声を上げる。
鼻血がだらだらと床を流れた。血は止まらない。鼻骨が折れたのかもしれなかった。
泥田は失神したように、動かなくなった。
マジンは泥田に微塵も興味がないように視線を外すと、ニナニーナの方を見てニタリと笑った。
「探してたよぉ、女神ぃ。まさかそっちから来てくれるなんてねぇ?」
「っ……!」
その言葉と笑い顔から漏れ出るどろりとした邪気と嗜虐性に、ニナニーナは言葉を詰まらせる。
そして次の瞬間、何かに気づき、眉間にしわを寄せる。
「あなた……は……」
「あー、覚えてくれてたぁ?」
マジンはニナニーナの反応を見て愉快そうに笑った。
「そ。オレオレ。一度会ったよねぇ? 150年前、西の城下町をめちゃくちゃにした時にさぁ!」
「……!!」
ニナニーナの長い髪がふわりと逆立った。
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