第7話 ドスケベはドスケベとしての矜持を失ってはならない


「次代の勇者だと……!」


 泥田がそう言うと、今度はその場が静まりかえった。


「そうですわ! わたしはこの人とパーティを組みます!」


 ぐいっと、ニナニーナは俺の腕を引くと、そのまま腕を抱きしめる。

 二の腕にふにゅんとした感触。

 彼女のふくよかな胸が当たっているらしい。


 柔らかくて温かくて、こんな感触はいつぶりだろうか。

 固くて冷たいものばかり蹴ってきた俺には、長らく無縁だった感触。

 おそらくサラリーマン時代に満員電車でOLとぶつかって、死ぬほどにらまれた時以来だ。


 気分は落ち着かないが、それはともかく『勇者』とやらだ。

 どういうことかとニナニーナの目を見ると、「ここは話を合わせてください」と懇願するような視線を返される。

 彼女の家を破壊した負い目もあるため、俺は素直にそれに従った。


 泥田は一転、鼻で笑うように言った。


「はっ! 馬鹿げたことを! あんたが再び女神パーティを組むだと!? 権能を失ったあんたが!?」


 唇を噛んで俯くニナニーナ。


「女神に見込まれた者は『女神の勇者』となり、そのパーティは『女神パーティ』と呼ばれる! 魔物の王に唯一刃が届くS級パーティだ! だがそれは権能を持った女神の話!」


 ニナニーナはそのケンノウとやらを持たない。

 そしてケンノウを持たない女神は役立たずだと泥田は言う。


「引退した無能女神が今さらなんだ!? 消えろ疫病神が!」


 泥田はつかつかと彼女に歩み寄ると、ぐいと首元をつかみ上げた。


「俺はガキの頃からあんたを見てきた。過去のあんたはそりゃ輝いてたさ。……なのにこの落ちぶれようはなんだ? ボロボロの身なり! 盗品紛いの石を持ち込んで! 果てはみすぼらしい男を連れてきて次代の勇者だと!? ハッ、笑わせる! なあみんな!」


 泥田は大声でそう言い、仲間の嘲笑を誘う。

 ニナニーナは泥田に一度抵抗しようとして、その手を下ろした。


 彼女は気丈に見せているが、小刻みに震え、うっすら目に涙を浮かべていた。

 だから俺は反射的に動いていた。


「よせ」


 ぐっと泥田の手首をつかんでいた。考えてのことじゃない。

 ニナニーナがこちらを見た。

 小刻みに震える彼女の体。怖いだろう。悲しいせいもあるだろう。

 だが。


 彼女はぎゅっと唇を噛み、涙を浮かべながらもまなざしだけは強さを保つ。

 あれは悔しいのだ。俺にはわかる。

 俺もかつてあんな顔をしていたから。


「その手を放せ」


「あぁ? なんだお前は? 関係ないやつが口を挟むな!」


 関係ないやつか。確かにそうだ。

 一方の泥田はニナニーナのことをよく知っているらしい。

 ガキの頃から見てきたと。過去のニナニーナは輝いていたと。


 この男はずっとニナニーナを見てきたのだ。

 きっと恋い焦がれるような、熱い熱い瞳で。


 俺は思わず叫んだ。



「このドスケベが!!」



「なっ!?」


 泥田をはじめ、ギルドの連中は目をぎょっと見開いた。


 きっと泥田は熱心なニナニーナファンだったのだ。

 ガキの頃から、つまりそんな幼い頃から、画面の中のニナニーナにかじりつきだったのだ。

 親の目を盗んで……とんだドスケベだ。


 そして彼女は女優を引退したんだろう。

 それはショックだったろうと思う。

 挙句、俺のような馬の骨を連れていたらなおさらがっかりするのもわかる。


「泥田。お前の気持ちはわかる。だが、それが世話になった女への態度か?」


「な、なんだと……?」


「男なら! 世話になった女がどんな姿になっても敬意を失うな!」


 女優にどれだけ寂しい日々を慰めてもらったか!

 どれだけ行き場のないリビドーを受け止めてもらったか!

 クリスマスイブの夜、しんしんと雪が降り、月に向かって野良犬が吠える中、田舎の個室ビデオ店で一晩中癒してもらったのを覚えている。 

 俺はそんな女優への感謝と敬意を忘れない。


「世話になった……女…………」


 泥田は俯き、葛藤する。過去のことを思い返しているのだろう。

 苦しそうに言った。


「くっ……確かに……世話にはなった……」


「それでこそ男だ」


 俺は深く頷く。

 なかなか素直な男じゃないか。見直した。

 ドスケベが女優に入れ込むのはわかる。

 だが、その女優が引退した途端恨むのは、ドスケベとして間違っている。

 ドスケベはドスケベとしての矜持を失ってはならない。


「だが……」


「だが、なんだ?」


「ドスケベとはなんだ!? 俺はドスケベではない!!」


「!?」


 ドスケベ……もとい泥田の瞳に再び怒りの炎が灯る。

 確かに、こんな大勢の前で言うことではなかったかもしれない。


 群馬県民がAVに格別の理解を示すと言っても、泥田にだって世間体がある。

 妻や娘がこの場にいたかと思うと、胸が痛む。


「そもそもお前はなんなんだ!? 『女神の勇者』だと!? お前なんかが勇者のわけがあるか! 勇者をなめるな!」


「すまないが、俺はそもそも勇者がなんなのかよく知らない」


「そんな態度でよくも『女神の勇者』などと!」


 泥田は血相を変えた。

 感情的な男だが、これまでで一番感情が高ぶっているように見えた。

『勇者』に何か特別な思い入れでもあるのだろうか。


「お前にいったいなにができるって言うんだ!?」


 そう問われれば、俺は即答する。


「ローキックだ」

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