第3話 異世界最強の聖剣と現世最強のローキック
「――ローキックとは命の燃焼である」
俺は深く腰を落とすとそう言った。
ついに俺が本気で蹴ることができるものが現れたのだ。
確かに女神の導きかもしれない。
本気で何かを蹴るなんて、ここ5~6年はできなかったことだ。
涙があふれそうになるのを必死でこらえる。
間違った生き方をしてきた俺だ。
彼女の言うとおり、右足が千切れ飛んで死んだとしても構わない。
希望を持って死ねるのだ。
……全力でいこう。
「やめてください! 本気ですの!?」
「怪我をするからどいてくれ。君はAV女優だろう」
「AV女優ってなんですの!?」
俺はまぶたを閉じ、精神を集中する。
生命活動のすべてをこの一蹴りに。
大地を感じろ。風を感じろ。大自然の霊気さえもこの右足に。
「なに……? このただならぬ空気は……?」
ニナニーナがうろたえた声を上げる。
「風? 自然のマナ? 目に見えるレベルの膨大なエネルギーがあの人の右足に集まっていく……!」
力は要らない。
蹴るという意志すら要らない。
なぜなら力を込めている時点で嘘だし、蹴ろうと思っている時点で不実だからだ。
これは天の配剤である。
ただ宇宙の運行に身を任せ、運命のごとく右足を振るのだ。
「や、やめてください! その聖剣はただの聖遺物じゃないの! それはわたしの大事なっ……!」
泣き声に近いニナニーナの叫び。
でも、もう俺には何にも聞こえない。
いつ蹴り出し、いつ蹴り終わるのかすら、俺にはわからない。
人が眠っている間の呼吸に頓着できないように。
「わたしは、その剣を引き抜いてもう一度手にしてくれる人を待っていたんです!」
意識が空に向かって自由落下していく。
「世界に再び混沌がおとずれて! 大事な人たちがみんな死んで! でももう勇者さまはいないからっ!!」
脳天から延々とのびた糸が、宇宙と接続するような感覚。
「わたしはここでずっと!! 150年もひとりでっ……その剣を抜いてくれる救世主を待っていたんです!!!」
右足が閃いた。
「……きゃぁぁぁああああああああっ!!!」
暴風が渦巻いた。
もともと強度を失っていた王の間の調度品は次々と宙に舞い、音を立てて瓦解した。
最も近い場所にあった玉座はローキックの衝撃波で粉々になり、背後で豪奢なシャンデリアが部品をまき散らしながら落下した。
やがて、つむじ風が去ると、崩れた天井の一部から、小さな瓦礫とともに陽の光が燦々と降り注いだ。
「あ……あ……あ…………」
自称・女神は、風で乱れた髪をそのままに、わなわなと震えていた。
さっきまで地面に深く突き立てられていた聖剣があった場所を指さしながら。
俺は観念するように目を閉じた。
「ああああぁぁぁぁぁあああああああああ!!?」
女神の叫びが響きわたる。
「聖剣が折れましたわああぁぁぁぁぁああああああああ!!?」
聖剣は刀身の半ばほどでぽっきりと折れていた。
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