第41話 犠牲
「しょうがないだろ、今の俺は鷺澤家の当主なんだから、ここでうちの大事な精霊三人の命を危険に晒すわけにはいかない、だったら俺は換えのきく当主が犠牲になることを選ぶ」
「じゃあ義徒君の夢はどうするんですか!?」
「ああそうだ、だから俺は夢を叶える。俺の命一つでお前らも、朱美も、みんな救えるんだ。ここでアロンを倒せないなら、せめて最期くらいは俺の理想を果たさせてくれ」
義徒の頼みに、三人は堰を切ったように涙を流し、掠れた声を絞り出した。
「そんな……そんなこと言わないでください、私は義徒君に生きていて欲しいです!」
「そうだよう、ファムちゃん達を置いて勝手に死ぬなんてそんなの横暴だよ……」
「そうだ、義徒殿、貴方まで……貴方まで私を最期まで導いて下さらないのか!? 貴方も時則殿のように、自分の理想を果たした瞬間に立ち会わせることなく勝手に死ぬのですか!?」
子供のように泣きじゃくる三人の姿に、義徒は涙を流すギリギリのところで踏み止まって、晴れやかに笑った。
「これでいいんだよ、美香のほうが、ずっと魔道師らしいし、ずっと鷺澤家の当主らしいんだからさ……だからごめんな……今まで、こんな勝手な召喚師につき合わせちまって」
それだけ言うと、義徒は無理矢理前に進み出し、アロンを見据えた。
「来い! 俺が! 鷺澤義徒が相手になってやるよ!」
両手に握り拳を作り、アロンは高らかに叫ぶ。
「ああ、今すぐ殺してあげるよ、君こそ、最高の男だ!」
猛然と振り下ろされる巨大な拳、それに一歩も退かない義徒、その光景に三人の精霊は同時に叫んだ。
「義徒君!」
「義徒殿!」
「義徒ちゃん!」
「それで良い」
野太い男の声が全員の耳に届いたのは、義徒に拳が届くコンマ一秒前だった。
「……ボルファー……?」
人一人を軽く握り潰せる巨大な拳の一撃を片手で止めながら、その巨大な男は義徒を見下ろした。
「ふふん、小僧、貴様もなかなかに時則の風格を身につけてきたではないか、それで良いぞ、それもまた覇王道の一つである」
目の前にいる強大なる敵など眼中にないように、ボルファーは悠然と頷いて義徒を賞賛するのだった。
「ボルファー? 鷺澤家最強の精霊か、協力な味方が助けに来てくれるのも展開としてはありだが……ならばそいつごと殺してしまえばいいじゃないか!」
アロンはヘカトンケイルを三歩下がらせ距離を取ると、今度は三本の腕を振り上げ、それぞれ別の方向から殴りかかる準備を整えるが、ボルファーをその様子を鼻で笑って一歩前に出た。
「して、御当主よ、我は一体どうすれば良いのか?」
義徒にとって、ボルファーの問いはまったくの不意討ちだった。
だが、今までただの一度も命令を聞いたことの無い傲岸(ごうがん)不遜(ふそん)の精霊が、今まさに自分に指示を求めているのは事実である。
「……お前」
「何を躊躇う必要がある? 精霊がこう言っとるのだ。ここは召喚術師らしくドーンと命令せんか」
屈託のない笑顔で義徒の肩をバンバンと叩く巨人に、義徒は小さく笑い、言い放つ。
「鷺澤義徒の名において命ずる。ボルファー! あのイカれたネクロマンサーを焼き尽くせ!」
「おうとも!」
「潰せ! ヘカトンケイル!」
ヘカトンケイルの拳が振るわれるのとほぼ同時にボルファーは両手を前に突き出した、その手掌から放たれた炎はあまりに巨大で、あまりに強く、あまりに激しく、これぞまさしく炎を統べる王に許された業火に他ならなかった。
進行方向上の物全てを気化消滅させながら猛り狂う炎の波に晒されたヘカトンケイルが存在を維持できるはずもなく、上に乗っていたアロンでさえその余熱だけで足元から消し炭へと変わっていった。
だが、これから焼け死ぬの言うのに、アロンの顔は恐怖や憎しみ、怒りといった感情に歪むわけでもなく、まるでこうなることを望んでいたように笑みを浮かべ、その顔も黒く焼け焦げていった。
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