第40話 決意



「霊力の抑制をはずさずにヘカトンケイルの腕を……」


 今までの戦いぶりを見る限り、義徒の戦闘力はヘカトンケイルのソレよりも遥かに劣るはずである。


 にも関わらず、一瞬の内でヘカトンケイルの拘束から逃れただけではなく、ティア達を見事に救い出した事実、どう見ても戦闘力が上がっているのだが……


「なるほどね、その殺気、やる気が出ただけでこうも変わるとは、おもしろい子だ」


 素人が思っている以上に戦いには精神面が大きく関わってくる。


 心が折れていれば自分より遥かに劣る敵にも負けるし、死ぬ覚悟で戦えば自分より数段上の相手に勝つことも可能となる。


 義徒は元々、蛇腹剣の使い手としては達人級の腕前を持っていたが、彼の持つ恐怖がその技を鈍らせていただけで、これが彼の持つ本来の戦闘力である。


 だが、アロンは顎をさすりながら訝しげに尋ねた。


「まあ、精神的な覚醒も展開としてはアリだが……君は殺されるのが恐くないのかね?」

「恐いさ」


 揺るがぬ闘志を滾らせて義徒はアロンと対峙する。


「では相手を殺すのは恐くないのかね?」

「それはもっと恐い」


 動じずに宣言した義徒にアロンはますます唸った。


「うーむ、殺すのも殺されるのも恐いのに精神的覚醒か……恐怖を克服できていないなら君は一体何故こんなことができたんだ?」


 頭に疑問符を浮かべるアロンに対して、義徒は決然と言い放った。


「お前の言う通りだ、俺は殺すのも殺されるも恐いし戦いなんて大嫌いだ……でもな、殺される事よりも、殺す事よりも、俺は俺が戦わないせいで仲間が死ぬのが一番恐いんだ!」

「!?」


 義徒の言葉に、アロンは震える体を抑えるようにして両肩を抱いた。


「素晴らしい、なんて素晴らしいシーンだ。まさに漫画そのものじゃないか、それにその解釈、殺されるよりも殺すことより自分のせいで仲間が死ぬのが一番恐い、今までの恐怖概念のさらに一歩先へ進んでいる。鷺澤義徒、君は今この瞬間に名台詞を進化させたのだよ! ハハ、君は最高の役者だぁああああ!」


「ゴチャゴチャとうるさいんだよ!」


 歓喜の雄叫びを上げるアロンに義徒は飛び掛り、剣を振り上げた。


「でも残念」


 アロンが義徒を一瞥すると、ヘカトンケイルの上を駆け、なんとアロン自身が義徒に近づき、霊力で強化した足で義徒の顔面に華麗な前蹴りを放ち、首が軋んだ義徒の肉体をヘカトンケイルの拳が容赦なく殴り飛ばした。


 当然、ティア達は助けようとしたが、彼女達の攻撃は全て無数の手足に阻まれてしまっていた。


 地面に叩き落され、揺れる頭を抑えながら義徒は立ち上がり、アリアに肩を貸してもらうありさまだった。


「やれやれ、確かに殺気を込めれば攻撃力は上がるけど、肉体強度や速力が上がるわけじゃないから、防御面の上昇は少ないんだよ、だから覚醒して欲しかったのに、霊力が上昇すればそれにともなって肉体強度も筋肉の瞬発力も上がるからね」


 大幅に霊力を使い、肉体的疲労も激しい四人対し、アロンの霊力で義徒に斬られた指を再生させたヘカトンケイルがグラウンドを陥没させながら地を踏みしめ、徐々に迫ってくる。


「さてと、じゃあ、そろそろ終わりにするか、覚醒すればもう数分間は遊べたんだけどね」


 ヘカトンケイルが目の前に迫り、二本の腕を振り上げる。


 すると、ティア、アリア、ファムの三人が義徒の前に立ちはだかり、フラフラの体を必死に支えながら防御の構えを取る。


「……正義の味方の仲間としては最高に美しいシーンだ。漫画ならここで奇跡が起きるんだけど、現実にそこまで期待するのは贅沢かな?」


「……ッ、義徒殿は……私達が護り抜いてみせる」

「そうです。わたし達は義徒君の精霊です……」

「マスターを護るためなら……」


 三人の姿に嘆息を漏らし、アロンはかぶりをふった。


「ありきたりのセリフをわざわざありがとう、っで、義徒君はそれにどう答えるのかな?」


 その問いに対し、義徒もまた、必死に体を支えながら、逆にティア達の前に進み出た。


「アロン、お前の狙いは俺なんだろ? だったらこいつらには手を出すな……」

「義徒君、一体何を言っているんですか!?」

「そうだよ義徒ちゃん」

「義徒殿、気でもおかしくされたか!?」

「そんなわけないだろ、ただ、鷺澤家にはまだ妹の美香がいる、俺が死んでもあいつが当主を継いでくれる」


 平然と言い張る義徒にアリアは肩に掴みかかって怒鳴った。


「貴方は死ぬ気ですか!?」

「ああ、だからお前たちは霊体化して逃げろ」

「でも義徒君、朱美ちゃんはどうなるんですか?」

「ヘカトンケイルが俺を殺している間は少しの時間ができるはずだ。だから俺が襲われている間に全速力で朱美を連れて屋敷に戻ってくれ」

「そんなのやだよ!」


 泣きじゃくりながらしがみついてくるファムの頭を撫でながら、義徒は優しく笑いかけてあげた。

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