第39話 覚醒?


『タスケテ』

「!?」


 怨嗟の言葉を紡ぎ続ける頭達に近づき聞いた言葉に、義徒は言葉を失った。


 距離を置き、戦いに集中していた時には気付かなかったうめき声が今ハッキリと義徒の聴覚を刺激する。


 タスケテ、ユルシテ、コロサナイデ、顔を歪ませて訴える人々の想いに、義徒の心が揺らぐ。


「あ……う……」

「義徒ちゃん!」


 ファムが叫んだとの同時にアロンの顔が歪み、ヘカトンケイルは数え切れない手足で義徒の全身を完全に拘束しきった。


「どんなに決心しても、結局は死んだ人達のことが気にかかって敵を殺せない正義の味方は哀れ、悪の親玉に捕まってしまいましたとさ、さあ、ここからは物語の終盤だ」


 アロンの視線は焦るティア達三人に向けられ、冷酷に宣言した。


「今から五分後に、君たちのマスターを殺す。助けたかったら……ヘカトンケイルを殺すことだね」


 愉悦に満ちた顔はどこまでも不気味な視線をティア達に送り、三人は激怒した。


「「「貴様ぁああああ!!」」」


 人外たる超常の美しさを捨て、三人の顔は怒りの炎に侵食され、全身の霊力が暴走し尽くした。


 槍のような巌(いわお)が地面から無数に飛び出し、巨大な風と水の刃が次々にヘカトンケイルを襲い、手足をもいでいく。


「ほほお、さすがは最強の召喚術師、鷺澤時則(さぎさわときのり)が使役していた精霊、素晴らしい力だ、でもね……」


 手足を束ねた肉の盾に護られ、ヘカトンケイルの上で優雅に三人の奮闘ぶりを観戦しているアロンが嘆息を漏らす。


「ヘカトンケイル」


 主の呼びかけ一つでヘカトンケイルは巨大な腕三本を瞬速的に動かし、風も、水も、岩も、全てを無視して三人の体を掴みとった。


「さて、義徒君、目の前の状況がわかるかい?」


 アロンは義徒の体を直接拘束している腕以外をどけさせ、義徒の視界の先に握り潰されそうなティア達を晒した。


「今、私の霊力をたっぷりと流し込み、彼女たちを絞め殺そうとしているヘカトンケイルの腕三本を限界まで強化している。私の見立てではあと二分で彼女達は死ぬだろう。だからね、君には漫画の主人公のように覚醒して彼女達を救って欲しいんだよ」


 相変わらず狂った魔術師の言葉は義徒を不快にさせたが、こうしている間にも求め続けられる救いの声に義徒の精神は滅茶苦茶にされていた。


 朱美だけじゃない、今、目の前で幼い頃から自分を護り続けてくれた家族が殺されそうになっている。


 単純な天秤にかければ、ヘカトンケイルの材料にされた人達を斬り裂いて彼女達を助けるべきだろう。


 だが、その単純な天秤事で物を計れないのが鷺澤義徒という男の本質だった。


 本当にただどうしようもなく、人を殺そうとはできなかった。


「はあ、私が昔見た漫画にあったセリフだが、殺される以上に殺すことが恐い、あれは良いセリフだったなあ……」


 遠い日に思いを馳せるように目を細め、アロンは頷いた。


「さあ義徒君、彼女達を助けたかったら、人を殺しても平気な心を身につけるんだ。なんて、無理な話か、安心してくれ、頑張ったけど結局正義の味方は悪に勝てませんでしたっていうバッドエンドも私の好きな終わり方の一つだ。君は理想を追い求め続け、結局何も護ることも出来ず死んでいった哀れな戦士として私の記憶に残る」


 パチン、と指を鳴らしてアロンがヘカトンケイルに最終命令を下した。


「ヘカトンケイル、残る三本の腕で彼女達の頭を捻切ってしまえ、もしかしたら彼女達が死んだ瞬間に覚醒するかもしれないからね」


 主の命令にヘカトンケイルは腹、と言っていいのかわからないが、とにかく肉体の下部を地に付けて体を支えていた三本の腕をティア達の頭に向けて動かした。


「やめろッ!」


 涙を流しながら懇願する義徒の顔を満足げに眺めてアロンは不敵に笑った。


「良い顔だ……っていうセリフを言ってみたかったんだよ、義徒君、君には感謝しているよ、君のおかげで私が体験したかったシチュエーションも、言ってみたかったセリフも、その大半が実現した。あとは君が覚醒して、もっと頑張って、そして私が勝って終れば、今回のシナリオは終了だよ、さあて、そうなると今度はどんなシナリオを体験……」


「アァアアアアッッ!!」


 アロンの言葉を遮り、義徒は血を吐き出さんばかりに叫びヘカトンケイルの縛鎖(ばくさ)から破り出た。


 義徒が覚醒したと思い、嬉々として見入るアロンの顔は、義徒の髪が黒いままであることを確認するとすぐに冷め、では何故ヘカトンケイルの手足を切断できたのかという疑問に思った。


 だが、誰よりも驚いたのはティア達だった。


 義徒は蛇腹剣を舞わせ、ティア達を握るヘカトンケイルの指を切断した。


 彼女達もそれに合わせてすばやく手中から脱出し、義徒と同じ場所に着地する。


「義徒殿……」


 アリアの声には義徒に対する驚愕の念が込もっていた。


 何せ、義徒の剣に、確かな殺意に覆われていたのだ。


 義徒の性格を知り尽くす彼女達がこの事実に驚かないわけがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る