第38話 ヘカトンケイル

 アロンの雄叫びにヘカトンケイルは泣き声とも呻き声ともつかない声を張り上げて突貫してくる。


 いくら巨大でもこのヘカトンケイルもアンデット、思った通り義徒の剣撃に怯むようすはない。


 無数の手足の長さは何体分も継ぎ合わせたのか、平均、二メートルから三メートルはありそうだった。


 頭部も首が伸び縮みし、届きはしないが義徒に噛みかかろうとしているように見える。


 狙いは義徒が中心、ならばと義徒は自分がヘカトンケイルを引き付けている間に朱美を助けるようティアに思念を飛ばした。


 確かに戦闘力ならばベルセルクを上回るヘカトンケイルではあるが、敵が群れではなく単一になったというのは僥倖(ぎょうこう)だった。


 アリアとファムも得物による攻撃ではなく、拡散型の連続攻撃を浴びせ、ヘカトンケイルの意識がティアに向かないよう努めた。


 思惑通り、無数の水の刃と尖った岩の嵐にヘカトンケイルはティアの動きにまるで気付いていないようすだった。


 ティアがやや離れ、朱美を正面に捉えると一瞬で空を飛び、朱美のもとへ向かった。


 今更気付いても間に合うような速力ではない、が、まるでそれを予期していたようにヘカトンケイルのメインとなる六本の腕のうちの一本がすばやくティアを弾き落とした。


「ティア!」


 義徒の呼びかけにティアは起き上がり無事を知らせてくれる。


「甘いね、いくらアンデットにはたいした知能がなくても、今のヘカトンケイルには私という最高の頭脳があるのだよ、ボスキャラを倒さずに捕らわれの姫君を助けるのはマナー違反だ、それと、良いことを教えてあげよう」


 不気味に笑いながらアロンは嘯(うそぶ)く。


「この子はこんな姿だがね……以外と俊敏なんだよ」


 六本の巨腕が地面に手を付くと目にも止まらぬ速度でヘカトンケイルは疾駆し、ティアを押し潰しにかかりながらも義徒達の相手をしていた手足はその空間にそのまま残り、だが長さだけは何メートルにも伸びていた。


 すんでのところでティアはヘカトンケイルの突撃を回避して義徒の元へと飛び、義徒は逆にヘカトンケイルへと疾走した。


「ティアに触れるなぁッ!」


 直径三メートルほどの豪火球を右手で放ちながら左手では別の術の準備進めている義徒の攻撃に体を炎上させながらヘカトンケイルは突進してくる。


 義徒はすばやく左手で準備していた霊力を地面に叩き込み、巨大な氷の壁を生み出した。


「そんなものがなんだと言うのだ」


 分厚い氷の塊りも、鯨のような質量を誇るヘカトンケイルの猛進を止めるにはあまりに力不足だった。


 アロンの言う通りに氷壁は砕かれたが、義徒はただアロンの視界を防げればそれでよかったのだ。


 アロンの視界が氷で閉ざされ、意識が義徒にばかり向かっているのに漬け込み、本命の攻撃は地下から襲ってきた。


 襲い掛かる腕達からアリアがファムを護り、その間に溜めた全霊力を以ってヘカトンケイルを下から串刺す。


 それが義徒の作戦だった。


 地震のような轟音とともに、先端が鋭利に尖った岩の塔を真下からブチ込まれては、さすがのヘカトンケイルも黒い液体を撒き散らしながら手足をバタつかせ、太い腕も地上二メートル辺りまで持ち上げられた。


 痛みこそないが、動きの障害を解消すべく、アロンの思念による指示の元、ヘカトンケイルは六本の腕で塔をわし掴み、体を持ち上げて異物を引き抜いた。


 地響きを上げながら着地するとその太い腕で岩の塔を憎らしげに殴り折った。


「いいよ、やっぱりこうでなくちゃ、でも、主人公の仲間はボスキャラにやられるべきだね……」


 アロンが嘯くと、ヘカトンケイルは金切り声を上げてファムに突撃する。


 だが、アリアがすばやくファムの前に立ちはだかり、再び剣を水で形成した大剣に変えて踏み込んだ。


「はぁああああ!」


 横一線に振られた一撃でヘカトンケイルの手足が二〇本以上切断され、立て続けにアリアが放った津波に押し返される。


「悪いが、うちの連中の命が欲しければ、このアリアを殺してからにしてもらおう」


 決然と言い放つアリアの迫力にアロンは感動しながら叫ぶ。


「君も良いキャラしてるねえ! ヘカトンケイルー!」


 怨嗟の雄叫びに拍車をかけて突貫する肉の山に対峙するアリアの元へ義徒が駆け寄る。


 アリアの水の大剣と義徒の蛇腹剣、どちらも長さを四メートルに統一させて渾身の一撃をヘカトンケイルに叩き込む。


「ほお」


 アロンが感嘆の声を漏らし、続けて嘆息を漏らした。


「でも足りない」


 痛覚を持たない圧倒的な体質量を誇るヘカトンケイルは手足を落とされながらも構わず突進し、義徒は反射的にアリアを突き飛ばした。


「義徒殿!」

「ッッ!」


 弾き飛ばされたの次の瞬間に一〇の腕が義徒を捉え、手足の群れへと引き込む。


「こんなのすぐに斬り裂いて……」

『タスケテ』

「!?」


 怨嗟の言葉を紡ぎ続ける頭達に近づき聞いた言葉に、義徒は言葉を失った。

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