第36話 ゾンビパニック
「そのとおり、ゲームでも敵のレベルは段々上がってくるだろ? 完成度の高いゾンビほど後に控えているからそのつもりで頼むよ、そのためにわざわざ最高の材料にと若い子ばかり捕まえたのだから……うちの生徒とかね……」
「……!?」
僅かにだが、義徒の剣筋が鈍った。
アロンの言葉を聞いた途端、今ままで斬れていたゾンビ達の顔が急に知っている人達に見えてくる。
ただ似ているだけでもクラスメイトに見えてしまう。
義徒は自らを心の中で叱責した。
ゾンビは既に死んでいる。
彼らの家族はもう悲しんでしまっており、ゾンビを倒さなかったからといって生き返るわけではない、誰も救済はできないのだ。
それよりも今を生きている朱美の命を救うために目の前の敵を殲滅せねばならない、何度もそう言い聞かせているのに、どうしようもなく弱い心は、剣に殺気を乗せられなかった。
「うん、やっぱり主人公はそうでなくちゃ、殺さなくてはならないと思っていても斬れない、実にいい、カッコよいね、全ては私の筋書き通りだ」
「なんなんだよ、その筋書きって……」
「んっ? 何って、君も知っているだろう? 私が漫画とゲームをこよなく愛していることを」
「……それは」
確かに、山下は根っからのオタクであった。
授業中だろうと平気で漫画やゲームの話をするし、職員室の机はロボットのプラモデルがいくつも並べられている。
だがそれはアロン・ベイスという人物から遠ざけるための偽装だったはずだ。
現に義徒も、今まで山下を容疑者からはずしていた理由に、山下がアロンなんてありえないという思い込みがあったのも事実なのだ。
つまり、オタク、というのは偽装のはずだが、アロンは続けた。
「漫画はいいねえ、人類が作り出した最高の文明だよ」
と口火を切って語り始めた。
「特に戦闘物の主人公が素晴らしい、あの強靭な肉体、不屈の魂、他者のために、もしくは自分の命が危険に晒されるだけでホイホイ強くなる。本当に、凄いと思わないかい?」
陶酔しきった顔はまるで子供のように純心な笑みを浮かべ、義徒達に聞かせる。
「でも、実際の人間て弱いとは思わないかい? 運が悪ければ転んだだけで骨が折れる、ちょっと擦っただけでも切り傷擦り傷、一度ケガをしたら何日も痛いままだし、世界の流れだって違いすぎる。屋上にはカギがかかっているから青空の下でお弁当は食べれないし学園のアイドルなんて女子は存在しない、いや、それ以前に現実の女子事態がたいして可愛くもない、ラブコメ展開なんてどこにもないし、何よりも、現実の世界の人はすぐに醜く老いるだろ? 私にはそれがどうしても耐えられなかった」
「……まさかお前、それでネクロマンサーに?」
「そうだよ」
驚いたとしか言いようがない、己の欲望を満たすため、死にたくないがためにネクロマンサーは不死の研究をする。
なのにこの男は漫画のキャラがずっと若々しいからという理由でそれを求めているのだ。
確かに、漫画なんかでは主人公達が続編などで設定年齢上は中年の年になっても、見た目が若い場合が多々ある。
しかし、それに憧れてというのは、あまりに理由が軽すぎる。
「だがねえ、私はもう大人だし、主人公のような青春もラブコメ展開も望めないのだよ、でも、年齢に限らずやれる役がある、それが悪役だ。元々主人公よりもラスボスなんかに惹かれることも多かったし、私は悪役に周ってみることにしたのさ。そのためには私に立ち向かってくれる勇者がいないと、でも、協会に隠れて色々やってきたけど、どいつもこいつも期待はずれだったよ、私に何の抵抗も無く死ぬ奴、許しを請う奴、仲間をおいて逃げる奴、やはり、現実世界の戦士など、B級漫画にも劣るクズどもばかりだった。まあ、元々設定もたいしたことは無かったんだけどね」
両腕をだらりと下げ、アロンは力なく視線を落とした。
「浮遊霊達を使ってあらゆる少年魔道師を調べ上げた。そうやって子供の頃から最強を目指している奴、家族の仇を討とうとしている奴、時にはダークヒーローもと思って自分の欲望のために戦い続ける奴、本当にたくさんの魔道師に私を憎み、私と戦うようお膳立てをしてきた。だからね、私はとても嬉しいんだ。君のような本物に会えて」
「だまれッ!」
叫んだのはアリアだった。
「義徒殿は貴様の玩具ではない、それ以上我が主を愚弄することはこのアリアが決して許さんッ!」
言いながらアリアの霊力が剣に一気に集まり、彼女の剣を基点として大量の水が剣を覆い、大剣の形を成していく。
最終的な大きさは実に三メートル、裂帛の気合とともにアリアが横薙ぎに振るうと一度に一〇人の胴体が真っ二つになり、その場で蠢くばかりのゾンビ達の頭上に突如として巨大な岩が出現し、その落下エネルギーを以って容易く押し潰した。
ファムの岩石はそのまま大地に飲み込まれ、全てのゾンビがいなくなったのを見るや否やティアがリングブレードにありったけの回転力を与えてアロンに投擲した。
義徒はそのリングブレードに身を隠すようにして疾走している。
義徒達の連携に感嘆の声を漏らし、アロンは指を鳴らした。
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