第34話 真犯人
その時、霊体になっているティアが義徒の肩を叩き、窓の外を指差した。
「…………」
グラウンドに佇むヒトガタの影、移動するわけではなく、何かの作業をしているわけでもないソレは、誰かを待つように、本当に、ただそこに立っているだけだった。
直感であの影がアロンに違いないと悟り、義徒は窓を開けて外に出る。
おそらくは今までの人生で最大の戦闘になることを確信して走った。
しかし、人影との距離が縮まり、その輪郭がはっきりとしてくるたびに、義徒の中にあり続けた。あの嫌な違和感がほどけていった。
自分は何を見落としていたのか、何に気付かなかったのか、真実はあまりに単純だった。
事件発生の四月初頭に引っ越してきた学生の情報が手に入りやすい人物。
商店街で失踪事件が起きた日、ロベルトを見る前に、義徒はその人と会っていた。
その人には、ロベルト以上に疑わしい点が多い、ならば、何故今まで彼を疑わなかったのか。
ロベルトの野球部員は無事だが、彼の空手部員は被害にあった。
そして、彼が学校を休んだ日の被害者数は過去最大だった。
何よりも、毒島がいた店で野球部が打ち上げをすることを教えたのは彼だった。
「鷺澤、一体どうしたんだ? そんなに怖い顔をして」
らしくもない、冷めた顔で山下は義徒の顔を眺めていた。
弁護の余地はなかった。
もう、アロン・ベイスの正体は明らかだった。
義徒には珍しい、鋭い目付きで怒りをあらわに、義徒は山下に尋ねた。
「朱美はどうした?」
「……先に帰らせたと言ったら信じるかい?」
見たことも無い、邪悪に歪み切った表情に義徒が爆発した。
義徒の手の平から迸る炎の波をモロに受け、山下は火だるまになった。
だが炎上しながらも苦しむそぶりはなく、両手で顔と服に手をかけると何の躊躇いもなく、炎もろとも脱ぎさった。
かくして、脱ぎ捨てられた服と皮膚の下には、黒いローブと白人の顔が潜んでいた。
「さあ、殺し合いを始めようじゃないか、鷺澤義徒!」
声も、顔も、山下の面影など何一つとして残っていなかった。
目の前にいるのは、ただ己の欲望を満たすために何百という人間を平気で殺す。猟奇的な殺戮者だ。
この世の全てを嘲笑うような笑みは、見るだけで寒気がする。
「アロン! 朱美をどこへやったッ!?」
天を衝くような怒号にアロンは滑るようにして下がった。
「フフ、安心してくれ、大事な客をそう簡単に殺したりはしないさ」
山下が、いや、アロンが地面を軽くつま先でこづくとグラウンドの底から木製の棺が這い出し、木が軋む不気味な音を立てながら戸が開くと、朱美はその中で気を失っていた。
「朱美!」
義徒の呼びかけに朱美は応えない、殺していなくとも、睡眠魔術はかけられているのだろう。
すぐにでも駆け出し、朱美を助けてやりたいが、アロンが近くにいてはそれも叶わない。
「そうだ、やはり君は賢いね、もしも今、君が飛び掛ってきたら私はなんの迷いもなく彼女の首を捻切っていただろう、だからゲームをしよう」
言って、アロンは棺を蹴り飛ばした。
地上を滑走して棺は一〇メートル後方まで飛ばされた。
「これで私とも距離が出来た。もしも私が彼女に向かって進めば君に背後をとられてしまう、ただし君も私を倒さねば彼女のもとには辿り着けない、これだと君に勝ち目はないだろうから優しい私は君に背後をとらせてあげよう」
言っている内容の理解に苦しむ義徒に、アロンはどこまでも楽しげな眼差しを送った。
「ようするに、私はこれから彼女のところまで行くから後ろから攻撃してくれと言っているんだよ、まあもっとも……」
アロンが眼を剥いて笑った。
「できたらだけどね」
途端に、アロンと義徒の間にある地面、距離にしてこちらもまた一〇メートルの範囲のグラウンドから次々にヒトガタが這い出す。
光の無い目に、ただ不気味なうめき声、その姿はまさに真正の亡者であったが、それは月光の下にその姿を晒したばかりの時だけだった。
二〇、三〇と数を増していく彼らはただの一人もうなだれてはいなかった。
「ルールは単純、そいつらを全部倒して私にたどり着いたら君の勝ち、逆に私が彼女のもとに先にたどり着いたら私の勝ち、彼女をゾンビにさせてもらう、それでは、楽しいゲームのスタートだよ、鷺澤(さぎさわ)義徒(よしと)君」
アロンがグラウンドに全体不可視魔法を張り、市民達からこのゲームを秘匿するのと同時に、ゾンビの群は唸り声を上げて疾駆した。
ティア、アリア、ファムの三人は一瞬で実体化して自らの得物を召喚する。
アリアはその手に紺碧の剣を、ティアは直径が自らの身長ほどもあるリングブレードを虚空から掴みとり、ファムは空間から自分よりもはるかに巨大なハンマーを取り出した。
その大きさ故、毒島と戦った路地裏では使えなかったが、広いグラウンドでならば彼女達の持ち味を存分に生かせるというものだ。
義徒も蛇腹剣を具現化させて三人と一緒に武器を振るった。
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