第32話 電話


「っで、考えた結果、ロベルト先生はシロとは言わないけど灰色だと俺は思う」


 義徒の判断には一応のところ三人も納得しているようだ。


 そもそもロベルト先生がアロンなのではないかという推理も、特に証拠はなかった。


 被害者の年代層から学生の情報が手に入りやすい仕事を隠れ蓑(みの)にしている可能性が高い。


 アロン同様、イギリス出身で変装や書類の偽造もしやすい。

 アロンが逃亡したのと同時期に紀物(きもの)市に引っ越してきた。

 ロベルト先生が引越したのと同時期に若者の失踪者が激増。

 そして商店街で大量失踪事件があった日、義徒はロベルト先生を商店街で目撃している。


 一つ一つはたいした理由ではないがここまで集まるとかなりの信憑性があった。


 それでも、冷静に考えれば最初の二つはやり易いというだけ、時期が重なっているのも今年度に引っ越してきた人間全てがその対象になる。


 決定的にも思える商店街も、あの日はロベルト先生が学校で紹介された日だから彼が目立って記憶に残っただけ、それこそ商店街など誰でも行くし、それだけで犯人になるなら商店街に住んでいる住民のほうがよっぽど怪しいだろう。


 現に昨晩はロベルト先生と一緒にいた野球部員達は無事である。


 彼がもしもAランクのネクロマンサー、アロン・ベイスその人ならば義徒達の戦闘中に野球部員達をさらっていくぐらいのことをしても良かったはずだ。


 ティア達は皆、かなり強力な精霊ではあるが、それでも一人残らず無事というのはいくらなんでも逃げ腰すぎるだろう。


 ただ、まだ気になることがある、監視用の霊はあそこにいなかったのは確認済み、昨晩のアロンは義徒達の行動を把握できなかったはずである。


 だが毒島はアロンにあそこで待っていればお前の嫌いな奴が来ると言われたと言っていた。


 ということは、アロンは義徒があの店に行くことを知っていたことになる。


 確かに、待ち伏せをするなら昨晩はあの店が最適だった。


 ちょっとした知将ならば義徒の行動を読めただろうが、それは義徒が打ち上げのことを知っていたらの話である。


 義徒の友人には野球部員がいるが、義人がその友人から打ち上げのことを聞くとはかぎらない、現に義徒は打ち上げを野球部員からではなく、山下から帰りのホームルームでクラスメイト達全員と一緒に聞いたに過ぎない。


 山下が言ったのを知ってあの店にゾンビ達を集めておいたとも考えられるが、それは考え過ぎだ。


 そんなものは最初からロベルトを犯人と決め付けて言う愚行に他ならない。


 そもそも犯人が自分のすぐ身近にいるということこそが稀有なのだ。


 選択肢は他にいくらでもある。


 セオリーとしては、誰か別の人間に成りすますのではなく、廃屋などに結界を張り、隠れ住んでいると考えるべきか……


「なあ、ティアとファムの眼を欺くほどの結界ってどんな奴なら張れるんだ?」


 風と土という属性上、ティアは風を通じて、ファムは地面を通じて周りの情報を得るの長けている。


 時則の時代から偵察や捜索などの任を受けてきた二人ならば、例えアロンがアジトとして結界を張っていてもそれを見破る可能性は十分にあるのだ。


「そうですねえ、さすがにAランクの術師でしたら……」

「あとよっぽど結界を張ることが上手な人ならファムちゃんでも厳しいかなぁ」


 二人の返答には義徒はまた考え込んだ。


 アロンは最上級の術師、ましてネクロマンサーならば死体を隠すのに結界を張るのは得意なはず、となればティアとファムがアロンの結界を感知できなくても不思議ではないのだが、正直なところ、義徒は悩んでいた。


 今まで誰にも言わなかったが、何か大切なことを見落としている気がしてならない。


 事件を捜査する者ならそんな不安は誰にでもある。


 たいていの人はそう思うかもしれない、義徒も確信があったわけではないため、そのことについて深く詮索はしなかったが、日が経つにつれて、否、事件が進むごとに胸のなかにある違和感が大きくなっていることには、夕食前にティアに起こされた時気付いた。


 ジリリン と甲高い音が静寂を破ったのは義徒が違和感について思い直した時だった。


 音の正体は、当然ながら電話である。


 洋館の雰囲気にはピッタリの、ダイヤル式ではあるが黒電話よりもさらに古い、ボディパーツに金色の金属が使われている明治時代に使われていたソレはアンティークとしても現代ではかなり珍しく、ざっと一三〇年は昔の物を今でも使っている。


 なんの支障も無く作動しているのは鷺澤家を含めても日本にはそう何台もないだろう。


 相手が誰なのか伝えてくれる便利な画面などない電話の古めかしい音を止めるべく、義徒が受話器を取ると朱美の陽気な声が聞こえてきた。


「岡崎でーす、ヨッシ―いますかー?」


 寝ている間は時間の流れが分からないはずなのに、一日ぶりの朱美の声はちゃんと一日ぶりの気が、いや、何週間も声を聞いていなかったような気さえした。


「朱美か、どうした? こんな時間に」

「おお、いきなりご本人登場ですかー、いやほら、山ちゃんがヨッシ―風邪だって言うから心配になってさあ、携帯にかけても出ないし、心配したんだぞう」


 そういえば携帯は自室に置きっぱなしだったと思い出して義徒は返した。いや、返そうとしたのだが……


「よう鷺澤、もう起きていいのかー?」

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