第29話 覚醒
何故ならば、義徒は死にそうになると魔道師らしくなってしまうから……
その時、義徒の総身から霊力の奔流が吹き荒れ、近くにいたコートの男は衝撃で後ろへ倒れ込んだ。
逆に義徒は悠然と起き上がって指を鳴らし、同時にコートの男の体は宙に浮かび上がり背後のティア達を飛び越え、さらに奥のゾンビの群へと投げ込まれた。
「おいおい、汚い刃を向けるなよ……俺を誰だと思ってやがる」
眼鏡を服の中にしまい、振り返った義徒の姿に毒島は驚愕した。
燃えるような赤い髪と真紅の瞳、出血が完全に止まり、完治している肩の傷、だが何よりも驚くのは容姿ではなく、義徒が全身に纏う雰囲気である。
玲瓏にして自信に満ち溢れた艶貌は義徒のままであるにも関わらず、その表情一つで空前絶後の美丈夫と化していた。
いや、それは決して造作的な美ではない、王族すら超えた圧倒的な存在感と威光に満ちた威容はそれだけであらゆる者を魅了し畏敬の眼差しを一身に浴びる力を備えている。
単純な存在感だけならボルファーの比ではなかった。
ありもしないはずの後光すら見せる神々しさと佇むだけで霊力の煌きを放つ、人にして人ならざるその存在に、ティア、アリア、ファムの三人は途端に恭(うやうや)しく平伏した。
「そう気を使うな、そんな態度を取られたら抱きにくいだろ?」
言い終えた時、義徒はティア達のすぐ目の前に直立していた。
続いて、義徒は左右に座るアリアとファムの顎を撫で上げてから中央のティアの顔を両手で持って自分に向けさせた。
面(おもて)を上げた三人は義徒の顔を見た。いや、見てしまった。
義徒が手を離すと三人は誰に言われることもなく立ち上がり、考えられないことに義徒に抱きついた。
三人の顔はどれも心酔しきり蕩(とろ)けていた。
「良い子だ」
言いながら、あまりに甘い笑みを浮かべる義徒の視線を直視してしまったティアの総身は震え、コンマ一秒後に義徒の口がティアの口を塞いでいた。
アリアとファム同様、ただでさえ脳が恋愛ホルモンと女性ホルモンを大量に分泌していたというのに、その総量はついに限界値に達し、顔にうっすらと汗をかいて悶えるように小さな声を漏らした。
「いつにも増して可愛いな、ますます愛でがいがあるぞ」
その言葉に湯気が出そうなほど顔を赤くして、ティアは義徒の肩に顔をうずめた。
「って、なにしてやがるんだてめえはっ!!」
あまりの出来事にしばし放心し、つい様子見のつもりで制止させたゾンビにも命令を忘れていた毒島の叫びに、義徒は冷厳な眼差しを向けて、怠慢な声を漏らす。
「なんだ、腐れネクロマンサーの雑兵如きがオレに意見するのか? 今ならそのゾンビと変わらない醜悪な面を下げれば許してやるぞ」
今の言葉で毒島の頭を巡っている血管の一つが切れた。
毒島は全ての怒りと憎しみをまとめて吐き出し咆哮すると、ゾンビ達に命令した。
「鷺澤を殺せぇえええええッッ!」
コートの男は大型のゾンビだったらしい、吹き飛ばされた衝撃ではだけたコートから見えた胸板は皮膚が黒ずんでいる。
コートのゾンビを先頭に猛然と襲い掛かるゾンビの集団を、義徒は権勢(けんせい)な視線で串刺した。
「死んで詫びろ」
義徒の従容(しょうよう)な言葉が闇に染みると、義徒の目の前から毒島の目の前までの空間が灼熱の閃光で満たされ、全ての存在を無に帰した。
平時の義徒の霊力とは比べ物にならぬ力は、決してボルファーが霊力を分けてくれたからではない、これが義徒の本当の実力なのだ。
超高熱で気化したアスファルトの悪臭と義徒の冷徹な眼光に毒島は腰を地に付けてわけのわからないうめき声を上げている。
恐怖に歪みきった顔の毒島を義徒は怒りを新たに見据える。
「さてと、オレに牙を向けた以上、ただで返す理由がなくなったな、アロンの情報を洗いざらい吐いてもらおう、断ればどうなるかぐらいはお前にもわかるだろう?」
人外を思わせる魔性の美しさを放つ青年は澄み切った声音で毒島を支配し尽くした。
流石に観念したのだろう、毒島は首の骨が折れるのではないかと思うほどに首を縦に振った。
だが、それもつかの間、義徒がティア達を体から離させ、毒島に近づくと……
「ぎゃああアアアアッ!」
突然毒島が断末魔の叫び声でも上げていると思うほどの声を張り上げ、のたうちまわった。
時間の経過に比例して毒島の皮膚は黒ずみ、両目が腐り落ちて腹ばいに倒れると痙攣もせずに動かなくなった。
おそらく、毒島はすでにアンデットにされた後で、自分に関する情報を喋りそうになったら死ぬ、そんな術をかけられたのだろう。
しかし義徒は、クラスメイトが目の前で腐り死んだというのにその亡骸に特にたいした感慨も抱かず、鼻で笑った。
「フン、アロンの奴はどうやら遊び好きらしいな、クラスメイトを使って俺の反応が見たかったといったところか」
それだけ言って振り返ると、視線をアリア一人に定めて義徒はそっと彼女に近づき、気がついた時には既に抱き寄せていた。
「よっ……義徒殿、私は……」
アリアは両腕を自分と義徒との間に割り込ませているが抵抗する力があまりに脆弱だった。
自然と下に腕が落ちて互いの体が密着する。
「……義徒……」
さきほど自分のほうから抱きついたのは悪いことだったのだと自分に言い聞かせ、アリアは騎士としての心を保とうと必死に耐えるが、オンナとしてこの世に生まれた以上、既に義徒への気持ちは抑えられる限界を超えていたが……
「悪いが時間だ……」
言い残して、義徒の体からがくんと力が抜けて、アリアに総身を預ける形になった。
アリアが義徒に飛びかかろうとしたコンマ二秒前のできごとであっただけに、アリアは溢れ出す思いをなんとか沈め「危なかった」と安堵した。
すると、ファムが半ば強引にアリアから義徒の体を奪って抱き寄せた。
「むー、二人だけズルイ」
頬を膨らせて子供っぽく怒った直後、ファムはいきなり意識の無い義徒の唇にキスをした。
「……!?」
「ッッ!?」
ティアとアリアがそれぞれファムを睨むが、当人は悪びれる様子もなく。
「これでお合いこだもんね」
と笑って返した。
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