第26話 保護者
紀物市の中でも比較的高い、とあるビルの上には妙な取り合わせの四人組みが魔方陣を書く作業に勤しんでいた。
鮮やかな水色のメイド姿は風の精霊シルフことティア。
ジーンズに青いタートルネックの質素な服装の女性は水の精霊ウンディーネことアリア。
フリルのついた茶色い、やや派手気味の服を来た少女は土の精霊ノームことファム。
そして黒い装束の上に赤いコートを着て眼鏡をかけた青年は彼女達の主、鷺澤義徒だ。
陣のサイズは直径一〇メートルの巨大な物で、義徒達の目には白い線で構成されているように見えているが、実際には義徒達の魔力で描いているため、ある一定以上の霊力や魔力を持つ者にしかその存在は視認できない。
「これで魔方陣は完成です。では発動させますね」
言って、ティアが義徒達を下がらせ魔法陣に触れて霊力を流し込むと、陣は燦然と光輝き、円周部分から天空へと陣同様、高い霊力を持つ者にしか見えない光が放たれた。
見ようによっては外的から陣の中を守る防御陣にも見えるが、その性質は防御陣とはだいぶ異なる。
術の発動を確認して、ティアが陣から手を離すと、周囲からとてつもない速度で浮遊霊達が集まり、決して外には出ようとしない。
これがこの魔方陣の効果である。
陣の半径二キロメートル以内に存在する全ての低級霊を集め、中に閉じ込める。
よほど強力な霊を除けば、この陣の影響を受けずに済むのは、既に他の術者の管理下にある霊だけだ。
すなわち、今回の失踪事件の犯人が操っている霊だけが残ることとなる。
義徒の推理はボルファーの言うとおり当たっていた。
見れば明らかに陣の影響を受けず、空を徘徊(はいかい)する霊や義徒達を見つめる霊がハッキリと見て取れる。
「よし、これでどれが管理下にある霊か一目瞭然だな」
すると、にやりと笑う義徒に、ティアは駆け寄り、顔を近づけやや大きめの声で聞いた。
「あっ、あの、わたし役に立ちましたか?」
それに対し、義徒は優しく笑いかけて応える。
「ああ、俺にはまだこの陣使えないからな、助かったよ、ありがとうなティア」
義徒に賞賛され、顔を赤くして喜ぶティアと、そのようすに小首を傾げる義徒をアリアは視界に捉える。
「ファム、今の義徒殿をどう思う?」
「とりあえず笑顔の殺傷力は時則ちゃんと同じだと思うよ」
「だろうな……」
彼女には珍しく苦笑してから告げる。
「では義徒殿、これから敵浮遊霊の排除にかかりますが、異論はありませんね?」
義徒は歯を食い縛り、だがすぐに緩めて返事を返した。
「ああ、できればあの霊達には安らかに成仏して欲しい、でも俺にはその力がない、だから、今を生きている人達を救うために、今だけは我慢してもらう、だけど……」
握り拳を作り、アリアへ向けて決意を込めて言う。
「いつかは、全部救えるようになってみせる」
微笑んで、アリアは頷いた。
「はい、では参りますよ」
「ああ、それと、やっぱりアリア笑ったほうが可愛いぞ」
顔が赤くなり切る前に後ろを向いてアリアは手を空にかざした。
「(まったく、本当に変なところばかり時則殿に似て困る)」
アリアが霊力を集め、それを掌から放出すると一筋の青い閃光が雲に向かって走り、時の歩みとともに雲は成長し、ティアの陣同様、半径二キロメートル以内の地域の上空を覆い、霧雨を降らせた。
それはまるで清めの水のように街中の霊たちを次々に虚空へと掻き消し、霊視しても街には何も見えなくなった。
その光景を、隠し切れない悔しさで顔をしかめる義徒の腕に、ファムが抱きついてくる。
「義徒ちゃん、今日はちょっと進歩したね」
子供にしかできない無垢な笑いに義徒は表情を和らげてファムの頭を撫でた。
「ありがとう、じゃあ店に行くか」
雨がやみ、陣を消してアリアとティアの視線が義徒に向く。
「それで義徒君、今日はどこに行くんですか?」
「ああ、ロベルト先生は野球部の副顧問なんだけど、山下先生の話だと今夜野球部が練習試合で勝った打ち上げをやるらしいんだ。だからその店にな」
言い終えると四人は路地裏へ飛び降り、アリアとティアは霊体化したがファムだけは実体化したまま、義徒の背中に飛び乗った。
「って、なんでファムは霊体化しないの?」
「駄目?」
「駄目じゃないけど、まあいいか」
すると、突然ティアとアリアも実体化して駆け寄る。
「わっ、わたしもやっぱり実体化して行きます」
「街を歩くには保護者がいたほうが良いのでしょう? それにこの面子ならば家族に見えるでしょうから私に声をかける男はいないはずです。問題はありません」
「えっと、あれ?」
現状に当惑しながら義徒は三人に圧倒されたまま店に向かうことになった。
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