第25話 理想



 四人にリビングへ集まるよう思念を送って義徒は全員を呼び集めた。


 皆が集まると義徒はファムのなんでお風呂に誘ってくれなかったんだという文句を制止してまくしたてる。


「霊だよ霊、犯人は浮遊霊使って俺らを観察していたんだよ!」

「でも義徒君、特に変わった霊はいませんでしたよ」

「そうだよ義徒ちゃん、そんなストーカーちゃんはティアちゃんとアリアちゃんにすぐ見つかっちゃうよ」


 アリアとボルファーもティアとファムに同感といった具合に頷くが義徒はひるむことなく続けた。


「後をつける必要はないよ、ただ、街中にネットワークを張り巡らせればいいだけだからな」

「小僧、どういうことか説明してみろ」


 ボルファーにも思うところがあったのだろう、真剣な面持ちで義徒の話に聞き入ってくれる。


「使い魔みたいに特定の存在に監視させたらすぐにバレる、でもそれが街中にいて当然の浮遊霊、それも交代で見張れば話は別だ。ティア、確かネクロマンサーっていうのは死体だけじゃなく死者の魂を操るのも得意なんだろ?」

「はい、死体と死霊を操って特定の人物を監視するのはネクロマンサーの術の一つです、それらの視界を共有することも可能なはずですし」


 ティアの返事に得心を得て義徒は全員に視線を送る。


「だから数百体単位の死霊にそれぞれ決まった区間を漂わせる、浮遊霊ならいくらいても怪しまれないし、仮に俺らを見ているとわかっても、元々浮遊霊自体が自分の姿を見れる、つまり霊力の高い魔道師を眺めるのはそう珍しいことじゃないから、よっぽど長時間監視しない限りは大丈夫だ。でも俺らが移動するたびに見る霊は代わるから使い魔だとはバレない、前に俺が店で待ち伏せようとした時にゾンビが現れたのもきっと浮遊霊を通じて俺らの作戦を知った犯人が足止めで出したんだろう」


 その説明を聞くとボルファーは景気よく膝をパシンと叩いた。


「見事だ、よくぞ霊体ならではの特性に気付いたな」

「まあな……んっ、なあ、もしかしてアリアの部屋のドアノブ壊したの、お前じゃないだろうな?」


 義徒が疑わしい視線を送るとボルファーは途端に肩を竦(すく)めて視線をそらす。


「何を言っている、我がただヒントを出すだけではつまらないから、どうせならおもしろくなるようアリアに風呂上りは人間の服と下着を着るよう命じ、そのうえドアノブの内部を熱で変形させるなど、そんな手の込んだことをするわけなかろう」

「すごく分かりやすい説明ありがとう」


 こめかみに青筋を立てながら口元をヒクヒクと痙攣させる義徒を見ながらティアは冷や汗を流した。


「でっ、でも良かったじゃないですか、これで全然犯人が見つからないわけがわかったんですから、あとはどうやってその監視から逃れるかですね」

「いや、それならもう考えてある」


 小首を傾げるティアに、義徒はだまってほくそ笑んだ。


 数分後、四人は義徒の作戦に感嘆の声を漏らす。


 だが一人、アリアは義徒の前に進み出て質した。


「待ってください、本当にそれでいいのですか?」


 アリアの青い双眸が義徒を見据える。

 義徒は一瞬視線を落とし、だがすぐにアリアと向き合い、応える。


「ああ、覚悟はした。俺は今、自分の力で可能なことをやり抜きたいんだ」


 力強い返答には、アリアだけでなく、ティアやファム、そしてボルファーも微笑みで返した。


「貴様も中々わかってきたではないか、うむ、実に良いぞ、では一つ我から貴様らに霊力を与えてやろうではないか、何せ我との戦闘で消耗した分のせいで此度の戦に負けたら夢見が悪いからな」


 満足げに言いながらボルファーは立ち上がりファムとアリアの頭に触れ、霊力を流し込み、続いてティアと義徒の頭に大きな手を優しく乗せ、熱い魔力を流し込んだ。


 彼との戦いで消耗した分どころの騒ぎではない、今まで感じたこともないほど濃い霊力が全身に漲(みなぎ)り、体に蓄えられる限界値分の魔力に血が滾る。


 全身に魔力が充溢する恍惚感に義徒は身を震わせた。


「では、今回は全員で行くがよい、今宵の鷺澤家の留守は我一人で守ろうではないか」

「ありがとうな、ボルファー」

「礼は犯人を捕まえてからたっぷりと聞いてやろう」


 最強の召喚師の子孫は最強の精霊と笑みを交わし、三人の乙女とともに家の門をくぐり外へ出た。


 そして、家の敷居から外に出る時に、義徒は不意に口を開いた。


「なあ、初代様ってどんな人だったんだ? そんなにすごいのか?」


 時則の偉業は書物や父、そして幼い頃からティア達に何度も言って聞かされていた。


 それでも、風呂場でしたボルファーとの会話で、義徒は今一度、理想を果たそうとした英雄の話を聞きたくなった。


 その問いに、三人は遠い日に思いを馳せるように目を細め、遠くの空を見据え、なつかしそうに語った。


「はい、時則君は本当にすごい人でしたよ。誰よりも強くて、誰よりも優しくて、誰よりも大きくて」


 ファムが続ける。


「何歳になっても夢を諦めなくて、誰よりも理想を追い求めて、周りからどんなに罵られても時則ちゃんは進み続けていたよ」


 最期にアリアが言う。


「時則殿は、どんなに青臭いガキの戯言と思われようと、常に愛や友情、勇気と希望で固められた正義の先に真実があるのだと信じて疑わなかった。そして、その理想を死ぬまで持ち続けた方です」

「……初代様は、結局、自分の理想を果たしたのか?」


 義徒の声が僅かに震えていたのは、おそらく恐怖からくるものだろう、自分と同じ理想を持ちながら、史上最高の力を持っていた先祖は夢を叶えたのか、もしも時則ですら全てを救えなかったのならば、自分の夢にも絶望しか待っていないだろう。


 否、すでにボルファーから、救えない命があったと聞かされている。だが、そういうことがあったというだけで、何十年の歳月の果てに夢を叶えたなら、まだ希望はあった。


「……残念ですが、時則君でも、全てを救うことはできませんでした」


 義徒は胸に、小さな空洞ができた気分になった。だがティアは優しく続けた。


「でも、時則君は幸せだったと思いますよ」

「……?」


 理想を果たせなかったのに幸せ、義徒にはその言葉の意味が理解できなかった。

 何故だと問う前に、ティアは義徒と視線を交えた。


「時則君は言っていました。確かに自分は世界の全てを救うヒーローになりたいって、みんなが笑って暮らせる世界にしたいって、でも自分は神様じゃないから、ただの人間に過ぎないから、世界全てを救済するのは難しいと思うって……だけど、何千回も繰り返した戦いの中で、一度でもみんなを救えたなら、それだけでも嬉しい、そして死ぬ少し前に言ったんです」


 誰よりも偉大なマスターと同じ理想を持った義徒の手を握り、ティアは最高の笑みを見せてくれた。


「確かに自分は全てを守ることはできなかった。だけど、大切な者だけは全て守りきれたって、だから自分は最高に幸せだって」

「……!?」


 誰よりも理想を追い求めた英雄は、誰よりも凄絶に、そして凄烈にその生涯を駆け抜け、その先に大望を果たせなかったが、そんな彼がその人生を幸せだと感じれたなら……


「そっか、ありがとうな」


 そう言って歩みを進めた義徒の背中に、三人は時則の姿を重ねて続いた。


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