第24話 お風呂場のピンチ
「それとアリアには一〇分後に背中を流しにくるよう言っといた、もう九分は経っただろうがな」
ブツン、と音を立てて義徒の脳内で太めの血管が切れた音がした……ような気がする。
それだけでなく、脳内でミサイルが暴発し続ける義徒を置いてボルファーはさっさと上がってしまった。
「って、お前どこ行くんだよ!? 一人にするなよ!」
「だったら小僧も上がればよかろう……もっとも、上がることができたらの話だがな」
ニヤリとやけに嬉しそうに顔を歪ませて、ボルファーの視線は義徒の下半身へと下がった。
「うわわっ、ちょっ、ボルファー、待てって、朝の全然怒ってないからお願いします、せめてアリアの足止めだけでも……」
マスターが半泣き状態でしている懇願など何処吹く風でボルファーはサッと背中を向けて風呂場から出て行ってしまった。
義徒が声をうわずらせて泣き言を叫んでいると脱衣所のほうから感じ慣れた霊力と一緒に死のカウントダウンが聞こえてきた。
「おや、ボルファー殿は上がられるのですね」
「おおアリア、悪いな、我の悪ふざけで調子に乗ったばかりに小僧がすっかり落ち込んでしまってのう……」
「ご安心を、義徒殿は私が背中を流しながら励ましてみせます」
わざとらしく申し訳なさそうに語るボルファーに力強く応えるアリアの声が、今の義徒にはどんな辛辣な罵声よりも鋭く胸に突き刺さった。
義徒の未熟な不可視呪文や迷彩呪文など心眼を会得しているアリアにはなんの意味もなさないだろう。
かくして、義徒は風呂場の戸が開いた瞬間、視界に絨毯(じゅうたん)爆撃(ばくげき)を喰らい、その後は思い出すもおぞましい地獄に吹き曝(さら)された。
チョモランマよりも高く、マントルよりもなお厚い障壁をどうにか乗り越え、なんとか凄絶な入浴タイムを終えた義徒は千鳥足で、自分の部屋へ避難しようと急いだ。
そして休んでから今夜の捜査をしようと心に決めて、さっきまでの出来事を意識の外に締め出そうとすると、廊下の先、アリアの部屋の前にとんでもない危険物質を見つけた。
彼女の服とズボンだった。
思わず持ち上げると中から上下それぞれの下着が落ちて、ショックで義徒は崩れ落ち、両手を着いて顔面を床に直撃させるのはなんとか免れた。
これは鷺澤家で時々あることである。
精霊であるティア達は普段は実体化しているが霊体化すれば壁をすり抜けて移動できる。
だがそれは彼女達が霊体になっているからだが、持ち物まで霊体になるわけではない、人型の精霊が着ている服は、自身の霊力を編んで作られている物なので一緒にすり抜けられるが、人間の店で買った服などは原子で構成されているので壁をすり抜けられないのだ。
結果、今回の場合はアリアが霊体化して壁抜けをすると、実体を持った服を置いて、中身だけが部屋に入って行くことになるのだ。
「……ったく、ちゃんとドアから入ってくれよ、霊体化したらこうなるのはわかって……」
……霊体……そこで気付いた。
「義徒殿、すいません、ドアノブが壊れていて仕方なく霊体化を……義徒殿?」
本の挿絵で描かれる女神のような白いドレスを着て部屋から出てきたアリアが話し掛けると、いきなり立ち上がり叫んだ。
「わかった!」
義徒はリビングへ向かって走りだし、アリアは自分の服と下着を部屋のクローゼットに投げ込んですぐに後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます