第22話 嬉しくないバスタイム
その日の夜、武家屋敷の方で、義徒は時則が精霊達みんなと入りたいという理由だけで建造した巨大な総檜作りにしていつでも天井が開いて露天風呂にもなる無駄に凄い浴場でこれからの作戦を立てていた。
しばらくの間はティアの提案した待ち伏せ方式でいくのがベストだろう、アロンとの戦闘になってもアリア達と協力すればきっと殺さずに捕縛し、協会に引き渡せるだろう。
となると、問題なのはやはりアロンの使役するゾンビ達だ。
召喚術師らしくと動けば、ネクロマンサーがゾンビを使役するように、こちらも精霊を使役、例えば自分は後方で指示を出すだけで戦いはアリアにやってもらえばいい。
だが、結局は指示をしているのは自分のうえ、それは汚い仕事を家族に押し付けているだけで、根本的な問題は解決できていない。
ゾンビはもう死んでいる。救うことは無理なのだと自分に言い聞かせるが、それでも甘さを拭い去ることはできなかった。
風呂のほうが落ち着くかと思ったが、一〇〇人は同時に入れそうな浴槽に自分に一人というのは逆に落ち着かなかった。
時則の契約した精霊の数は協会も把握しきっていなかったらしい。
中には契約もせずにただ仲がいいだけという精霊から時則に恋慕してついてきている精霊、それどころか命を狙っている精霊や悪魔まで一緒に引き連れていたというのだから、単純に彼の持ち霊と言っても把握が難しいのは当然だろう。
父の話では判明している契約数は千を越えているとのことだが、なるほど、それが本当なら最低でも一〇〇人用の風呂は必要かもしれない、それだけで言えば、やはり時則は召喚術師としてだけではなく、人間としても偉大だったと思える。
ただ、祖父から聞いた話の中には、時則は女性型の精霊数十人と一緒にこの風呂に入ったとか、女性夢魔(サキュバス)たちに体を洗わせていたとか、しまいには女性天使に風呂の中でお酌をさせていたなどというものもあったので、周囲の魔道師達が言っているように、人格のほうに限定すれば、畏敬の念が揺らいでしまう。
すると、急に風呂場の戸が開き、褐色の巨人が入って来た。
「おお小僧、貴様も入っておったのか」
「ボルファー……」
確かに一人での風呂は寂しいとは思ったが、ボルファーにだけは来て欲しくなかった。
この一人で千人分以上の存在感が浴槽に入ったりなんかしたら一〇〇人用大浴場でもその威光は抑えられるものではない。
だというのに二メートル超えの精霊は臆することなく義徒のすぐ隣に入って来たものだから、義徒は頭を抱えたくなった。
「こんなに広いんだからもっと離れてくれよ」
「ははは、小さいことを言うな、それとも朝の戦いをまだ怒っているのか? まあ、だとしても、貴様とは色々語らいたいこともあるしな」
「語る?」
義徒とて、朝のボルファーの行動に怒りがないといえば嘘になる。
それでも、結局は自分の力不足が一番の原因には違いがないし、五分の一の力で戦うという破格のハンデで戦ってくれた以上、文句を言うのは気が引ける。
だが、多少の遺恨が残るのも事実である。
怪訝な顔つきで睥睨(へいげい)する義徒の横で、ボルファーはさも湯加減に満足と言った具合に大きく息を吐き出し、その延長で言葉を発した。
「その通りだ、仮にも小僧は我の盟友である時則の奴めの家を守る現当主であるわけだしな、鷺澤家に縁(ゆかり)のある精霊全ての代表たる我には貴様を覇王道へと導いてやる必要があると思うのだ」
「盟友? ボルファーって初代様の持ち霊だろ?」
眉をひそめる義徒に痛快な笑い声を上げてボルファーは答えた。
「何を言い出すかと思えば持ち霊だと? 笑わせるな小僧、時則の言う持ち霊とはすなわち、奴風に言えばダチなのだ」
「ダチ?」
聞き返す義徒にボルファーは続ける。
「さよう、我らとあ奴の間に上下関係など存在せん、精霊同士には、現に我が頂点であるように上下関係があったが時則だけは全ての精霊と対等なのだ。奴は我らを家臣として扱ったことはないし遜(へりくだ)ることもせんかった。だから我らも時則のことを世間的にはマスターとしたが実際には仲間として扱った。まあ、その点で言えば堅ッ苦しい騎士道に縛られたアリアやデュラハン連中には困ったものであったが、それはそれでおもしろみもあったな」
顎に手を当てながら遠い過去に思いを馳せるボルファーは一人でうんうんと頷いている。
時則はこの規格外の大精霊の上に立っていたわけではない、義徒はこの事実に、やはり初代様でもボルファーに手綱はつけられないのだと思う反面、人間でありながらボルファーと対等になった時則には、また別の畏敬の念を抱きそうになった。
「……そっか、やっぱ初代様ってすごいんだな、っで、その覇王道ってなんだ?」
「王道とは王の人徳で国を治める事、覇道とは武力で国を治める事、普通はどちらか一方の方法でどの支配者も己の威厳を示してきた。まあ、優しき王か暴君かということだな、だが時則はその両方を常に両立させていた。全ての精霊達と対等に、奴隷にも貴族にも同じ態度で接した。っで、ありながら自分の決めたことは決して曲げずにいつも圧倒的な戦力に物を言わせて逆徒を蹂躙してきた。全てを受け入れる懐と悪を許さぬ正義感、そして倒した敵にすら手を差し伸べる寛大さは魔道師以外のあらゆる者を魅了し奴の虜(とりこ)になったものだ」
まるで自分のことのように嬉しそうに語るボルファーに義徒は呆れたように息を漏らした。
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